妬み

この数週間中に気づかされていること。
「妬み」という感情。

いわゆるサイキックアタックに「妬み」という念は存在するものでもあり、それをクレンジング(お祓いおよびヒーリング)することで、妬みや羨ましいという気持ちの糸をほどく・・・というかんじなのだけど、この感情も「分離」によるものに過ぎないなあと深く感じると同時に、私の人生でも大きな課題のひとつだと気づいた。

というのも、妬みに起因したいわゆるいじめも体験しているし、その分、人を羨んではいけない、妬んではいけないという無意識下の基礎みたいなものがあるらしい。

実際に、自分と比べ様にならない人を妬む事もなければ、羨ましいともあまり思っていないのだけど、それは、どこかで「完璧に分離すること」によって成り立っている(エゴが回避している)ものであって、「分離がないから」ではないことに気づいた。

月曜のメディテーションで感情のコードをカットする・・・というエクササイズをしたのだけど、何度もこのエクササイズをしている私の元にでてきたのは、細い糸で繋がっている友達だった。

分離がなく、私もあなたもない・・・という目で見た時に、その友達の幸せは私の幸せでしかないということがよく分かるのだけど、過去世とかの関係で「幸せにしてあげないといけない」という妙な関連があるらしくっそれが、ちょっと複雑にしているようだった。(もちろんプチンと手でちぎれる程度の糸だったから、問題なかったのだけど)

どんなセッションをしていても、この数週間でふと湧き上がってきていたのが「妬み」
おもしろいなあー。

「いいことも悪い事も、明日は我が身」と思っているけど(実際には良い悪いという判断は不要だけど
)、誰がの幸せを自分の幸せと思えることがいかにあたたかいものか。

タブロイド・三面記事的な、誰かが不幸なニュース(ブログでも同じだと思う)を読んで、誰かに不幸なことがあったら、かわいそうに・・・といいつつ、他人事で良かったと自分の胸を撫で下ろしながら安堵し、幸せなニュースを読めば、いいご身分だわよね・・・と卑屈になったり、幸せでない自分を惨めに思う・・・。

そんなエゴの世界から、他人に不幸があれば、自分の一部に過ぎないからと、リリースのチャンスを活かしてお互いに心をともにしてヒーリング。幸せなことがあれば、自分のこととして喜ぶ。自分の内にある潜在的な幸せを見せてくれているんだと心をともにする。

そんな風に切り替えする第一歩が、無意識下のいわゆるネガティブ感情への蓋を認識する事かと思う。

自分の意識のなかで、真の意味で他人も自分も無くなったとき、そこには妬みという感情は存在ありえない。タロットのラバーズカードで、無条件の愛そのもの、つまりはこの世でのすべての人の課題がココなんだなあ・・・。
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by nu2meg | 2009-10-22 17:25 | ヒーリング

気の向くままに・・・ 流れに身を任せて。


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