ムンバイにある日本のお寺 日本山妙法寺 & 宗教観

通訳してもらえないかな・・・と頼まれて、お寺に行って来た。

まともな通訳なんてしたことないしできないのだけれど、基本的に「自分に来た話」には何かがある。ご縁がある・・・と思うので、「適当でよければ良いですよー」と引き受けた。(実際に、超適当で、申し訳ないくらいだったけど・・・笑)

友達がオーガナイズした、ムンバイ在住の外国人グループを引き連れてのツアー。参加者は35人とか?
実は、事前に一度ということで、両親が遊びに来ているときに、一緒に訪ねて、ちょっとお話は伺っていたのだけれど・・・

在インド46年の森田上人。
ぜひ伝えたいこと・・・というのが、お寺が平和のために存在しているということ。
そしてその奥には、お師匠様であられた藤井日達上人&ガンジーの存在があること。
お寺を建てたのは財閥のビルラー氏。財閥が作って来た文化。そして寺の存在。

非暴力で平和を願う。
もちろん、何度も聞いたような話といえば、話だけれど、実際に宗教的ないざこざが耐えなかった頃に、森田上人ご自身も、危険極まりないムンバイの町中を一人で托鉢されていたとのこと。

実際のお話を聞くと、宗教を越えられる平和の心って素晴らしいなと思った。

第二次世界大戦後、フランスとドイツの国境で、学生さん達が200−300万人という数で集まって、討論会をしたという。そしてその結果、とことん突き詰めたら、どうして戦争になったのか、わからない・・・という部分に落ち着き、2国は仲良くなったとか。

とことん話し合う。
とことん向き合う。

どんな問題に対しても、そういうシンプルなアプローチができていないと、お互いの勝手な想像と妄想と思い込みの先にできるのは、不信感。

これ、自分の身の回りの人間関係でも、なんだか納得。
勝手に思い込んでる・・・
他人のたった一部の言動が全てのように・・・
そのたった一部の言動にも誤解があるかもしれないのに・・・

更に内観すると・・

とことん、自分の感情に素直になる。
ダメダメな自分だと思っている感情にも向かい合う。
隠そうとしない。

個人レベルでは、ここ。
全ては思い込みだから。。。
その思い込みが、自分を苦しめて人を巻き込んで行く。。。

戻るべきは、やっぱり自分の内側。
なーんて、ここまで深く掘り下げてくれたビジターはいなかったかもしれないけれど。(話としては、掘り下げてないので)

+++++

昔々、大学の授業に宗教学と言うのがあり、絵に描いたような僧侶の方がお話をされていた。

どんな生き方でも、その生き方に方向性ができて、こうしようと言う方向が合えば、それが宗教というもの。。。宗教は生き方にすぎません・・・と。

固定の宗教があまりにも濃いインド・・
日常生活のあれこれのしきたりも半端じゃない。

ヒンズー教には色々な神がいて、その多神教な部分は非常に日本の自然崇拝にも近いものを感じるのだけれど、その神々が妙に人間らしい生々しい泥くさい感情を持っていて・・・まあとにかく、いろんな宗教神話が語り継がれている文化の濃さは、半端じゃない。

でも、カースト制があるということで、ヒンズー教の枠の中にいると、カーストからも抜けられない・・・ということも一因となり、キリスト教やイスラム教、仏教へ改宗するパターンも多いと聞く。(直接にそこに主旨があるわけではなさそうだけれど)

ただ、ヒンズー側にしてみれば、全ての神は、ヒンズーの神なので、仏教もイエス様もヒンズー教の一部に過ぎなく・・・どうしても譲り合わないのは、ヒンズーとイスラム・・方向性からすると、イスラムからヒンズーへの排他的な部分・・・



基本的にイスラム教徒は宗教を越えて枠の外の人と交わろうとしない部分が多いらしい。
でも、平和運動を続ける中で、イスラム教徒の人たちすらも心を開いてくれたというエピソードがあった。


「恐れ」の代わりに「信頼」を持った結果だったという流れだった。
(これまた直接的に説明されてないけれど。勝手解釈。しかもこれ、日常生活でも大切!)

なんだか素敵だなと聞いていたのだけれど、その姿勢はお寺にまだ残っていて、併設の幼稚園の子どもたちも、イスラム教徒の子が結構いるらしい。(通常はありえないそう)

根本に戻れば、人類皆兄弟・・(なんだか宗教くさいかつ、懐かしい響きな気もするけど、まさにその通り)ガンジーの思想もそこに尽きたんだと改めて納得。


森田上人は、生まれ変わっても、日本に生まれてインドに修行に来たいそう。
インドだと、生まれた家によってもう将来が大幅に決まってしまうから、自由選択のできる日本人がいいということ。笑


私は同じ場所に何十年もいられない性格だなあー・・
ローレンスも・・・笑


宗教観ということで、これまた色々だとは思うけれど、私が今まであったインド人に感じて、日本人との大きな違いはというと、「信頼感」に尽きると思う。

日本は「信頼」がベースにあって、その上に生活が成り立っていると思う。少なくとも私たちの世代は!でも、インド人の幼少期の話とか聞くと、そこには「まず相手を疑いなさい」という部分が見える。

多分、根強いカースト制の中に生まれた産物で、「立場が違う」という認識があまりにもひっくり返せない事実だからこそ、全ての人に敬意を持つ。全ての人を自分の一部として信頼するという部分にかけてしまったのだとおもう。


弱点も認めた自分をもありのままに受け止めるということができなければ、他人の弱点を認めることは難しい(から、腹が立つ)。

自分と自分の可能性を信じなければ、他人を信じること(人として)は難しい。

「恐れでなく信頼。」


話がちょっと飛ぶけれど、これは、エネルギー的には、
スロートチャクラとソーラープレクサスが交流してる感じ。
レメディーは両手放しに喜ぶ!そんなイメージ。

ーーということは、間違ったら、できなかったらどうしようなんて不安の微塵もない状態。あ。今回の通訳はまさにこれだったわ。7割伝わればオッケーオッケー。頭で考えずに、口が先走るように、喋ってもらおう・・みたいな。笑

うちにある恐れを取り除く作業・・。ヨーガしていると、まだまだルートチャクラに不安がくっついているのを感じるから、信頼に置き換えていこう・・・


なんだか回り道したけれど、インドに来て、ガンジーの魂にもちょっと出会えた気分。

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# by nu2meg | 2018-02-08 16:58 | インド

ヨーガの効能

まだヨーガを本格的に始めて数ヶ月だけれど、継続は力なりな効能を感じずにいられない今日この頃。

インストラクターの勉強をする前にも週4でヨーガインスティチュート行っていたけれど、やっぱり今になって思うと、あそこのレギュラークラスでは物足りなかった。セッション自体は好きなのだけれど。レギュラークラスにはないプラスαのアドヴァンスクラスがあれば素敵だと思う。

インスティチュートの基本はどの歳でも恩恵を受けるヨーガスタイル。じっくり丁寧にすれば結構いい感じなのです。(でもそれだけの時間が1時間ではちょっと無理。自分でするときには、インスティチュートスタイルのアサナもじっくり時間かけるので効果大な感じです)去年は、ヨーガに週4で通っていたけれど、運動不足を感じて、このままじゃダメだなあと体感し、好きでもないジムに行ってみたりもしたけれど、ヨーガを本格的に始めてからは、もうこれで運動も十分と感じるレベルで適度に筋肉も使っている感じ。一人でマンションのヨーガルームに1時間以上こもってたりもするけれど、もう逆側のジムには足を踏み入れてません・・・

そうそう、去年はインドに来て一気に日常的に歩かなくなって、運動不足から足がダルい・・・やばい、おばさん並みだーとか思ったもんね・・45歳にふさわしい体調だったかもしれないけれど・・・ヨーガでそれも一気に解消。肩こりもほぼないし、おかげで枕の位置が変わったらしく、適切な枕がどれなのかわからない・・・。

当初は全く不可能だった、ウストラナーサン、らくだのポーズとかもできるようになって、かなり「できないアサナ」の中に可能性を見つけて、広げていく・・・という理想的な上達も。制限があること、その中に可能性を見つけることがヨーガの醍醐味っという感じ。相変わらず、まだまだ身体は理想の10代の頃の柔軟さとはほど遠いけど・・ブリッジなんて人生で初めてトライしたけれど(娘たちは普通に学校でやってたけど、私たちが子どもの頃は?なかった)足の位置や手の位置がきちんとしていれば、なんとかできたりするものなのね・・・(もちろん、改善の余地はたっぷりだけれど、全くできないと思い込んでたから、自分でびっくり。インド人に至っては、でんぐり返しだって子ども時代の必須じゃないらしく、この歳で初めてでんぐりがえりーみたいな世界・・・)

話がそれだけれど、いつぞや、インスティチュートでワークショップを取った時に、「ヨーガは毎日してなんぼです。週4回では、ヨーガをやっているとは言えません・・・」みたいなことを聞いて、『ひえー。毎日?』と思ったけれど・・・今じゃその言葉がよくわかる。

だいたい、日本やイギリスに住んでいて、私毎日ヨーガに通ってますなんて人に出会ったことないし、通常クラスって週1とか?週3でヨーガとかも聞いたことないかも・・・なのだけれど、インドでは普通に個人レッスンも週3とかで行われている。(グループレッスンの方が少ないかも?友達のヨーガインストラクターのほとんどは、プライベートレッスンで生活してます・・・)

今後、どこかでヨーガクラスをやっていくことになると思うけれど、リーゾナブルな月額決めて、1ヶ月毎日来ても大丈夫なスタイルで、ほぼ毎日参加を勧めたいと切に思うってしまうほど、ヨーガが日常の一部となった私。

そして気づいたこと。

とにかく、地に足がついた感が大きい。
朝起きての第一歩が違うというか・・・笑
今まで浮いてたのか?と思うくらい。

そして、すっかり日常になってしまったので、旅行などでスペースが探せずにできなかったりすると身体が反応する・・とにかくシャキッとしない。

基本的には朝起きてのんびりとスーリアナマスカール(太陽礼拝)は欠かせず。寝る前もゆったりスーリアナマスカール。中間に時間があればあれやこれややっているけれど、個人的にはこのスーリアナマスカールをゆったりとヴィジュアライゼーションしながらするというのにはまっている感じ。あとは弱みであるエリアを広げること?

注)基本的に、スーリアナマスカールはかなりスピーディーに一呼吸ずつで一連の流れを追った動きを示すのだけれど、私はどうもそれは苦手というか、気持ち良いレベルに達しないので、ゆったりペースでエネルギーチャージしてます。

数日しないと体が不調を感じる。
今まで習慣でもなかったのに、不調まで行くか?という感じなのだけれど、それだけヨーガで気を流しているから、流れないことが身体にとっては不快らしい。身体がとっても繊細になってきているともいうのかな。

それは腰痛っぽさで現れたり、なんとない重さだったりして、ヨーガをするにはちょっと億劫なイメージすらある体調だったりするのだけれど、そこで体を休めるのではなくて「できるだけでいいや」とヨーガをすると、あれあれスッキリ・・・という感じ。

偶然かなと思ったけれど、数回体験してみてやっぱりヨーガで復活できるとわかったので、これはしめたという感じ。

なんで今までやってこなかったんだ??と思うくらい。
人生で数回、ヨガには出会ってるんだけれど、ハマるまで行かなかったもんね・・・やっぱり出会った先生が良かったんだと思う・・・

ここまでくると本当によーくわかる。
毎日するからこそ意味があるという意味が。

しかも、やらなきゃじゃなくて、
気持ちいいからする。
シンプルないい習慣。
朝の時間にそのゆとりが欲しくって、毎朝5時起きだけれど・・・

伸ばす。
力を抜く。
リラックスする。
背骨を意識する。
さらに伸ばす。
ぐんぐんと内側にスペースができてくる。
心地よさを大切にしてさらに伸ばす。
内側に流れるエネルギーを感じる。
呼吸とエネルギーのシンクロを楽しむ。
・・・

エネルギーの循環を呼吸に合わせてイメージしたり、ヨーガとヴィジュアライゼーションが融合して、とっても瞑想的なゆったりヨーガ。自分の中でもどんどん進化しながら、教えてます。(と言ってもまだ2ヶ月弱で、ほとんどは、学校でやってるボランティアのクラスだけれどね。たまにお仕事として個人レッスンもしつつ。)

最近はネットで見つけたいろんなヨーガの先生のクラス(基本的に西洋で行なわれているヨーガ)を見たりもしてみるけれど、やっぱり私に必須なのは、「力を抜く」というシンプルなアクションだと確信。

いろいろインフォーマティブで、経験のある先生でも、生徒に「力を抜く」という時間を与えてないクラスは非常にもったいない・・・どんなに瞑想的な要素が入っていたとしても、その部分があるないで全くエネルギーが違ってくるし、生徒のエネルギーもサバイバルエネルギー化していて見てて苦しい。

もう一つ気付いたのは、インストラクター自らがやっている場合は気持ちよさそうでも、生徒に教えている時には、生徒が辛そうに見える場合があること。多分、一言の声かけが生徒の中のスペースを広げる一言になるのだろうけれど・・・それが足りないと、非常に残念。あえて柔軟でないところからのスタートってその点でもメリットを感じる。

偉そうに言える立場じゃないけれど、ネット配信利用ってこの時代を最大限に生かしたヨーガの練習法だわーっと思いつつ。(もう直ぐまた毎日のレッスンが始まるからこんなに時間取れないと思うけれど、とりあえず数ヶ月は受講料払いつついろんなスタイルに触れてみたい。)

内側からエネルギーが満ち溢れてくるようなセッション。
実はそういうレッスンにはほとんど出会いっていないけれど・・・ああ、この先生のこういう部分はいいなあというところはとっても参考になる。ヴィジュアライゼーション的なことも、やっぱり東洋よりも西洋文化なので、取り入れている先生もいてインドのヨーガとの差を大きく感じるし。(良い悪い抜きで)

兎にも角にも、ヨーガはとことん自分の内側に入る作業。
一人でやっているのと、教えるのではやっぱり違うのだけれど、(教えながらついつい自分の世界に入っちゃうし。笑)グループレッスンならグループレッスンの良さを生かして、エネルギーを整えていくことが楽しい。

ちょっとした時に思い出して、隙間時間にやりたくなるようなシンプルなヨーガ。
自分で体調を整えるツールとしてのヨーガ。
半年前までこんなにハマると思っていなかった世界なのだけれど・・・人生はこれだから面白いと思うし、これからどう展開していくのか楽しみ。

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# by nu2meg | 2017-10-26 00:53 | ヨーガ

恐ろしい襲撃に遭う。。

去年のモンスーンはカビとの戦いだった我が家。
今年は去年よりも対策をしっかりして・・・
いや、そもそも今年は去年に比べて雨が少なかったのもあるけれど(数回の洪水を伴う豪雨はあったにしても)・・・とにかくカビの襲撃には遭わなかった。

だけれども・・・
なんだか今年は小さな虫がちょこちょことフラットに現れていて・・・

その1は、去年パスタの中に発見した黒いコクゾウムシの親戚みたいな虫。
一旦開封したら、冷蔵庫の中にパスタ(もちろん乾麺)は入れるものだ・・と去年学んだのだけれど、今年はそれがどっからともなく現れて・・

とにかく粉類は危険なので冷蔵庫。
それでもどこからともなく・・・で、整理しながら密封を心がけていたら、乾燥パパドムが住処になっていたり、ある種のハーブティーまでもが住処に・・・さらには、マサラの中にまでいて、えええー!唐辛子の中に生きられる??と驚き・・・

とにかくありとあらゆる方法で、「密封あるのみ」だと学んだなあーと思ってたら・・・

廊下に置いてあった小さな娘のお手製フェルトの人形が・・
食べられてる!!

その時は、気づかなかったのだけれど、モンスーン対策で、大きなビニール袋に入れて、除湿剤と一緒にカビから守っていた数々の自然素材のおもちゃ・・その中の羊毛フェルトのお人形たち・・・

そろそろモンスーンも終わるしと開けてみたら・・・
ぎゃー!
まるでゾンビの世界・・

泣く泣く・・・ほぼ捨てました。
あれも、これも、思い出深いかわいいフェルトの動物たち。。
人形劇にたくさん使ったお人形たち。。
日本に置いてくればよかった・・・くすん。

特に天然素材でふわっとしたドライフェルトな動物たちはもう、お腹の中食べられている?って感じに思えるくらい、敵が潜り込んでいる様子で怖くて怖くて。。一旦熱湯消毒すれば、羊毛フェルトだから直せると言う気持ちがぶっ飛ぶほど、なんだか気持ちが悪くて・・・

グルッファローのお話ができるように、グルッファローと、狐と、ふくろうと、蛇とネズミはどうにか救ってあげてほしいと息子にも言われたけれど、叶わず。。。
娘の5歳の誕生日パーティーで人形劇やるために作った、グルッファロー。
ああ、、、(最終公演は去年、息子のクラスで。。)

その2の犯人はモス。
モスノーとかで名前はよく聞いてたけれど、実物があれだとは思わなかった。。。
小さなスリムな蛾です。

なぜかキッチンでよく見かけてた・・・
どっから出てくるんだ?と言いながら・・・
んん??キッチン??

やっぱり・・・オープンスペースに置いてあった、手作りの羊毛コースターも穴だらけ。特に下のあまり日常に使ってない部分に住み着いていたらしい。
もう、あちこち、可能性のあるところに目をつけては、気合い入れてチェック・・

しているうちに、これまたランチョンマットの下のコルクの部分がかじられているのも発見・・・

頭の中は、まるでウジムシの襲撃にあって、どんどんと自然に還っていくイメージ。。もう気持ち悪いったら。。

そんな夜、夢にはそんななんとない雰囲気の中で、小さなものが動いていてギョッとするイメージがなんども。。。これ、トラウマになるわあー。

カビの方がまだよかった。。。

放置してたら、すっかり影形なくなるまで食べられてたんだろうか・・
しかも、それまでにかかる時間はどれくらい??
(多く見積もってもこの2ヶ月であれだもん)

夏休み前にインドで作ってみたお味噌。
発酵までに3ヶ月で出来ちゃったけど、同じプロセスはロンドンで2年かかってる。
もちろん気温のせいもあるけれど、この国、なんだか発酵や分解力が半端じゃなさそうなんだけど・・・(建物も築年数の割に古く見えるし、そう、老化が早い!)

ロンドンの地下室に置きっぱなしの荷物。それなりにカビ臭さはあったけれど、想像以上に普通でなんだか時を感じなかった・・・(7年以上経ってるのにね。)インドだったら、もう跡形もなく消えてるか、一気にアンティーク化してるな、こりゃ・・・

その日暮らし的な気質を持つインド人がちょっと理解できた気がしたりもして。。。

はあ。それにしても虫は苦手だわ。。

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# by nu2meg | 2017-10-16 14:29 | インド

ヨーガ・カウンセリング

せっかくだから、これはインドにいる間に!
・・・と思っていた待望のコース、ヨーガ・カウンセリングのコースももう5回すぎた。(全部で3時間×23回 6ヶ月の予定。これまた先生曰く、予定は未定でコースは状況によっては伸びるらしい・・・本当にこういうのがインドらしい。。・・・ 実は5月から取っているアーサナ中心のインストラクター向けのアドヴァンスコースも、3ヶ月の予定が、3ヶ月半になり、まだ完璧さに欠けているから終わっていないゾということで、今は中休み中だけれど10月に終了期未定で再開予定・・・笑 週5で1日2時間のコースなのに、そんな融通効かせるってどうよ?? みんなよっぽど時間があるのか、予定がないのか・・・すーっかりドタキャン当然なインドにも慣れてしまったし・・ )

さて、カウンセラーのコース、これまでの学びの集大成とあって、「まとめ」な感じすぎて、正直言って土曜の朝3時間が眠たいのだけれど(笑;緊張感なさすぎ。しかも人数が30人とかいる大所帯だから今までみたいに急に名指しで当てられることも少なく、発言大好きなインド人に任せておけば十分討論も進む・・・とにかくインド人、賢い上自己主張素晴らしいのです。)
さすがだなあーと思うのは、心理学者アイゼンクの流れを取って、「カウンセリングの良し悪しは、カウンセラーの人間性いかんによる!と割り切っていること。

とにかく自分の「思い込み」や「価値観」を取っ払って、相手の可能性や成長を信じる。
それこそが、カウンセリングの本髄であり、知識として今まで習ってきたチャクラの関わり方や、スワジヤヤ(自分を見つめること)による、人間としての成長がすべて。

カウンセリングのスキルはもちろん習うけれど、スキル自体に重要さを持たさない。
人間としての自分の成長・・・「ヨーガの本質に戻る」、結局はそこなのです。

ヨーガという言葉は、結局のところ「魂としての自分に繋がる」イコール「スピリチュアリティ」なので、ヨーガカウンセリングというのは、スピリチュアルカウンセリングということになるのだけれど、本当にこの先生はしっかりと地に足がついてて納得させられる。

そして話している内容は、やっぱり控えめにもコースインミラクル的でもある。
あんなにも、素晴らしく超論理的な先生なのに。
多分、彼はコースインミラクルには全く触れたことがないと思うけれど・・・
どんなアプローチをしても、そこにたどり着くというのがなんだかまた世の中のすごいところで、素敵だなと思ったり。

このコースは資格取得のコースなので、レポートなども毎週宿題の形で提出するのだけれど、最もインパクト大きかったのは、卒論的な存在として「社会に貢献するプロジェクト」を立て進めること。

その理由はいろいろあるのだけれど、基本、カウンセリングというのはコミュニケーションなので、周囲を説得してプロジェクトを立てるということは、力試しになり、自分を知ることにもなり、自分を成長させてくれるということ・・・

思いっきり「えー??」という感じで、最初はかなり私もなんでこんな面倒なコース取ってしまったの?と思ったけれど、実際に肝を据えて(こうすべきことになっていたんだからもう成るように成るさっと)進めてみると、勢いよく進んでる。

ああ、「結局は自分で無理とか面倒とかいう思い込み」で、人生っていろんなことを、「こんなのあればいいのに」と思っても、「自分からは何も始めていない」ことが多いんだという気づきがすでにあった。

「時間がない・・・」とか、いろいろ理由をつけているってことにも。
基本的に「しなくていい理由」はごまんとあるし。
なんで自分がと問えば、そうだよね、そんな必要ないよね・・・と。。

でも、1個大きなプロジェクトに手をつけてからの私はというと、もうなんだかすべてにおいて「時間がないから」とかいう言い訳は無意味に思えてきてしまって・・・、しかもあの4月の超多忙だった日々とそれ以降の毎日の密なスケジュールに慣れてしまって、忙しくても何とかなるよーと言わんばかりに、来るもの拒まずな姿勢プラス、じゃ、ついでにこれもやっちゃえってこと?みたいな雰囲気で・・・ 笑 

実際には忙しい!けど、特に忙しいとは感じていない不思議な感じなのです。(これが今に生きるの連続ってことかも??笑 時間の枠から外れられたかな?笑)

しかもヨーガがあまりにも日常の中にありすぎて、少なくとも1日に1−2時間はヨーガしないとスッキリしないし足りない感がある(教える時間は除く。自分でするのと教えるのはやっぱり違う・・)。それでもその時間はびっくりするほどゆったり流れている・・・今まで一体何をして時間を過ごしていたんだろうと思ってしまうくらい、時間の感覚が変化した感じ。


プロジェクトに話を戻すと。もちろん、自分の利益の為のプロジェクトではないから、プロジェクトに関しては、しなくていい理由は大ありなのだけれど、多分、もっと自分の身近なことであっても、同じように人って何かと理由をつけて自分の身を引いいているんだろうと何か本質に触れた感じ。(具体的でなくてわかりづらくゴメンなさい。すべては思い込み、特に「勝手に思い込んでいる制約」の中で縛られている・・・というところなのです・・・)

ヨーガ・カウンセラーの資格を取ったところで、今までのヒーリングのスタイルは変わらなくて、結局私はタロットの力を借りながら、自分の価値観を捨てて、クライエントのスピリチュアルな人生の目的や学びに視点をあわしつつ、カードを読むことになるだろうと思う。その人がどう生きるべきかの答えはその人の中にしかないという、自分がやってきたスタイルの確認もすでにできた感じですべてストンと入ってくる。

そして、このプロジェクトへ足を踏み入れることという大きなステップは、すでに自分の中に大きな種を植えてくれた感じ。たぶん、芽がでるのはもうちょい先だけれど、すでに何だか動き出してる感。


  そしてカウンセラーがいかにあるべきか。
    最も優れたカウンセラーとは・・・
    ・・・シンプルすぎます。

自分の「家族」をカウンセリングできれば、カンセラーとして最高レベル。

ほんとにね・・・
家族に対しては聞く耳持たない。きっとこう返ってくる。またアレでしょ?言わなくてもわかるから・・・と、雑な対応だこと。尊厳なんてどこへやら。リスペクトー!

家族イコール最も自分に近い存在。
きっと自分のことも雑に扱っているという証明みたいなもの。
もっと自分の心の声にも素直に向き合うことが必要で、特にネガティブだと思ってしまいがちな感情に対して、勝手にネガティブでダメと決めつけている自分に気づいていく必要があるなと思う。

すべての感情に対して慈しみを持つというか・・・
超難関トレーニング、立ち向かうしかない〜。
なんだかワクワクしてきた。笑


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# by nu2meg | 2017-09-12 00:59 | ヨーガ

洪水とガネーシャ

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                   whats'app で回ってきた写真

先日の洪水の時、息子が言った。
「なんかインドも日本みたいだねー」

確かに、日本は異常気象で、そんなニュースが続く中での帰国だったけれど・・大雨的には20年ぶりの豪雨らしく、洪水的には2005年以来。2005年の方がもっと洪水は酷かったらしい。

私はというと、その日朝から「今日はヨーガキャンセルで」と連絡が入り、午後から学校に行って用事があったのだけれど、それも「じゃあ今日はキャンセルに」ということになり、その日の予定がキャンセルされたものだから、今のうちにお買い物行っておこうーっと軽く近所にお買い物に出ただけ。その時はさすがにむちゃくちゃ降っていたというわけではないけれど、それでもかなり降ってはいた。

「こんな中でも、今日もガネーシャのお祭りはあるの?」とドライバーに尋ねたら、「そりゃあもちろん」という答えだったので、雨のなか大変よねー・・と思っていたら・・・大洪水。

あれよあれよという間に降りも本格的になり、水かさが増してきた。
学校からは、今日は放課後アクティビティーは中止しますと連絡はあったものの、その程度。

午後になって、メイドが「どうやら家の方が浸水してきそうだから、帰らせて欲しいのだけれど」と言い出して、久しぶりに一人でゆったり時間を満喫していた。

学校が終わるのが3時で、普段はスクールバスで45分くらいには帰宅するのだけれど、さすがにちょっと遅れているから・・・と50分くらいに後10分くらいで着くからと電話があって、下に降りる。

ロビーにも風に流された雨が降ってくるような状態で、ようやく電話から20分後にバスが到着して20メートルほど離れたゲートに傘さして迎えに出て、戻ってきたらもう上半身からびしょ濡れ。息子はすごーい水たまり!と喜んでいたけれど、その日雨に触れたのはそれだけの私たち。とってもラッキー。

その後、車で迎えに行った近所の友達は3−4時間くらいかけて帰宅。
帰宅を諦めてホテルに泊まったり、渋滞の中で車が故障したり、悲惨は話が飛び交う中、実は娘のバスは学校から10分の距離を1時間かけていて、学校側が危険と判断して学校に引き返していた。数多くのバスが同じように戻っていて、最終的には緊急避難で学校に泊まったのだけれど、その判断正しかったと思う。

暴風と豪雨で木がバンバン倒木していたというけれど、あんな木が走行中に車に落ちたらどうなるか・・・渋滞の中で最終的に水没故障した車も数知れず。現地の人はというと、もう移動手段が歩くしかないということで、多くの人が川のような道路を歩いて帰宅したらしい。

身近で起きていた割には、全くの害を受けなかったので、ラッキーだったのだけれど、一番驚いたのは、お祭り・・・

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息子が作ったエコ・クレイのミニ・ガネーシャ。
せっかくだからと、湖に沈めてきました。笑
見よう見まねでカジュアルに宗教行事に参加していいのだろうか?
みんなはもっと真剣なのにー。ちょっとクリスマス時期の日本人気分。



なんと、夜になると普通に太鼓の音が響き出していて・・・・普通に、予定通りにガネーシャたちも水の中に入っていった様子。(象の頭を持つ神、ガネーシャが、湖の中に還っていく儀式が10日間行われるお祭り。ガネーシャが自宅にいる間は、数回の儀式、常にお供え物をしたり、みんな出かけてしまうというのもタブーで、お世話をしないといけないということもあって、家に迎え入れた時から、いつ湖に戻すかというのはプランされている様子)

ゴーゴー台風のような暴風雨の中でも、何もなかったかのようにお祭りが行われるって・・・なんだかとってもとってもインドらしい。。

翌朝、ポワイ湖の周辺には湖が拡張して気づけば陸になっていたけど、あれ??どこにいるの?というような雰囲気で迷い子のような子ワニが歩いていたりもしていたらしい・・・
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# by nu2meg | 2017-09-03 17:39 | インド

アディ 病の原因

前回の記事を書いてから、ようやくアディが抜けた感じです。

痛みの原因は・・・もちろん、体がキチンと反応しないくらいの筋肉痛が表向きな理由だったのだけれど、さらにさらに深いところに、やっぱり残っていたのは「感情」

いかにも、「アディ」
病の原因は、どんな場合であっても、幾らかの「感情要因」がある。

これには、何度も何度も気づかされてきていて、気づくのが早ければ早いほど、深入りしなくて済むというところまでは体験上よーくわかっているのだけれど、かなりトリッキー。マインドってすごいのです・・・自己防衛機能というか・・・結果的には自己防衛できてないどころか、不調を迎えることになるのだけれど。

「感情要因」
それは、ネガティブ感情を持つことによって、その負のエネルギーを自分にまとうという仕組み。

サイキックエネルギーのマイナスな使い方も実はこれで、誰か、何かに特定の「負の感情」を持つことは、自分から嫌なエネルギーを引き寄せていることと同じことになる。
これは、何度もダウジングで確認していて、どうしてもサイキックエネルギーの負のエネルギーを負いやすい人の特徴的に、「許せない!」「大嫌い」「私には無理」と他者や特定の思想を毛嫌いする傾向がある人によく見られて気付いた。

誰かから負のエネルギーを受けている
というのが、彼らの言い分だけれど、よくよく辿るとそのエネルギーを受けるアンテナを設けているのは自分にすぎなくて、そのアンテナの張り方は「自分」と「その人・その思想を持つ人」を別の存在と分けていることによって生じる。

つまりは、いろんな現象や相手を自分の一部としてみる、何かを教えてくれる存在としてみる・・・という代わりに、「敵」としてみること。

エネルギー的に繊細になればなるほど、これはすごくハッキリする。
逆に言えば、繊細でなければ多分、気づかない。
多分、世の中のほとんどの人は気づいていない・・・
鈍感にならないと生きていけないとでも言うように・・・

そして自分の不調も「敵視」する。
自分の内側のアディなんて関係なくて、不調には薬。どんどん抑圧。
痛みというのは、面白いもので、強い部分があれば、そこが一番痛い。
実際には3カ所が痛いと訴えていても、メインの1カ所しか主に感じない。
本当の痛みがどこにあるのか?どこから来ているのか?謎はどんどん深まるけれど、玉ねぎの皮をむく代わりにさらに重ねるので、その分根本要因は内側へ内側へ入っていく。

内側のアディを探るのは、決して容易ではない。
早ければ早いほど、まだトレースできる・・・のだけど、時間が経てばかなり自覚を取り戻すのに時間がかかる。確信である「自覚」に触れるためには、自分に正直でなければいけないし。心のトリック力はすばらしいし。


ということで、今回の痛みがうまく抜けなかった理由も、アディ。
「こんなエクササイズをヨーガと呼ぶべきじゃない!」みたいな感情でした。笑
自分だって決して一人前じゃないのにね。

ただ、前回の記事を書いた時点で気付いてるはずなのだけれど。
ここがトリック。
いくら頭で気づいていてもダメなのです・・・
心で気づいて、心から解放しないと・・・

うまく伝えられないけれど・・・
心で解放すると、素直に感謝の気持ちが湧き上がってくる。
すべての出会いに。
ああこの学びのためだったんだ・・・って。

世の中に敵はいない。
もちろん理不尽な世の中だと嘆いたり怒りの感情を持つのは容易いけれど、愛で包み込む別の道があるはず。

そうそう、もちろん、怒りスイッチを上手に押してくれるうちの娘に対してもね・・・笑(幸い、身近に娘に対して以上に理解できないわ!と思う人はいない。)

世界の戦争をなくしたいと思うのであれば、身近なところから、戦争をなくさないとーっといつも娘に言ってます。笑 (私が親として、自分の責任として、どうにかしなければいけないと思う感情を大分捨てたので、前よりは平和だけれど。笑)

自分を世界から分離しないこと。
ヨーガの世界観の中では特に大声で語られていないけれど、パリカルマ(心のお洗濯)の最後の切り札、ウペクシャ(切り捨てる)にもこの要素は入っていると思う。

その場から去るとか、関わらないとか、自分を分離している感を含んで聞こえるけれど、本来の意味は相手の尊厳を含む。相手への愛を含む。だからこれはきっと、その場から去るという否定的な感情を持ってUターンする感じではなくて、その場にいても気にならないくらい、愛を持ってすべての存在を認めるばかりに、あえて関わる必要がなくなるんじゃないかなと。もし、「こんな奴に関わっていたら時間の無駄!」みたいなウペクシャだと、「残念でした〜」とばかりに新しいもっと自分の心の平穏を乱す存在に遭うんじゃないかなあと。

敬意=人間愛=コンパッション。
結局はここだわ。

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# by nu2meg | 2017-08-27 01:58 | ヨーガ

無理すると・・・

4月から毎日1日1−2時間はアーサナという生活をしていて身体をある程度伸ばさないと気分がスッキリしないわーという状態になっているのだけれど・・・

あれは1ヶ月コースが始まったばかりの時。
なんとなく、ちょっと勢いつけちゃってビッとお尻の筋を痛めた?ということがあってから、前屈は非常に苦手になっている。

ヨーガも怪我の元になる時・・というのがあって、そのひとつが動きが雑な時。(丁寧にゆっくり伸ばしてると怪我はしない)しょっぱなから、なるほどなことを学んだなあーと思っていたのだけれど、1週間ほど前に、ローレンスと一緒に彼のヨーガの先生のレッスンを一緒に受けて(2人目。1人目は非常につまらなくただの筋トレだったから、2人目はどうかなと思って興味から・・)さらに身体を痛めた。

4ヶ月ほどどんなにレッスンしても筋肉痛とは遠かったのに、その先生、プッシュプッシュなパワーヨーガというやつだから、フン、効果はいかほどか?と意地になってついてったら、1時間のレッスンだったけど、翌日から超筋肉痛に!苦笑

久々に、気持ちよくないヨーガをさせられて、ああ〜、本当に世の中のヨーガの先生がほぼこんなものをヨーガと呼んでいるのは冒涜だ!なあんて、ちょっと憤慨しつつ嫌な気持ちでいたから(笑)私の感情こそが元凶と言えるかもしれないのだけれど・・・

いやほんと、あれをヨーガと思ってもらったら困る!
インド政府が資格制度を設けてクラシカルなヨーガ理論をちゃんと叩き込んで欲しいと思っているのが痛いほどよくわかった・・・(インドで学ぶからといって、全てがクラシカルではないし、逆にヨーガの真髄を通している流派がいくらあるのか??)

話を戻すと、筋肉痛でひやあー参ったと思っていた私、息子のお休み前の本を読むのにビーンバッグに無造作に座って、それが非常に非常に身体に負荷がかかる形で座っていたようで・・・多分、それが原因でなんだか右側の足の付け根のあたりの筋が変な風に・・・とにかく違和感と前屈による痛みなのだけれど(せっかくほぼ回復してたのにー)とにかくその時は気づかなくて、夜寝る前にいつものようにスーリアナマスカールでスッキリしようと思ったら(朝も、寝る前も、スッキリしたい時はこれ)いやー。痛い!

*筋肉痛でなかったら、体がちゃんとアジャストしてたはず・・自分の体のちゃんとした感覚をなくしたということが問題。

ヨーガの先生にとにかくリラックスしながら血流を良くすべく広げるのが一番とアドバイスされて、そうしているうちに緩んできたのだけれど、この痛みはなぜかポツポツ移動中。たいした痛みではなく、自分が繊細に感じているから余計にだとは思うのだけれど、なんだかここに来てイヤーな感じを覚え、ひしひしと思った。

 もう二度と意地になって、自分に合わないヨーガもどきになんか時間費やさない!

だいたい、自分と向き合う・自分の限界に触れることはヨーガだけれど、自分と戦うのはヨーガじゃない。グループレッスンなら、それがコンペティションや他人との比較での他者との戦いにもなりがちだけれど、本当のヨーガはそういうものではない。

気持ちいい・・・がないヨーガなんて。

しかし、先生ひどかった。
スーリアナマスカール(太陽礼拝)を超高速スピードで・・・といって、全然ポジションごとの型を気にしない。あまりにも酷かったので、「このスピードは無理でしょ?何の意味があるの?ちょっとあなたがこのスピードでどこまでできるのか、やって見せてよ。」と挑発的発言をした私。(さすがでしょ・・・笑)

そのスーリアナマスカールの散々だったこと・・・全くアーサナを習得していない人だとよーくわかった。何一つピシッと決まってない。身体の線も動きも全て。

思わず、「そんなスタイルでアーサナもきちんとできてなくって、ただ早くする意味ってどこにあるのか、私には全然理解できません。」と一言言ってやったけど・・・(彼は私の綺麗なアーサナを見て負けたと思っていたはず。笑)

スーリアナマスカールが綺麗だと、本当に見てても気持ちいい。
エネルギーの流れと、体のしなやかさにうっとりしてしまう。

もし自分がヨーガの先生を選ぶことができるなら、面接でやってもらうなあ。笑(超上から目線)

おっと。クラシカルヨーガ的にはこれも間違った感情。
人の批判なんて・・・ね。
でも、ヨーガにハマればハマるほど、やっぱり伝えていくべきヨーガのスタイルというのがあると思うし、これだけは外せない!

  気持ち良くなければただのエクササイズ。
  イタ気持ちいいとかじゃなくて、気持ちいい。
  毎日しなきゃじゃなくて、毎日したくなるヨーガ。

改めて、自分が追求しているところがはっきりするために、移動し続けるへんちくりんな痛みを体感中です・・・。


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# by nu2meg | 2017-08-23 01:04 | ヨーガ

web site

あまりに商売熱心でないのもなんだかなとは思いつつ、ようやく自分のパソコンから見れなくもなっていたウェブサイトをリニューアルしました。


新しくメニューに入れたのは、寄付金ベースの遠隔ヒーリング。
こちらは、申込後にお好きな金額で口座振り込みしていただいて、その半額は地元ムンバイのNGOに寄付するという形になります。振り込みは目安としては2−3週間以内にしていただければ大丈夫です。

結局、ヨーガのインストラクターのためのアサナトレーニングは5月から週5で毎日2時間ずつ。夏休み中もネットを通してインドに戻り、授業を続けていて、しかもまだまだ続くらしいので(笑 超インド的な展開だ・・)当分、ゆったりな時間は持てそうになく・・

さらには、念願?のヨーガカウンセラーのコースも始まってみたら、社会に役立つプロジェクトを立てて実行する!という、とんでもない大仕事に直面し(カウンセリングってコミュニケーションだし、自分を育ててナンボということでもあるから、というのだけれどね)早速一つプロジェクトを立てて、進めていく予定。

今年度から、子どもたちが通う学校でも、親向けのヨーガを教えることになっているので、いったいどこに口コミ以上にプライベートセッション受けている時間があるのか??という疑問もあるけれど、・・・そういえば、そう言って、日常がすでに忙しくて時間がないと言って逃げてきた感もあるかも・・・と、なぜかここ数週間、淡々と隙間時間をウェブリニューアルに力注いでました。自分で勝手に制約かけてるなと。

主人に英語添削してもらおうと思ったら、これまた時間がかかりそうなので(過去の体験上)、見切り発車。まあ、どんな英語でもいいよー。私は私でオッケーみたいな。笑

夏休み、ヨーロッパと日本で過ごしてインドに戻ってきた時、気がつけばここが自分たちの家になっているなあーっと改めて感じたシュネック家。お留守番してた猫たちも大歓迎してくれたし、子どもたちが普通に学校に戻って行って新学年なのに変わりなく日常に戻れて良かったーという感じです。

日々の気づき、もっとブログを通して発信していくこと・・・も、頭に置きながら、リニューアル報告アップしますー。


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# by nu2meg | 2017-08-21 16:08 | ヒーリング

義父への追悼

義父がこの世を去って、数週間になりました。

義父はオーストリア生まれでもともと獣医さん。
獣医時代にホメオパシーの良さを知り、レメディも使っていたそう。そして獣医時代にひょんなことから、ダウジングを知った義父は、その面白さにはまり、さっさと獣医をリタイアしてからは、いろいろなエネルギーを発見して、その法則性を見つけ・・・というように、特にアースエネルギー的な分野でのダウジングを得意とするダウザートしてその道では頼られる存在でした。

ヨーガの最終試験が終わったら、書こうと思っていた文章。
6月に英国に行く時に、一緒に読んでもらえるかなと思いつつ心の中では絶対にダウジング協会(個人的に関わりが多かったローカルなデヴォンダウザーにしたけれど)に投稿しようと思っていたもの。

残念ながら、私の試験の数日前に義父が旅立ったので、結局彼とは最後に会えずじまいになってしまったけれど、その文章がこれです。




自分の文章ながら、日本語訳しておきます(脚色入るけど)

入院中にネガティブなエネルギーを浄化することの大切さについて。
ダウジングの恩師でもあり、義理の父である、DRグンター・シュネックを偲んで
                    シュネック倫子 著

去年のクリスマス、グンターの健康状態が芳しくないということを聞いた私たち家族はみんなでデヴォンに集合した。(義兄夫婦の家族が2組と私たち)そして私たちは、実はグンターが長年、膵臓癌を患っていると知らされた。

この文章の読者には彼を直接ご存知な人もいると思うのだけれど、グンターはダウジング、特にアースエネジー分野においてのいろいろな発見に人生の後半を捧げた人だった。実はシュネック家の中で、この彼の専門分野に興味を示したのは、私一人だったこともあって、グンターは会うたびに、本当に、私にいろいろなことを教えてくれた、私のダウジングの師匠だった。

2月のある日、主人が急遽一本の電話を受けた。病院に入院中のグンターが危篤で後数日しか持たないだろうという話だった。私たちは国内旅行中であったにも関わらず、彼一人でムンバイにいったん戻り(書類がないとインド再入国が難しいから)イギリスに家族に会いに行くことになった。彼の二人の兄たちも、それぞれニューヨークから、ウィーンから、家族水入らずの最後のお別れにと家路を急いだ。

この話を聞いて、私が最初にしたのはダウジングだった。
グンタは本当に、危険な状態なのか?
  • 肉体的なエネルギーレベルは?
  • 感情的、精神的なエネルギーレベルは?
  • 彼のエネルギーを妨害している、サイキックエネルギーや、病院に残っている何かネガティブエネルギーがあるんじゃない?

この15年間、グンターのダウジングの教えとともに、ヒーリングを学んできて、私は病気の人が本人の自己治癒力を最大限に活かせない状況の中にいる場合もあることを知っていたので、とにかくいち早く、ネガティブなエネルギーがあるなら、それをクリアにすることが大切だと思った。もしグンターが私の立場で、バランスのとれた状態だったら、彼だって一番最初にそうしただろうことも知っていた。

彼の肉体レベル、そして感情レベルのエネルギーは確かに低かった。
たくさんの、妨害エネルギーが影響していることも明らかだった。

とにかくそのエネルギーを浄化することが私の役目だと、浄化しながら、グンターがまだ生きたいという気持ちを感じていた。・・・というのも、彼の精神的(メンタル)なエネルギーのレベルはまだまだ強かったから。

家族みんなが、グンターの死と向かい合わないといけないと落ち込みモードだった時、私の中には、強いFAITH(絶対的信頼感)があった。彼が回復することをダウジングで妨害エネルギーをクリアにした時に感じた。妨害エネルギーがなくなれば、ちゃんと自己治癒力が働く。そして彼にはまだそのパワーが残っていた。

とにかく、病院内に残っているネガティブなエネルギーというのは半端じゃなかった。もう肉体を去ったのだけれども、どこにいっていいかわからないエネルギー。まだ死にたくないという気持ちと、もう死んでしまいたいという気持ちが相反しながら強く強く残っていて、そのエネルギーは、入院中に「もう死んでしまいたい」と少しでも諦めの気持ちに下がるとスーッと患者に入ってくるかのような感覚。それは、まるで自殺の名所に残っているエネルギーと似ていると思った。「生きてたってろくなことない。もう死んでしまいたい・・・」少しでもそんな気持ちを自殺の名所を通りかかった時に感じていたら、やっぱりそのエネルギーがくっついてきて、「魔がさしたような」自殺をしてしまう現象があるように・・・(*ドラッグやアルコール中毒患者も同じ傾向があります。)

もちろん、病院にはネガティブなエネルギーがあるだろうとは思っていたけれど、それは私の想像を超えるものだった。きっと肉体的な限界ではなく、こういう妨害エネルギーによって、たくさんの命が先走って、不本意な死を向けているんだなという裏?の現実が私には明らかになった。ただでさえ、病気になれば落ち込みがちなのだから、「ふと落ち込んだ時に、入ってくるエネルギー」がいかに簡単なことかは想像できると思う。。。

その後、私は毎日グンターのエネルギーをチェックすることにした。はじめの頃は数時間おきにチェックしなきゃと思わせるほどの量で、どんどんクレンジングした。クレンジングと言っても、ヒーラーとして私がしていたのは、あっちへ行け!という方法ではなくて、手助けを必要としているエネルギーをあるべきところへ還してあげるようにヒーリングエネルギーを送る事。実際には、ちょっとヒーリングが必要な場合の方が多く、すごくシリアスにネガティブという存在はほとんどなかった。質よりも量というか、とにかく寄ってくる数は多かったけれど、浄化していくスピードも早かった。

数があまりにも凄かったということもあって、これじゃあ自己治癒力が働けないから・・・と、私は一刻も早くグンターに退院してもらいたかった。でも同時に、グンターが意図的にこの発見を多くのダウザーやヒーラーに広めるべきだと訴えている気もした。これは、まるで最後のジョイントプロジェクトなようだ・・・と感じながら、毎日エネルギーチェックと浄化に励んだ。

彼のエネルギーレベルが明らかに低い時、私は主人に「今日はちょっとローだったよ」とレポートし始めた。最初の頃は「ふうん」だった主人も、義母と電話で話をすると、私がローだったという日は確かにローだった・・・ということがあまりにも続くので、主人も私のダウジングを信じるようになってきた。

時には、義母の状態もチェックした。なんとなく、義父の感情状態が悪い時にチェックするとやっぱり義母を心配するかのような状態だったので、義母にも病院内に残っている似たようなエネルギーに左右されてバランスを崩しやすいことがわかった。とにかく、自己治癒力を最大限発揮できるようにと思って、ペンディラムを振る日々が続いた。

人生の最期は自宅で迎えさせてあげてほしいと、私は何度も主人に言ってきたけれど、それはもう自分の力で歩くこともできないこの状態では無理だ・・と言われていた。でもとうとう、4月の頭に朗報が来た。
医者としてすべきことはもうしてきたけれど、これ以上は手を施せないということで、退院が決まったのだ。

もちろん、家族の中でそのニュースに喜んだのは私だけだったけれど、心から神様に感謝したい気持ちだった。
この時ほどイギリスの医療システムのあり方をすごく素晴らしいと絶賛したこともないかもしれない。(日本なら確実に、死ぬまで病床ケースだと思う。*イギリスは国民保険的なシステムで医療費が国負担になるので、病院でケアする以上、国家の予算を使うことになるため、自宅へ引き取ってもらってプライベートでケアを入れてもらう方が経費削減につながる)

私が思った通り、病院を離れたらそれまでひっきりなしにクレンジングが必要だった状態が一変した。自宅で自分たちが愛でてきた庭を眺めながら過ごした時間は、グンターにとっても幸せな時間だったと思う。一刻を争うようなアップダウンの激しい状態から抜け出して、彼の病状は安定した。

実は、退院時に義母は「あと数日だろうけれど」という前提で退院に至ったらしいのだけれども、グンターは1ヶ月以上、自宅で余生を過ごすことができた。

ただ、私には一つの疑問があった。
いつまでグンターが私にクレンジングを求めているのか・・。

もし、グンターが私にもうエネルギーの調整をしなくていいよと思った時、私は頻繁にチェックしなくなるんじゃないか?それが彼の意思ではないか?そんな思いが私の中に浮かんできた。そして、そうなったら、それはそれで彼の意思としようと・・・。そういう姿勢でいることにした。

数週間ごとにイギリスに様子を見に帰っていた主人は、5月の半ばにまた戻る予定にしていた。私はなんとなく、グンターはローレンスが帰るのを知っているから、元気に違いないと思い込んでいて、数日間ダウジングをしないでいた。
そして、その日の朝、主人が車でデヴォンに向かおうとしていた時、(インド時間では朝)義母から父危篤のメッセージが入ったと主人からメールが届いた。

その日の朝はいつもよりちょっと遅めに起きたのだけれど、朝一でメールをチェックして驚き、朝一番にダウジングをした。
私はペンデュラムが止まるのを待てなかった・・・明らかにエネルギーレベルが低い。ちょっとドキドキしながら、私はとにかく彼の周辺のネガティブなエネルギーをクレンジングした。でもそれでも今までと違って、状況が明らかな改善を示さなかった。

唯一の救いは、彼の肉体レベル、メンタルレベルのエネルギーは低いけれど、感情レベルは満ちていたということだった。これまでにない、深い深い、優しいヒーリングエネルギーを感じながら、自分にできることをした。

その最期のエネルギーチェックは5月13日のことだった。
グンターは88歳の誕生日を、祖国オーストリアのザッハトルテでお祝いして数日たったばかりだった。

6月に家族で訪問する予定だったから、私はその時にもう一度会えることを深く望んでいたのだけれど、グンターはきっと最愛なる妻、義母のためにこのタイミングを選んだのだと思う。きっとグンターは自分が旅立った時に、義母をサポートしてくれる人がいるその時をベストだと判断して・・・(そしてまだこれから庭にたくさん花が咲くイギリスで一番いい時期に・・)

幸いにも私はグンターが感情的には満ちていた状態で旅立ったということを知っているから、自分の意思で死の時期を選んだ彼を素晴らしいと称えたい。インド人の友達は、スピリチュアルな人間として自分の魂の死のタイミングを選ぶことはそんなに簡単なことではないけれど、一握りの人間にはできる素敵なことだ・・・と言っていた。彼はそんな生き方を意識的にやってのけた魂の存在だと信じている。

グンターは、本当に楽しくてお茶目な人だったから、彼が今頃ニコニコと、歌ったり、冗談言ったりしながら、肉体のない軽くて幸せな魂の存在に戻ったことが想像できる。

私の5歳と12歳の子どもたちは、すでにダウジングに興味を持ってペンディラムを振っていたりする。
今後は私たちがダウジングするたびに、グンターの魂は私たちのガイドとしてふっと寄り添って見守ってくれることに違いない。

愛と感謝の気持ちを込めて。
シュネック 倫子

インドのムンバイにて
2017年5月18日

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# by nu2meg | 2017-06-08 13:39 | ヒーリング

ヨーガの世界観 7  シャットカルマ・アーサナ・プラナヤーマ

どうもこぼしているところがありそうなので、その他のまとめです。

完全に自分の復習のためだけれど、せっかくなので。笑)


ヨーガの解毒法

シャックリア・シャットカルマ


解毒の理由

1)病原の排除

2)内臓含む肉体を清潔にすること

3)身体機能を最も良い状態にしておくこと

4)免疫力アップ

5)長寿

6)精神的、スピリチュアル的に成長するため


シンプルに歯磨き(ダンタムラ)や目の体操(トラタカ)とかいうものもあれば、鼻洗浄(ジャルネティ・ストレネティ)、浣腸(バスティ)とか想像するにはまあ、なんとか大丈夫なもの、そしてわからないではない、重曹と塩入りのお湯を飲んで吐く(ヴァマンドウティ)という洗浄方法もあれば、想像を絶する布を端っこから飲み込んで、最後には口から出すというもの(ヴァストラ)まで存在する・・


一瞬、レバーフラッシュもあるのかと思ったけれど、さすがにその方法はなく・・・でももし書かれていたとしたら、やっぱり想像を絶するものだったろうなと思う。笑 ヨーガの道に入る前に、さりげなく解毒の必要性を感じて別方法でやっていた私ってすごいなあと思ったり(笑)実際に、体の内側が綺麗になれば、身の回りも整えたくなるという気持ちになるので、コンセプトはすごーくよく分かる気がする。


基本は、ナディシュディ:ナディ(エネルギーの通り道)の詰まりをなくすこと。

確かに肉体レベルでの詰まりは、感情・思考レベルでの詰まりの始まりを示すし、体の声を聞くことは、心の声を聞くことにつながる。解毒のスッキリ感は爽快だし。

とは言っても、今みたいに保存料や添加物が無い時代でも、解毒の必要性があったということは??? 現代人で不必要な人はいないだろうなあ・・・大体、食べ過ぎだし・・


ヨガスートラでは、ニヤマのソーチャで、不純なものを内的にも外的にも排除すること、ピュアなものを食すことが身体を内臓から綺麗にしていく大切さが書かれている。ただし、シャットカルマ的に詳しく解毒方法が書かれていたわけではないので、シャットカルマ、シャットクリアといえば、ハタヨーガのゲーランダーサンヒーターの右に出るものはない。


ハタヨーガプラディピカによると、肉体的な不調のある場合には、解毒すること(shodhanam/purification)がまず第一歩であると書かれていて、上記の布を飲み込む式(ヴァストラ)という方法のみが紹介されている。


ゲーランダーサンヒーターには、6つの分類のシャットカルマを細分した26個ものいろいろな解毒方法が記されている。(最も多い、ドウティはさらに4分化)もちろんだけれど、ヨーガの道に進む人というのは一般人ではなかったので、一般的に行われていたわけではないのだけれど・・・


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アーサン もともとは、座位

ヨーガのポーズは長時間、肉体の限界や苦痛を感じずに座って瞑想していられるようにというものなので、基本は座ること。いろいろなポーズはカルチャルアサナと呼ばれる。


パタンジャリ:アーサナは、安定感を与えるポスチャーというだけでなく、心地の良いもの。


解読者の訳

ヴァカスパティ(解読者):その人が居心地よく座れる場所

ヴィギャナ ビクス(解読者):特定の座り方

ラガヴェンドラ サラスワティ(解読者):安定感を快適さを与える座り方


自然から学ぶ

自然界の生き物が、理屈でない行動を取ることなど、ヨギたちは自然からたくさんのヒントを得て、アーサンを作った。肉体的、精神的、そして倫理的な視点からもアサナが作らてている。


ヨガスートラ: アーサンをマスターしたら、寒さや暑さといった状況にも影響を受けなくなる。


アーサナでは背骨が大切

肉体は、心と神経系をつなぐものであり、背骨をねじったり伸ばしたりすることで、筋肉だけではなく、神経系に深く働きかけることができる。

 中枢神経系:脳から背骨の神経

 末梢神経系:背骨から手足

 自律神経系:背骨から内臓(交感神経、副交感神経)

筋肉ではなく、背骨を意識して神経に直接働きかけることでバランスを取ることが、アーサナの役割。この理由から、アーサナは心と体をコントロールするものであり、肉体にとって疲れるようであったり、激しいものではあってはならない


呼吸のリズム

アーサナを最大限に生かすため(最大限に恩寵を受けるために)スリ・ヨゲンドラジー(ヨガインスティチュートの創始者、「家庭でできるヨーガ」を推奨し、伝統ヨーガのアーサナもプラナヤームも効果は保ちつつ、多くの人にとって役に立つことができるように改善されている。)は、ヨゲンドラリズム(ダイナミック)という呼吸法のリズムを考案した。


2;4;2 (例 2拍 吸いながらポーズへ:4拍 止める; 2拍 吐きながら最初に戻る)


伸ばすとき(どの場所を伸ばすかに注意しながら):吸う

縮むとき・よじるとき:吐く


一連の動きを分割することで、疲れにくく集中しやすくなる。

呼吸を止めるときに、身体へ集中できる。

カウントすること、動きをコーディネートすることで、集中力と心とのつながりが強くなる。

呼吸を止めることは肺の機能を活性化させることにもつながり、プラナヤームの前練習になる。


伝統的なヨーガのリズムは、スタティック。完成ポーズでゆったりと呼吸を続ける方法。本来のヨーガはこうやって完成ポーズに到達すると、そのポーズを数分も数十分も保つという形で行われる。スタティックのいいところは、完成ポーズにたどり着いていない身体を徐々に近づけるために、限界線を徐々に広げていくことができること。限界を知り、その時点で身体の力を抜き、空間を見つけたらまた、さらなる限界を求める・・・前屈などはこの方法でゆっくり確実に元々の限界を超えることができるようになる。


*初心者には、ダイナミックの呼吸法で3秒・6秒・3秒くらいのリズムで同じアーサンを3回繰り返すという方法が最も効率が良いとされる。とにかく「ゆっくり、丁寧に、最後まで急に脱力することない集中力」でシンプルなアーサンの効果が最大限に生かされるので、初心者が難しいポーズを極める必要性はない。


コンディショニング

アーサナの前に心を整えて、日常生活から切り離し、自分の心身と向き合う準備をすること。もし、心ここにあらずでアーサナをしたとすれば、その効果はほとんど無い。(ジムでテレビを見ながら走るのと同じで、肉体的には達成感のある難しいポーズをこなしたとしても、神経系に直接作用するという大切なヨーガの効果は心の集中なしには十分に得られない)


1日の量

毎日アーサナを行うことが何よりも大切。しっかりと習慣づけてアビヤーサ(練習)をすること。1日の時間としては30分程度で大丈夫。週に1度2時間のアーサナよりも、毎日20分のアーサナの方が効果的。(ほぼラジオ体操の雰囲気。実際にインド人の友達に、日本にもヨーガみたいな全身運動みたいなのがあるんでしょ?と聞かれた)毎日・・・ということは、習いに行く・・という方法ではこの条件は満たされないことになる。


特定のアーサナをしてはいけない人

正直言って、私はまさか自分がこの対象に入るとは思ってもいなかったのだけれど、厳密には、高度の近視という症状もここの対象に入る。そしてまた、網膜剥離にまでなってしまったのだから、プラナヤームにも制約がある。もちろん、アーサナによりけりなのだけれど・・・


特に制約が多いのは、心臓疾患のある人。高血圧の人。低血圧の人。ヘルニアの人。急性リューマチの人、頚椎症の人。妊婦さん。これらの症状に対して、いい効果があるという研究結果もある中で、特定のアーサナはリスクを伴うとされるので。


とりわけ200時間のトレーニングを受けただけの、レベル1の私には健康な人しか教えることができない。500時間のレベル2になると身体的症状の制約のある人への対応もできるようになるので、どうサポートすればいいのか、気になるところだけれど・・・(でも現時点では、インスティチュートで学ぶには、小さい子がいるにはとっても無理な時間帯なのです・・残念)


基本的に、動きが大きくなると、血流が大きくなるので、心臓疾患者、高血圧者にはダメ。


爪先立ちをするような、バランスをとるアーサナにおいては、低血圧者、めまいのある人、膝が痛い人にはダメ。


内臓疾患のある人、開腹経験者は、その部位を圧迫したり、捻ったりするようなアーサナはダメ。


妊婦さんも、もちろん腹部を圧迫したり、捻ったり、逆さになったりというアーサナはダメ。


頚椎症やヘルニアなども、特に捻りが入るとリスクが高いので、要注意。


そして私のケース。極度の近視には、視神経が引っ張られる前屈がダメ。


なお生理中の人も、腹圧がかかるアーサナや、逆さになるようなアーサナはダメ。


・・・というように、基本的に「その人の体に負担を感じる」というアーサナは禁止されています。(最も、極度近視の場合、だからと言って負担すら感じてないから、『ええええ!!!?』だけど・・・)無理をしないというのが最も大切。もし、私にはキツイ~と思っても我慢してなんとかついて行っているスタイルなら、そのカリキュラムは自分に合っていないことになる。


終了して、疲れたーではなくて、気持ち良かったー!エネルギーチャージされてなんだか力が湧いてきた!というのが、理想であり、本来のヨーガのスタイル。

無理してでも、形を仕上げて、達成感!・・・では伝統ヨーガから離れてしまいます。


アーサンの効果

ヨーガスートラ:完全なアーサナをマスターすることができたら、暑さや寒さなどといった状況に惑わされることがなくなる。


一般的にはどう効果があるのか。

普段使う以上に背骨を伸ばせば、背骨と背骨の間の柔軟さが取り戻されて、隙間にゆとりができます。背骨の中心には神経が走っているので、神経系にもいい効果をもたらします。特に凝り固まって詰まっている場所がほぐされたとすれば、明らかに「流れ」が良くなります。

腹部を圧迫、またよじったりすれば、その部分にある内臓が圧迫されます。圧迫されることにより、血流が良くなるので、普段はしっかりと血流がない部分にもしっかりと血流が流れることになり、老廃物を取り除くディトックス効果も期待できます

普段しっかりと伸ばさない筋肉を伸ばすことも、肉体的なしなやかさとともに、精神的なしなやかさを取り戻すことにつながります。内臓圧迫と同じように、血流が良くなります。


肉体的なスポーツでも同じだと考えられがちですが、ヨーガには呼吸があり、意識の集中があります。呼吸は「気」を取り入れることなので、意識を集中することによって、体にはいい気が廻るという最も大切な効果もあります。


それぞれのアーサンの効果は、それぞれのアーサンがどこを伸ばしているか、圧迫しているかに気を向けることで、理解できます。

また、その部位以外にも力が入りがちですが、あえて脱力することがコツ。まずは、関係ない部位の力を抜き、最終的には、関係ある部分の力も抜くこと。


プラナヤーマ

プラナ:人間が生きるために必要な「気:バイオエネジー」

プラナヤーマ:意識的に、気を整えたり方向付けたりすることで、心もコントロールすること。


ヨーガ的な呼吸

ラチャカ:吐く    吐いて止める(サスペンド):スンニャック

プラカ:吸う     吸って止める(リテイン) :クンバック

スタンバ:止める


ヨーガスートラ: 8支則の4番目。

目的「呼吸を制約することで、心が穏やかになる。」


ハタヨーガプラディピカ:

呼吸が乱れたら、心も乱れる。呼吸が整えば、心は穏やかになる」

 バンダ:ハタヨーガのテクニック。
    ジャランダ・バンダ  ウッディヤナ・バンダ ムーラ・バンダ

 ハタヨーガ8つのプラナヤーマ

    スーリアベンダン・ウッジャイ・シーッカリ・シータリ・バストゥリカ・  

    ブラマリ・ムルッチャ・プラヴァニ

 目的:「マノンマニ」完全なる平穏な心の状態。

    シュシュンナナリの流れに滞りがない時にしか、この状態にはなれない。

    クンダリニ


心は常に感覚の影響を受けている。プラナが不安定な限り、心は不安定になる。だからプラナを整えることによって、心の平穏を促すのがプラナヤーマ。

  • まずはシャトカルマで肉体を浄化しないといけない。
  • プラナヤーマの前にアーサナは完全に極めないといけない。
  • プラナヤーマは完全に捧げながら綺麗な心で定期的に行わないといけない。
  • プラナヤーマは焦らずゆっくりと完成させるものである。
  • 始めたばかりの頃は、ミルクやバターなどを摂るべきである。
  • 呼吸機能がしっかりと順応し発達した上でスタートすべき。


プラナヤーマの危険性

  • ゆっくりと時間をかけなかった場合、プラナヤーマは人体に悪影響を与える。
  • ホメオスタシスは乱れ、精神分裂をも引き起こす。
  • しゃっくりが出たり、呼吸が乱れたり、カタル症状が出たり、頭・目・耳の痛みが出たりする。
  • 心身病の症状を引き起こす。


プラナヤーマを始める前に注意点

  • スークアーサンなどで5-10分はコンディショニングする。
  • 腹部を安定させておく。
  • 背骨はまっすぐしっかりと集中して行う。
  • 激しい、早い、スムーズでない動きはしない。
  • 注意深くゆっくりと呼吸すること
  • 完全に集中して行うこと
  • 12歳以下には厳禁。
  • てんかん、めまい、頚椎症、断食をしている人は座って行う。
  • インスティチュートのプラナヤームは家庭用に改善されているもの。
  • 30ラウンド以上はしないこと。
  • アサナの後にするもので、食後3時間以上経っていること。


プラナヤーマの共通した恩恵

  • 自分の心の動きに気を配ることができるようになる。
  • 神経を穏やかにする。
  • 考えがクリアになる。
  • 効率が良くなる
  • 客観的に見ることができて、手放すことが楽になる。
  • 集中力と記憶力を高める。
  • 感情温和になる
  • 自信を持てる
  • 心と体のコーディネーションが良くなる
  • 身体的にも精神的にもエネルギーアップ。

追伸
おかげさまで、無事合格しました〜!
試験官の先生方もとっても素敵な方々でした。
合格の秘訣は、基本はしっかり勉強して丸覚えでなく、自分のことばで理解する事。
面接はありのままに、正直に?


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# by nu2meg | 2017-05-14 19:48 | インド

気の向くままに・・・ 流れに身を任せて。


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