<   2018年 02月 ( 1 )   > この月の画像一覧

ムンバイにある日本のお寺 日本山妙法寺 & 宗教観

通訳してもらえないかな・・・と頼まれて、お寺に行って来た。

まともな通訳なんてしたことないしできないのだけれど、基本的に「自分に来た話」には何かがある。ご縁がある・・・と思うので、「適当でよければ良いですよー」と引き受けた。(実際に、超適当で、申し訳ないくらいだったけど・・・笑)

友達がオーガナイズした、ムンバイ在住の外国人グループを引き連れてのツアー。参加者は35人とか?
実は、事前に一度ということで、両親が遊びに来ているときに、一緒に訪ねて、ちょっとお話は伺っていたのだけれど・・・

在インド46年の森田上人。
ぜひ伝えたいこと・・・というのが、お寺が平和のために存在しているということ。
そしてその奥には、お師匠様であられた藤井日達上人&ガンジーの存在があること。
お寺を建てたのは財閥のビルラー氏。財閥が作って来た文化。そして寺の存在。

非暴力で平和を願う。
もちろん、何度も聞いたような話といえば、話だけれど、実際に宗教的ないざこざが耐えなかった頃に、森田上人ご自身も、危険極まりないムンバイの町中を一人で托鉢されていたとのこと。

実際のお話を聞くと、宗教を越えられる平和の心って素晴らしいなと思った。

第二次世界大戦後、フランスとドイツの国境で、学生さん達が200−300万人という数で集まって、討論会をしたという。そしてその結果、とことん突き詰めたら、どうして戦争になったのか、わからない・・・という部分に落ち着き、2国は仲良くなったとか。

とことん話し合う。
とことん向き合う。

どんな問題に対しても、そういうシンプルなアプローチができていないと、お互いの勝手な想像と妄想と思い込みの先にできるのは、不信感。

これ、自分の身の回りの人間関係でも、なんだか納得。
勝手に思い込んでる・・・
他人のたった一部の言動が全てのように・・・
そのたった一部の言動にも誤解があるかもしれないのに・・・

更に内観すると・・

とことん、自分の感情に素直になる。
ダメダメな自分だと思っている感情にも向かい合う。
隠そうとしない。

個人レベルでは、ここ。
全ては思い込みだから。。。
その思い込みが、自分を苦しめて人を巻き込んで行く。。。

戻るべきは、やっぱり自分の内側。
なーんて、ここまで深く掘り下げてくれたビジターはいなかったかもしれないけれど。(話としては、掘り下げてないので)

+++++

昔々、大学の授業に宗教学と言うのがあり、絵に描いたような僧侶の方がお話をされていた。

どんな生き方でも、その生き方に方向性ができて、こうしようと言う方向が合えば、それが宗教というもの。。。宗教は生き方にすぎません・・・と。

固定の宗教があまりにも濃いインド・・
日常生活のあれこれのしきたりも半端じゃない。

ヒンズー教には色々な神がいて、その多神教な部分は非常に日本の自然崇拝にも近いものを感じるのだけれど、その神々が妙に人間らしい生々しい泥くさい感情を持っていて・・・まあとにかく、いろんな宗教神話が語り継がれている文化の濃さは、半端じゃない。

でも、カースト制があるということで、ヒンズー教の枠の中にいると、カーストからも抜けられない・・・ということも一因となり、キリスト教やイスラム教、仏教へ改宗するパターンも多いと聞く。(直接にそこに主旨があるわけではなさそうだけれど)

ただ、ヒンズー側にしてみれば、全ての神は、ヒンズーの神なので、仏教もイエス様もヒンズー教の一部に過ぎなく・・・どうしても譲り合わないのは、ヒンズーとイスラム・・方向性からすると、イスラムからヒンズーへの排他的な部分・・・



基本的にイスラム教徒は宗教を越えて枠の外の人と交わろうとしない部分が多いらしい。
でも、平和運動を続ける中で、イスラム教徒の人たちすらも心を開いてくれたというエピソードがあった。


「恐れ」の代わりに「信頼」を持った結果だったという流れだった。
(これまた直接的に説明されてないけれど。勝手解釈。しかもこれ、日常生活でも大切!)

なんだか素敵だなと聞いていたのだけれど、その姿勢はお寺にまだ残っていて、併設の幼稚園の子どもたちも、イスラム教徒の子が結構いるらしい。(通常はありえないそう)

根本に戻れば、人類皆兄弟・・(なんだか宗教くさいかつ、懐かしい響きな気もするけど、まさにその通り)ガンジーの思想もそこに尽きたんだと改めて納得。


森田上人は、生まれ変わっても、日本に生まれてインドに修行に来たいそう。
インドだと、生まれた家によってもう将来が大幅に決まってしまうから、自由選択のできる日本人がいいということ。笑


私は同じ場所に何十年もいられない性格だなあー・・
ローレンスも・・・笑


宗教観ということで、これまた色々だとは思うけれど、私が今まであったインド人に感じて、日本人との大きな違いはというと、「信頼感」に尽きると思う。

日本は「信頼」がベースにあって、その上に生活が成り立っていると思う。少なくとも私たちの世代は!でも、インド人の幼少期の話とか聞くと、そこには「まず相手を疑いなさい」という部分が見える。

多分、根強いカースト制の中に生まれた産物で、「立場が違う」という認識があまりにもひっくり返せない事実だからこそ、全ての人に敬意を持つ。全ての人を自分の一部として信頼するという部分にかけてしまったのだとおもう。


弱点も認めた自分をもありのままに受け止めるということができなければ、他人の弱点を認めることは難しい(から、腹が立つ)。

自分と自分の可能性を信じなければ、他人を信じること(人として)は難しい。

「恐れでなく信頼。」


話がちょっと飛ぶけれど、これは、エネルギー的には、
スロートチャクラとソーラープレクサスが交流してる感じ。
レメディーは両手放しに喜ぶ!そんなイメージ。

ーーということは、間違ったら、できなかったらどうしようなんて不安の微塵もない状態。あ。今回の通訳はまさにこれだったわ。7割伝わればオッケーオッケー。頭で考えずに、口が先走るように、喋ってもらおう・・みたいな。笑

うちにある恐れを取り除く作業・・。ヨーガしていると、まだまだルートチャクラに不安がくっついているのを感じるから、信頼に置き換えていこう・・・


なんだか回り道したけれど、インドに来て、ガンジーの魂にもちょっと出会えた気分。

[PR]
by nu2meg | 2018-02-08 16:58 | インド

気の向くままに・・・ 流れに身を任せて。


by nu2meg
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る