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ヨーガ・カウンセリング

せっかくだから、これはインドにいる間に!
・・・と思っていた待望のコース、ヨーガ・カウンセリングのコースももう5回すぎた。(全部で3時間×23回 6ヶ月の予定。これまた先生曰く、予定は未定でコースは状況によっては伸びるらしい・・・本当にこういうのがインドらしい。。・・・ 実は5月から取っているアーサナ中心のインストラクター向けのアドヴァンスコースも、3ヶ月の予定が、3ヶ月半になり、まだ完璧さに欠けているから終わっていないゾということで、今は中休み中だけれど10月に終了期未定で再開予定・・・笑 週5で1日2時間のコースなのに、そんな融通効かせるってどうよ?? みんなよっぽど時間があるのか、予定がないのか・・・すーっかりドタキャン当然なインドにも慣れてしまったし・・ )

さて、カウンセラーのコース、これまでの学びの集大成とあって、「まとめ」な感じすぎて、正直言って土曜の朝3時間が眠たいのだけれど(笑;緊張感なさすぎ。しかも人数が30人とかいる大所帯だから今までみたいに急に名指しで当てられることも少なく、発言大好きなインド人に任せておけば十分討論も進む・・・とにかくインド人、賢い上自己主張素晴らしいのです。)
さすがだなあーと思うのは、心理学者アイゼンクの流れを取って、「カウンセリングの良し悪しは、カウンセラーの人間性いかんによる!と割り切っていること。

とにかく自分の「思い込み」や「価値観」を取っ払って、相手の可能性や成長を信じる。
それこそが、カウンセリングの本髄であり、知識として今まで習ってきたチャクラの関わり方や、スワジヤヤ(自分を見つめること)による、人間としての成長がすべて。

カウンセリングのスキルはもちろん習うけれど、スキル自体に重要さを持たさない。
人間としての自分の成長・・・「ヨーガの本質に戻る」、結局はそこなのです。

ヨーガという言葉は、結局のところ「魂としての自分に繋がる」イコール「スピリチュアリティ」なので、ヨーガカウンセリングというのは、スピリチュアルカウンセリングということになるのだけれど、本当にこの先生はしっかりと地に足がついてて納得させられる。

そして話している内容は、やっぱり控えめにもコースインミラクル的でもある。
あんなにも、素晴らしく超論理的な先生なのに。
多分、彼はコースインミラクルには全く触れたことがないと思うけれど・・・
どんなアプローチをしても、そこにたどり着くというのがなんだかまた世の中のすごいところで、素敵だなと思ったり。

このコースは資格取得のコースなので、レポートなども毎週宿題の形で提出するのだけれど、最もインパクト大きかったのは、卒論的な存在として「社会に貢献するプロジェクト」を立て進めること。

その理由はいろいろあるのだけれど、基本、カウンセリングというのはコミュニケーションなので、周囲を説得してプロジェクトを立てるということは、力試しになり、自分を知ることにもなり、自分を成長させてくれるということ・・・

思いっきり「えー??」という感じで、最初はかなり私もなんでこんな面倒なコース取ってしまったの?と思ったけれど、実際に肝を据えて(こうすべきことになっていたんだからもう成るように成るさっと)進めてみると、勢いよく進んでる。

ああ、「結局は自分で無理とか面倒とかいう思い込み」で、人生っていろんなことを、「こんなのあればいいのに」と思っても、「自分からは何も始めていない」ことが多いんだという気づきがすでにあった。

「時間がない・・・」とか、いろいろ理由をつけているってことにも。
基本的に「しなくていい理由」はごまんとあるし。
なんで自分がと問えば、そうだよね、そんな必要ないよね・・・と。。

でも、1個大きなプロジェクトに手をつけてからの私はというと、もうなんだかすべてにおいて「時間がないから」とかいう言い訳は無意味に思えてきてしまって・・・、しかもあの4月の超多忙だった日々とそれ以降の毎日の密なスケジュールに慣れてしまって、忙しくても何とかなるよーと言わんばかりに、来るもの拒まずな姿勢プラス、じゃ、ついでにこれもやっちゃえってこと?みたいな雰囲気で・・・ 笑 

実際には忙しい!けど、特に忙しいとは感じていない不思議な感じなのです。(これが今に生きるの連続ってことかも??笑 時間の枠から外れられたかな?笑)

しかもヨーガがあまりにも日常の中にありすぎて、少なくとも1日に1−2時間はヨーガしないとスッキリしないし足りない感がある(教える時間は除く。自分でするのと教えるのはやっぱり違う・・)。それでもその時間はびっくりするほどゆったり流れている・・・今まで一体何をして時間を過ごしていたんだろうと思ってしまうくらい、時間の感覚が変化した感じ。


プロジェクトに話を戻すと。もちろん、自分の利益の為のプロジェクトではないから、プロジェクトに関しては、しなくていい理由は大ありなのだけれど、多分、もっと自分の身近なことであっても、同じように人って何かと理由をつけて自分の身を引いいているんだろうと何か本質に触れた感じ。(具体的でなくてわかりづらくゴメンなさい。すべては思い込み、特に「勝手に思い込んでいる制約」の中で縛られている・・・というところなのです・・・)

ヨーガ・カウンセラーの資格を取ったところで、今までのヒーリングのスタイルは変わらなくて、結局私はタロットの力を借りながら、自分の価値観を捨てて、クライエントのスピリチュアルな人生の目的や学びに視点をあわしつつ、カードを読むことになるだろうと思う。その人がどう生きるべきかの答えはその人の中にしかないという、自分がやってきたスタイルの確認もすでにできた感じですべてストンと入ってくる。

そして、このプロジェクトへ足を踏み入れることという大きなステップは、すでに自分の中に大きな種を植えてくれた感じ。たぶん、芽がでるのはもうちょい先だけれど、すでに何だか動き出してる感。


  そしてカウンセラーがいかにあるべきか。
    最も優れたカウンセラーとは・・・
    ・・・シンプルすぎます。

自分の「家族」をカウンセリングできれば、カンセラーとして最高レベル。

ほんとにね・・・
家族に対しては聞く耳持たない。きっとこう返ってくる。またアレでしょ?言わなくてもわかるから・・・と、雑な対応だこと。尊厳なんてどこへやら。リスペクトー!

家族イコール最も自分に近い存在。
きっと自分のことも雑に扱っているという証明みたいなもの。
もっと自分の心の声にも素直に向き合うことが必要で、特にネガティブだと思ってしまいがちな感情に対して、勝手にネガティブでダメと決めつけている自分に気づいていく必要があるなと思う。

すべての感情に対して慈しみを持つというか・・・
超難関トレーニング、立ち向かうしかない〜。
なんだかワクワクしてきた。笑


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by nu2meg | 2017-09-12 00:59 | ヨーガ

アディ 病の原因

前回の記事を書いてから、ようやくアディが抜けた感じです。

痛みの原因は・・・もちろん、体がキチンと反応しないくらいの筋肉痛が表向きな理由だったのだけれど、さらにさらに深いところに、やっぱり残っていたのは「感情」

いかにも、「アディ」
病の原因は、どんな場合であっても、幾らかの「感情要因」がある。

これには、何度も何度も気づかされてきていて、気づくのが早ければ早いほど、深入りしなくて済むというところまでは体験上よーくわかっているのだけれど、かなりトリッキー。マインドってすごいのです・・・自己防衛機能というか・・・結果的には自己防衛できてないどころか、不調を迎えることになるのだけれど。

「感情要因」
それは、ネガティブ感情を持つことによって、その負のエネルギーを自分にまとうという仕組み。

サイキックエネルギーのマイナスな使い方も実はこれで、誰か、何かに特定の「負の感情」を持つことは、自分から嫌なエネルギーを引き寄せていることと同じことになる。
これは、何度もダウジングで確認していて、どうしてもサイキックエネルギーの負のエネルギーを負いやすい人の特徴的に、「許せない!」「大嫌い」「私には無理」と他者や特定の思想を毛嫌いする傾向がある人によく見られて気付いた。

誰かから負のエネルギーを受けている
というのが、彼らの言い分だけれど、よくよく辿るとそのエネルギーを受けるアンテナを設けているのは自分にすぎなくて、そのアンテナの張り方は「自分」と「その人・その思想を持つ人」を別の存在と分けていることによって生じる。

つまりは、いろんな現象や相手を自分の一部としてみる、何かを教えてくれる存在としてみる・・・という代わりに、「敵」としてみること。

エネルギー的に繊細になればなるほど、これはすごくハッキリする。
逆に言えば、繊細でなければ多分、気づかない。
多分、世の中のほとんどの人は気づいていない・・・
鈍感にならないと生きていけないとでも言うように・・・

そして自分の不調も「敵視」する。
自分の内側のアディなんて関係なくて、不調には薬。どんどん抑圧。
痛みというのは、面白いもので、強い部分があれば、そこが一番痛い。
実際には3カ所が痛いと訴えていても、メインの1カ所しか主に感じない。
本当の痛みがどこにあるのか?どこから来ているのか?謎はどんどん深まるけれど、玉ねぎの皮をむく代わりにさらに重ねるので、その分根本要因は内側へ内側へ入っていく。

内側のアディを探るのは、決して容易ではない。
早ければ早いほど、まだトレースできる・・・のだけど、時間が経てばかなり自覚を取り戻すのに時間がかかる。確信である「自覚」に触れるためには、自分に正直でなければいけないし。心のトリック力はすばらしいし。


ということで、今回の痛みがうまく抜けなかった理由も、アディ。
「こんなエクササイズをヨーガと呼ぶべきじゃない!」みたいな感情でした。笑
自分だって決して一人前じゃないのにね。

ただ、前回の記事を書いた時点で気付いてるはずなのだけれど。
ここがトリック。
いくら頭で気づいていてもダメなのです・・・
心で気づいて、心から解放しないと・・・

うまく伝えられないけれど・・・
心で解放すると、素直に感謝の気持ちが湧き上がってくる。
すべての出会いに。
ああこの学びのためだったんだ・・・って。

世の中に敵はいない。
もちろん理不尽な世の中だと嘆いたり怒りの感情を持つのは容易いけれど、愛で包み込む別の道があるはず。

そうそう、もちろん、怒りスイッチを上手に押してくれるうちの娘に対してもね・・・笑(幸い、身近に娘に対して以上に理解できないわ!と思う人はいない。)

世界の戦争をなくしたいと思うのであれば、身近なところから、戦争をなくさないとーっといつも娘に言ってます。笑 (私が親として、自分の責任として、どうにかしなければいけないと思う感情を大分捨てたので、前よりは平和だけれど。笑)

自分を世界から分離しないこと。
ヨーガの世界観の中では特に大声で語られていないけれど、パリカルマ(心のお洗濯)の最後の切り札、ウペクシャ(切り捨てる)にもこの要素は入っていると思う。

その場から去るとか、関わらないとか、自分を分離している感を含んで聞こえるけれど、本来の意味は相手の尊厳を含む。相手への愛を含む。だからこれはきっと、その場から去るという否定的な感情を持ってUターンする感じではなくて、その場にいても気にならないくらい、愛を持ってすべての存在を認めるばかりに、あえて関わる必要がなくなるんじゃないかなと。もし、「こんな奴に関わっていたら時間の無駄!」みたいなウペクシャだと、「残念でした〜」とばかりに新しいもっと自分の心の平穏を乱す存在に遭うんじゃないかなあと。

敬意=人間愛=コンパッション。
結局はここだわ。

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by nu2meg | 2017-08-27 01:58 | ヨーガ

無理すると・・・

4月から毎日1日1−2時間はアーサナという生活をしていて身体をある程度伸ばさないと気分がスッキリしないわーという状態になっているのだけれど・・・

あれは1ヶ月コースが始まったばかりの時。
なんとなく、ちょっと勢いつけちゃってビッとお尻の筋を痛めた?ということがあってから、前屈は非常に苦手になっている。

ヨーガも怪我の元になる時・・というのがあって、そのひとつが動きが雑な時。(丁寧にゆっくり伸ばしてると怪我はしない)しょっぱなから、なるほどなことを学んだなあーと思っていたのだけれど、1週間ほど前に、ローレンスと一緒に彼のヨーガの先生のレッスンを一緒に受けて(2人目。1人目は非常につまらなくただの筋トレだったから、2人目はどうかなと思って興味から・・)さらに身体を痛めた。

4ヶ月ほどどんなにレッスンしても筋肉痛とは遠かったのに、その先生、プッシュプッシュなパワーヨーガというやつだから、フン、効果はいかほどか?と意地になってついてったら、1時間のレッスンだったけど、翌日から超筋肉痛に!苦笑

久々に、気持ちよくないヨーガをさせられて、ああ〜、本当に世の中のヨーガの先生がほぼこんなものをヨーガと呼んでいるのは冒涜だ!なあんて、ちょっと憤慨しつつ嫌な気持ちでいたから(笑)私の感情こそが元凶と言えるかもしれないのだけれど・・・

いやほんと、あれをヨーガと思ってもらったら困る!
インド政府が資格制度を設けてクラシカルなヨーガ理論をちゃんと叩き込んで欲しいと思っているのが痛いほどよくわかった・・・(インドで学ぶからといって、全てがクラシカルではないし、逆にヨーガの真髄を通している流派がいくらあるのか??)

話を戻すと、筋肉痛でひやあー参ったと思っていた私、息子のお休み前の本を読むのにビーンバッグに無造作に座って、それが非常に非常に身体に負荷がかかる形で座っていたようで・・・多分、それが原因でなんだか右側の足の付け根のあたりの筋が変な風に・・・とにかく違和感と前屈による痛みなのだけれど(せっかくほぼ回復してたのにー)とにかくその時は気づかなくて、夜寝る前にいつものようにスーリアナマスカールでスッキリしようと思ったら(朝も、寝る前も、スッキリしたい時はこれ)いやー。痛い!

*筋肉痛でなかったら、体がちゃんとアジャストしてたはず・・自分の体のちゃんとした感覚をなくしたということが問題。

ヨーガの先生にとにかくリラックスしながら血流を良くすべく広げるのが一番とアドバイスされて、そうしているうちに緩んできたのだけれど、この痛みはなぜかポツポツ移動中。たいした痛みではなく、自分が繊細に感じているから余計にだとは思うのだけれど、なんだかここに来てイヤーな感じを覚え、ひしひしと思った。

 もう二度と意地になって、自分に合わないヨーガもどきになんか時間費やさない!

だいたい、自分と向き合う・自分の限界に触れることはヨーガだけれど、自分と戦うのはヨーガじゃない。グループレッスンなら、それがコンペティションや他人との比較での他者との戦いにもなりがちだけれど、本当のヨーガはそういうものではない。

気持ちいい・・・がないヨーガなんて。

しかし、先生ひどかった。
スーリアナマスカール(太陽礼拝)を超高速スピードで・・・といって、全然ポジションごとの型を気にしない。あまりにも酷かったので、「このスピードは無理でしょ?何の意味があるの?ちょっとあなたがこのスピードでどこまでできるのか、やって見せてよ。」と挑発的発言をした私。(さすがでしょ・・・笑)

そのスーリアナマスカールの散々だったこと・・・全くアーサナを習得していない人だとよーくわかった。何一つピシッと決まってない。身体の線も動きも全て。

思わず、「そんなスタイルでアーサナもきちんとできてなくって、ただ早くする意味ってどこにあるのか、私には全然理解できません。」と一言言ってやったけど・・・(彼は私の綺麗なアーサナを見て負けたと思っていたはず。笑)

スーリアナマスカールが綺麗だと、本当に見てても気持ちいい。
エネルギーの流れと、体のしなやかさにうっとりしてしまう。

もし自分がヨーガの先生を選ぶことができるなら、面接でやってもらうなあ。笑(超上から目線)

おっと。クラシカルヨーガ的にはこれも間違った感情。
人の批判なんて・・・ね。
でも、ヨーガにハマればハマるほど、やっぱり伝えていくべきヨーガのスタイルというのがあると思うし、これだけは外せない!

  気持ち良くなければただのエクササイズ。
  イタ気持ちいいとかじゃなくて、気持ちいい。
  毎日しなきゃじゃなくて、毎日したくなるヨーガ。

改めて、自分が追求しているところがはっきりするために、移動し続けるへんちくりんな痛みを体感中です・・・。


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by nu2meg | 2017-08-23 01:04 | ヨーガ

義父への追悼

義父がこの世を去って、数週間になりました。

義父はオーストリア生まれでもともと獣医さん。
獣医時代にホメオパシーの良さを知り、レメディも使っていたそう。そして獣医時代にひょんなことから、ダウジングを知った義父は、その面白さにはまり、さっさと獣医をリタイアしてからは、いろいろなエネルギーを発見して、その法則性を見つけ・・・というように、特にアースエネルギー的な分野でのダウジングを得意とするダウザートしてその道では頼られる存在でした。

ヨーガの最終試験が終わったら、書こうと思っていた文章。
6月に英国に行く時に、一緒に読んでもらえるかなと思いつつ心の中では絶対にダウジング協会(個人的に関わりが多かったローカルなデヴォンダウザーにしたけれど)に投稿しようと思っていたもの。

残念ながら、私の試験の数日前に義父が旅立ったので、結局彼とは最後に会えずじまいになってしまったけれど、その文章がこれです。




自分の文章ながら、日本語訳しておきます(脚色入るけど)

入院中にネガティブなエネルギーを浄化することの大切さについて。
ダウジングの恩師でもあり、義理の父である、DRグンター・シュネックを偲んで
                    シュネック倫子 著

去年のクリスマス、グンターの健康状態が芳しくないということを聞いた私たち家族はみんなでデヴォンに集合した。(義兄夫婦の家族が2組と私たち)そして私たちは、実はグンターが長年、膵臓癌を患っていると知らされた。

この文章の読者には彼を直接ご存知な人もいると思うのだけれど、グンターはダウジング、特にアースエネジー分野においてのいろいろな発見に人生の後半を捧げた人だった。実はシュネック家の中で、この彼の専門分野に興味を示したのは、私一人だったこともあって、グンターは会うたびに、本当に、私にいろいろなことを教えてくれた、私のダウジングの師匠だった。

2月のある日、主人が急遽一本の電話を受けた。病院に入院中のグンターが危篤で後数日しか持たないだろうという話だった。私たちは国内旅行中であったにも関わらず、彼一人でムンバイにいったん戻り(書類がないとインド再入国が難しいから)イギリスに家族に会いに行くことになった。彼の二人の兄たちも、それぞれニューヨークから、ウィーンから、家族水入らずの最後のお別れにと家路を急いだ。

この話を聞いて、私が最初にしたのはダウジングだった。
グンタは本当に、危険な状態なのか?
  • 肉体的なエネルギーレベルは?
  • 感情的、精神的なエネルギーレベルは?
  • 彼のエネルギーを妨害している、サイキックエネルギーや、病院に残っている何かネガティブエネルギーがあるんじゃない?

この15年間、グンターのダウジングの教えとともに、ヒーリングを学んできて、私は病気の人が本人の自己治癒力を最大限に活かせない状況の中にいる場合もあることを知っていたので、とにかくいち早く、ネガティブなエネルギーがあるなら、それをクリアにすることが大切だと思った。もしグンターが私の立場で、バランスのとれた状態だったら、彼だって一番最初にそうしただろうことも知っていた。

彼の肉体レベル、そして感情レベルのエネルギーは確かに低かった。
たくさんの、妨害エネルギーが影響していることも明らかだった。

とにかくそのエネルギーを浄化することが私の役目だと、浄化しながら、グンターがまだ生きたいという気持ちを感じていた。・・・というのも、彼の精神的(メンタル)なエネルギーのレベルはまだまだ強かったから。

家族みんなが、グンターの死と向かい合わないといけないと落ち込みモードだった時、私の中には、強いFAITH(絶対的信頼感)があった。彼が回復することをダウジングで妨害エネルギーをクリアにした時に感じた。妨害エネルギーがなくなれば、ちゃんと自己治癒力が働く。そして彼にはまだそのパワーが残っていた。

とにかく、病院内に残っているネガティブなエネルギーというのは半端じゃなかった。もう肉体を去ったのだけれども、どこにいっていいかわからないエネルギー。まだ死にたくないという気持ちと、もう死んでしまいたいという気持ちが相反しながら強く強く残っていて、そのエネルギーは、入院中に「もう死んでしまいたい」と少しでも諦めの気持ちに下がるとスーッと患者に入ってくるかのような感覚。それは、まるで自殺の名所に残っているエネルギーと似ていると思った。「生きてたってろくなことない。もう死んでしまいたい・・・」少しでもそんな気持ちを自殺の名所を通りかかった時に感じていたら、やっぱりそのエネルギーがくっついてきて、「魔がさしたような」自殺をしてしまう現象があるように・・・(*ドラッグやアルコール中毒患者も同じ傾向があります。)

もちろん、病院にはネガティブなエネルギーがあるだろうとは思っていたけれど、それは私の想像を超えるものだった。きっと肉体的な限界ではなく、こういう妨害エネルギーによって、たくさんの命が先走って、不本意な死を向けているんだなという裏?の現実が私には明らかになった。ただでさえ、病気になれば落ち込みがちなのだから、「ふと落ち込んだ時に、入ってくるエネルギー」がいかに簡単なことかは想像できると思う。。。

その後、私は毎日グンターのエネルギーをチェックすることにした。はじめの頃は数時間おきにチェックしなきゃと思わせるほどの量で、どんどんクレンジングした。クレンジングと言っても、ヒーラーとして私がしていたのは、あっちへ行け!という方法ではなくて、手助けを必要としているエネルギーをあるべきところへ還してあげるようにヒーリングエネルギーを送る事。実際には、ちょっとヒーリングが必要な場合の方が多く、すごくシリアスにネガティブという存在はほとんどなかった。質よりも量というか、とにかく寄ってくる数は多かったけれど、浄化していくスピードも早かった。

数があまりにも凄かったということもあって、これじゃあ自己治癒力が働けないから・・・と、私は一刻も早くグンターに退院してもらいたかった。でも同時に、グンターが意図的にこの発見を多くのダウザーやヒーラーに広めるべきだと訴えている気もした。これは、まるで最後のジョイントプロジェクトなようだ・・・と感じながら、毎日エネルギーチェックと浄化に励んだ。

彼のエネルギーレベルが明らかに低い時、私は主人に「今日はちょっとローだったよ」とレポートし始めた。最初の頃は「ふうん」だった主人も、義母と電話で話をすると、私がローだったという日は確かにローだった・・・ということがあまりにも続くので、主人も私のダウジングを信じるようになってきた。

時には、義母の状態もチェックした。なんとなく、義父の感情状態が悪い時にチェックするとやっぱり義母を心配するかのような状態だったので、義母にも病院内に残っている似たようなエネルギーに左右されてバランスを崩しやすいことがわかった。とにかく、自己治癒力を最大限発揮できるようにと思って、ペンディラムを振る日々が続いた。

人生の最期は自宅で迎えさせてあげてほしいと、私は何度も主人に言ってきたけれど、それはもう自分の力で歩くこともできないこの状態では無理だ・・と言われていた。でもとうとう、4月の頭に朗報が来た。
医者としてすべきことはもうしてきたけれど、これ以上は手を施せないということで、退院が決まったのだ。

もちろん、家族の中でそのニュースに喜んだのは私だけだったけれど、心から神様に感謝したい気持ちだった。
この時ほどイギリスの医療システムのあり方をすごく素晴らしいと絶賛したこともないかもしれない。(日本なら確実に、死ぬまで病床ケースだと思う。*イギリスは国民保険的なシステムで医療費が国負担になるので、病院でケアする以上、国家の予算を使うことになるため、自宅へ引き取ってもらってプライベートでケアを入れてもらう方が経費削減につながる)

私が思った通り、病院を離れたらそれまでひっきりなしにクレンジングが必要だった状態が一変した。自宅で自分たちが愛でてきた庭を眺めながら過ごした時間は、グンターにとっても幸せな時間だったと思う。一刻を争うようなアップダウンの激しい状態から抜け出して、彼の病状は安定した。

実は、退院時に義母は「あと数日だろうけれど」という前提で退院に至ったらしいのだけれども、グンターは1ヶ月以上、自宅で余生を過ごすことができた。

ただ、私には一つの疑問があった。
いつまでグンターが私にクレンジングを求めているのか・・。

もし、グンターが私にもうエネルギーの調整をしなくていいよと思った時、私は頻繁にチェックしなくなるんじゃないか?それが彼の意思ではないか?そんな思いが私の中に浮かんできた。そして、そうなったら、それはそれで彼の意思としようと・・・。そういう姿勢でいることにした。

数週間ごとにイギリスに様子を見に帰っていた主人は、5月の半ばにまた戻る予定にしていた。私はなんとなく、グンターはローレンスが帰るのを知っているから、元気に違いないと思い込んでいて、数日間ダウジングをしないでいた。
そして、その日の朝、主人が車でデヴォンに向かおうとしていた時、(インド時間では朝)義母から父危篤のメッセージが入ったと主人からメールが届いた。

その日の朝はいつもよりちょっと遅めに起きたのだけれど、朝一でメールをチェックして驚き、朝一番にダウジングをした。
私はペンデュラムが止まるのを待てなかった・・・明らかにエネルギーレベルが低い。ちょっとドキドキしながら、私はとにかく彼の周辺のネガティブなエネルギーをクレンジングした。でもそれでも今までと違って、状況が明らかな改善を示さなかった。

唯一の救いは、彼の肉体レベル、メンタルレベルのエネルギーは低いけれど、感情レベルは満ちていたということだった。これまでにない、深い深い、優しいヒーリングエネルギーを感じながら、自分にできることをした。

その最期のエネルギーチェックは5月13日のことだった。
グンターは88歳の誕生日を、祖国オーストリアのザッハトルテでお祝いして数日たったばかりだった。

6月に家族で訪問する予定だったから、私はその時にもう一度会えることを深く望んでいたのだけれど、グンターはきっと最愛なる妻、義母のためにこのタイミングを選んだのだと思う。きっとグンターは自分が旅立った時に、義母をサポートしてくれる人がいるその時をベストだと判断して・・・(そしてまだこれから庭にたくさん花が咲くイギリスで一番いい時期に・・)

幸いにも私はグンターが感情的には満ちていた状態で旅立ったということを知っているから、自分の意思で死の時期を選んだ彼を素晴らしいと称えたい。インド人の友達は、スピリチュアルな人間として自分の魂の死のタイミングを選ぶことはそんなに簡単なことではないけれど、一握りの人間にはできる素敵なことだ・・・と言っていた。彼はそんな生き方を意識的にやってのけた魂の存在だと信じている。

グンターは、本当に楽しくてお茶目な人だったから、彼が今頃ニコニコと、歌ったり、冗談言ったりしながら、肉体のない軽くて幸せな魂の存在に戻ったことが想像できる。

私の5歳と12歳の子どもたちは、すでにダウジングに興味を持ってペンディラムを振っていたりする。
今後は私たちがダウジングするたびに、グンターの魂は私たちのガイドとしてふっと寄り添って見守ってくれることに違いない。

愛と感謝の気持ちを込めて。
シュネック 倫子

インドのムンバイにて
2017年5月18日

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by nu2meg | 2017-06-08 13:39 | ヒーリング

ヨーガの世界観 6 健康、病気予防ためのヨーガ

とりあえず、今回でQCI(インド中央政府が行う資格)勉強のヨーガ理論部分は終わり。1ヶ月のコースでは、この他に解剖生物学の基礎をさらっと習い、QCI必須のアーサンとプラナヤーマ、クリアを習い、またヨーガインスティチュートの行っているアーサンやプラナヤーマやその他インスティチュートで大切にしていること、そしてもちろん教え方を学びます。宿題も多くって、かなりハードでしたが・・・。

インスティチュートの試験は、ヨーガはストレスを増加させるためにあってはならない!ということで、基本的には受験資格を失わなければ(5日以上休んだりして)合格になります。ヨーガが1ヶ月でマスターできるものでも、1ヶ月で完全に教えられるなんてありえないので。(この辺あまりにゆるくていいのかと思ってしまうくらいだけれど・・・)

そしてQCIテストは、翌月の第3水曜日かそれ以降に、受けることができます。
実はこのテスト、独学で受けても良いそうですが、ヨーガインスティチュートのコースを通して受ければ、筆記と実技は免除され、当日の試験はたったの10−15分の口頭試験のみ!(と言っても合格率は50%と低い。)しかも、普通に受ければ外国人プライスが適応となり、かなり高いのだけれど、インスティチュート通すと現地プライスにさらに口頭試験のみ価格が適用。遠隔に住んでいる人にはスカイプでの口頭試験もあります。なんだか得した気分!?(そういう人は、インスティチュートの宿泊棟に滞在してコースを受けてます。)

こうやって、日本語に直して復習しつつヨーガの深さが改めてよくわかった気がするので、インドの国家資格に受かろうと落ちようと、まあ、どっちでもいいや(ヴェイラーギャー)という気分になりつつ、外国人プライスだったら受けようとしなかったかも(申し込んだ時点で気づかなかったけど)っと思う私です。笑

前置きが長くなりました。

健康のため、予病のためのヨーガ

WHOの定義「健康」
肉体、知的、感情的、社会的、精神的に完全に良好な状態。
*病気のない状態とは言わない

辞書での「健康」定義
体と心と精神が安定した状態。特に病や痛みのない状態。

ヨーガはセラピーか?
ヨーガの自然な産物として健康を促すという事実があるけれど、厳密にはセラピーではない。医療科学者によると、ヨーガは神経やホルモン系のバランスを整えるという働きがあるとされ、ヨーガセラピーという存在すらあり、多くの人々を惹きつけたが、その一方で本当の意味が失われつつある。

ヨーガが治癒方法として推奨される理由
アーサンとプラナヤーマを続けることは、肉体的な苦痛を取り除くことにつながる。
ヨーガのプラクティスは、肉体的、精神的疾患、心身症などの治癒や予防に役立つとされている。

病気の治癒よりも予防を
病気になる前に、人は何らかの体からのサインに気づいているはず。もしその時に、きちんと対応していれば、病気が深刻化することはない。
病気を予防するためには、異変にいち早く気づき、心の声を聞くことが必要になる。

*これはヒーリングで習ったことと全く同じ。原文には心の声とは書いていなかったけれど、症状が出てきた時の「感情」に意識を向けて、その感情がネガティブな場合は、その心がアヴィ(病の元)となります。たいてい気づいてすらいないのだけれど、ヨーガでいう、リフレクションという方法で行動と感情を振り返り、そういえば!と思い出せます。肉体的な痛みなのに心に原因があるというのは不思議なようだけれど、個人的には膝の痛みからお腹の痛みまで気づくことですっと治った経験があります。

なぜ人は苦しむのか?
人生の意味を勘違いしているので、人は苦しまないといけないと思いがち。
今の日常では、不調になると医師に治してもらうという考えがあるが、彼らは症状を薬で抑えることを得意とするので、病人個人を包括的に治癒しようとはしない。

病気の本来の原因は全く問われることもないので、症状はまた別の症状となって現れ、悪循環は終わることがない。これは個人個人が自分の内側に要因を認めないで、病気を外因として捉え、自分の心身、行動に責任を持たないことの表れといえる。

一方でヨーガの世界では、なるべく外部に頼らないという考えがある上、ヨギの最も大切な義務として、自分の心身のバランスをすべてのレベルで整えるということがある。

ヨーガの視点から見た、健康と病気
サンキャ哲学には、3つの痛みの原因がある
アディヤトミック: 心と体のアンバランスが原因
アディボウティック:虫刺されや、犬に噛まれたなど
アディダエヴィック:災害によるもの

ヨーガの考える病気とは
すべての病気は心が原因。
ハタヨーガ・プラディピカによるとアディはすべての病気の原因の心であり、ビャディ(病気)はアディが肉体にもたらしたマニフェステーションに過ぎないとする。

心がストレス下あると、ナディというエネルギーの通り道が邪魔され、詰まると考える。ナリの詰まりはプラナの流れを妨げ、病気を発症させる。ナリの詰まりを取ることが病気を治癒する解決策。


ハタヨーガの健康の定義

細い体、輝いた表情、澄んだ声、目の輝き、病気のなさ、制欲のコントロール、stimulation of gastric fire ナディが綺麗であること、


HANOPAYA (病気の治癒)

病気の根源を治癒すること。

根本的な考え方

  panchakosha

tritaap theory

triguna theory

yoga chara theory

tridosha theory (ayurveda)

パンチャコーシャ By Taitriya Upanishad

アンナマヤコーシャ  肉体レベル

プラナマーヤコーシャ すべての行動に関与。コスミックエネルギーからエネルギーを得る

マノマヤコーシャ   メンタル・エモーショナル 考えたり感じたりする 

ヴィギャーナマヤコーシャ 知的 決断力 洞察力 

アナンダマヤコーシャ   スピリチュアル レベル


トリグナ エネルギーの質 傾向

ラジャス

タマス

サトヴィック


食べ物

ラジャス : 辛すぎ、スパイシー、ニンニク、玉ねぎ、コーヒー、炭酸飲料、紅茶、甘すぎ 

タマス  : 肉魚、卵、時間が経過した食べ物、プロセスフード、インスタント、ファーストフード、添加物いっぱい、アルコール、タバコ、ドラッグ、揚げ物、

サトヴィック:ベジタリアン、新鮮な野菜と果物、全粒粉のパン、豆類、穀類、スプラウト、ナッツ、シード、はちみつ、ハーブ、ミルク


ヨギがベジタリアンな理由

健康的であるということのほかに、すべての生き物は自分の一部であるという考えがある。


*インドは宗教上、何世代もベジタリアンな人がとても多い。でもこれまた宗教上?牛はお母さん的な存在で、母の乳をいただく的に、牛乳や乳製品(特にギー)はかなり絶賛。チャイは体に良くないと皆が口を揃えて言うのだけれど、チャイ自体は良さそうなのに、そこにミルクと砂糖をたっぷり入れることが問題なんじゃ?と外国人の目には映る。でも砂糖抜きのチャイはやっぱりインド人にはありえないらしく、インスティチュートで出るハーブティーには基本、砂糖とミルクが入っている(抜きも選択できるけど)・・・笑 インドの食事は基本的にはかなりラジャス。地元民にとって、このなるべくサトヴィックにというのはかなりの試練なのです。(うちの食事はほぼサトヴィックだけれど、ニンニクと玉ねぎは大好きで、こどもは揚げ物も大好きだよね?)


アユルベーダ的な食事の中のグナ。

the 5 elements

the 3 dosha

the 6 tastes

the 3 grade of gunas

これらのすべての要素は絡み合ってお互いに影響し合っている。

ここでは心と体に大きな影響を及ぼすとされる3グナについてのみ説明。


サットヴァ:「いいもの」ニュートラル、新鮮な野菜と果物、豆類穀類・・心をクリアにする、消化に良い、愛を込めて用意されている、添加物なし。  → ハッピー&平和的な人を作る

ラジャス: 「パッション」陽性、ニンニク、唐辛子、カフェイン、卵、クオリティの良い肉、アルコール、缶詰食材、怒りで作られ、油で揚げられ、料理しすぎたサトヴィックな食材もラジャスに入る。   → 熱血キャラだけれど、目的が達成できないと、簡単に怒りに転換

タマス:「無視」陰性。消化に時間がかかる、玉ねぎ、キノコ、お肉、残り物(時間が経過したもの)冷凍食品、レトルト、電子レンジ調理   →  やる気なし、鬱、文句言い、凶暴、自殺願望、盗み・・


*日本の若者の一人暮らしの食卓って・・・かなりタマスで納得??日本の昔からの食卓は、本当に素晴らしくサトヴィックだと思う。いわゆる精進料理こそが最も素晴らしいとよくわかる。ちなみに、普通にお塩とちょっとだけのお醤油、ベイリーフでお豆のスープを作ってインド人友達に食べる?と出したら、「こんな料理は初めてだ!」と絶賛されました。スパイスがなくても美味しいなんて!ということらしい。笑


6つの味

甘い、塩辛い、酸っぱい、辛い(hot)、 渋い、 苦い

アユルヴェダ的には、これらのすべての味をうまく掛け合わせましょう(偏らず?)という。(確かに現代のインド料理はすべて行き過ぎではあるけれど、極端に甘く、極端に辛く・という風に)そしてそれらのバランスが、3ドシャ(vata pitta kapha)に影響するので、それぞれに合わせたものをいいバランスで摂ることが大切とされる。


パンチャマハブタ 5大元素

akasha 空間  細胞には隙間がある。心の動きが穏やかになれば、スペースがゆったりできる。

vayu 空気・風 体の中の空洞の部分。鼻、耳、肺など。肺と消化システムへの影響大。体のエネルギーに直接的に関与する。プラナヤームやカパールバティクリアで、体の空洞を綺麗にする。

agni  火 見ること、消化すること、体温に大きく関係がある。規則正しく食べることで火のエレメントのバランスを保つことができる。

jala  水 血液循環、腎機能、消化機能に深く関わる。水はクリアにも体を洗うことにも使われる。

prithvi 土 食事と深い関わり。お風呂に入りながらオイルや食材で肌をケアすることも。

例)火のエレメントが強い→脱水→熱  火と水のバランスが崩れたから発熱


ヨギにとっての健康的生活

心、体、道徳的、スピリチュアルレベルでの健康を健康的な生活とする。

いい状態を保つためには、常に自分の心、体、環境を整えておく必要がある。また自分が大切にするものが何なのか、動機はどこにあるのかを知り、必要に応じて態度を改めることも大切である。自然と近い存在でいることもまた、精神的な成長のためにも欠かせない。

自分の心がどう揺れ動くのか、どう反応しているのか、習慣になっている思考の癖がないか、常に自分の心と向き合い修正していくことが必要。


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by nu2meg | 2017-05-07 12:30 | インド

最後のピース?

The Yoga Institute で週4のヨガに通い始めて3ヶ月すぎ、ここのレギュラークラスは
誰にでもできる簡単なアサナ(ヨガのポーズ)ながら、しっかりとゆっくりと行えばやっぱりいいなあ〜っと感じている。基本的に難しいポーズとか無理なポーズがないので、運動としてヨガをするには足りないと思うし、ダウンドックくらいはすればいいのにと思うのだけれど・・・

そんな世界一古いヨガ道場で、インテグラル・チャクラ・サイコロジーという心に焦点を当てたコースがあることを知って、レベル2のスワディヤヤという5日間×9−5時のコースに行ってきた。

ファシリテーターが男性ということもあってか、むちゃくちゃロジカルに進行されたこのコース。とっても新鮮であり、今までの復習でもあり、最後に驚きの自分を発見したりするとってもいいコースでした。

こっちに引っ越してきて気がつけばもう8ヶ月目!(うち2ヶ月は留守にしてたけど)
気がつけば・・・なんと・・・私にもインド人発音の英語が聞き取れるようになっていた!笑 というのも結構な発見で・・・笑 

いや、でもまだまだかなり集中力を必要とするので、気がぬけると英語を喋っているように聞こえないから、通常よりもかなり頭を使っていたと思う!(講師の口調は結構ロジカル&ちょっと苦手なアグレッシブ系なのだけれど、それでも彼の英語はまだ聞き取りやすく・・・他の参加者の体験談とか聞くのがもう必死で・・・笑 気がぬけるとスルー。英語できないからヒンディーでいい?という何人かの参加者の時は気兼ねなく頭も休まったけれど!)

総勢20人ほどの参加者。そのうちに外国人は私とアメリカ人の女性。
彼女は別の団体がやってた別の1週間コースに行く予定でムンバイに来ていたのに、いざ来てみて行ってみると、コースがキャンセルされていた・・・というインドではまあありがちかもしれないパターン。

しかも彼女、11月の末の「明日から旧紙幣使えません」という驚きの社会情勢の中にやってきて、踏んだり蹴ったりだったのだけれど・・・もともとアメリカでもヨガをしているのでインスティチュートには来てみたくて、ちょうどコースがあるというので参加!20人中男性は3人。

そしてインド人なので、もう多分、すごくいろんなバックグラウンドの出身で、幼少時代を語る背景も本当に様々。この15年ほどいろんなワークショップに行って、いろんな人の幼少時代の話を聞いてきたけれど、ここまで多様性に富んでるストーリーも初めてだった。多分彼らにしてみれば、外国人の私たちの経験の方が驚きだったと思うけれど・・・

それでも・・・やっぱり人間というのは皆共通していて・・・
落ち着くところは同じ。

5日間、床に座り続けるというスタイルの授業もまた新鮮だったけれど(テーブルと椅子という感覚すらないのね・・・食堂も含め!)この姿勢がまた苦痛なこと。。。苦笑 1日目でお尻が痛くなって、2日目からはクッション代わりにふわふわフォームのマイヨガマットを持ち込んでお尻痛いのは解決(インスティチュートではゴザをひいてヨガするから、みんな薄っぺらいゴザの上)。でも長時間座り続けるって、足組んでても大変。意外に肩にも負担がかかるのね・・・知らなかった!せめてテーブルがあれば手が休められてまだ肩に負担がかからないのだと気づかされた。

内容は体験しないと伝わらないとわかっているので、詳しくも語れないのだけれど・・・
何が言いたかったかというと・・・

ロジカルにスピリチュアルな生き方、考え方が説明できる方法がちゃんとあったということ!?いや、スピリチュアルともあえて言わないし、その視点からも話していないから、すごく現実的に受け入れられる気がする・・

コースインミラクルにも通用する部分が多々あって、やっぱりここにたどり着く!と思うのだけれど、こう持ってくるか!という部分がすごく新鮮だった。いや、知っていたと言えば知っていたけれど、本当の意味で気づかなかったエゴのトリックを解いてくれる方法がロジカルにあった!という感じ。(これじゃ、わかりそうでわからないね・・・)

15年ほどいろんなワークしたけれど、今まで知っているようで、探そうともしていなかった最後のピースを見つけた気分。

そしてそれを見つけてこの上なく幸せに感じている私。
なんてったって、今まで気づかなかったのが嘘みたい。

ワークショップの参加者も、どーんよりと自分の課題なり人生の目的なりに目を向ける数日だったのだけれど、方法が明かされた時にもうそれはそれは、一気に雨雲がなくなって虹が出てきたように輝いていて、なんだかそのエネルギーにまた感動してしまった私。

 言葉の力。
 思いの力。
 幸せはここにあったという事実。

今まではまだ、言い聞かせて幸せの疑似体験をしていたのね、きっと。(いや、まだまだもっとリファインされた幸せの感覚があるのかもしれないけれど!一歩一歩!)

今後の私はというと、とりあえず、レベル3に進んで、その後のヨガインストラクターコースにも進み、条件揃えて、ヨガカウンセラーの資格コースにも進もうかなあー。そしたらタロットやヒーリングを通しても新しいスキルを活かせるわーっとワクワク。
(スムーズに進んでも後1年はかかるから、私のムンバイ生活はヨガインスティチュートに通う日々となりそうです。)

このコースの宿題のために私の長所と改善点を考えてくれたお友達にもこの場で感謝。
ありがとう!

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by nu2meg | 2016-12-12 19:06 | ヒーリング

お任せツール

コースインミラクルを知って、すでに10年以上が経っている・・・
毎日しっかりとお勉強するというよりは、ふと思い出すと戻る場所を見つける感じなのだけれど、この1年半ほど(網膜剥離になってから!ブログに記録するの忘れてたけれど、目が見えなくなるという体験の中で得たギフトが、
彼女の存在を知ったことだった!(このサイトはわかりやすいようにyoutubeリンクですが、そこから彼女のウェブに飛べます。日々のお祈りとか、オンラインコースとか色々ある)。

入院中に普段聞かない、podcastで見つけたのは、見るって行為が禁止されてこその産物だと思って感謝。笑

彼女は何年コースインミラクルを知っていようと、勉強していようと、実生活の中で使わないと意味がない・・・という感じで、とってもプラクティカルなアプローチで語りかけてくれる。オープンハートな感じと、人類愛(コンパッション)に満ちた感じがなんとも言えない暖かさを醸し出していて、飾り気のない声を聞いているだけで私は癒されてしまう。(私は素晴らしいのよ〜っ、頑張らないとダメよ〜って語るんじゃなくて、私もエゴに振り回されたのよ〜ってフランクな感じが好きなんだと思う・・・)

そしてこの1年半、私のテーマはお任せする(surrender)ということ。
自分でどうこうしようとしない。
本来の自分自身である、魂としての自分にお任せしちゃいましょうということ。
そうはいっても、自分自身に?・・・だとやっぱりなんだか頑張らなきゃーっとなるので、もっともっと大きな存在にお任せすると考える方がスムーズ。

実際のところ、「自分で、どうにかしようとする」のが当然という一般社会では当たり前かつ常識なことを、お任せしちゃう・・・って、結構 ???を呼ぶのです。笑

いい例が、私の近くにいる、すぐに人にお任せしちゃうのが得意なうちの娘。
いや、違うでしょ!自分で責任とって頑張ってよーって、親とすれば切実に思う・・・

でも自分がやろうとしていることは、「逆」で、頑張ろうからお任せしよう。

・・・・????・・・・・
・・・でしょ??

だからきっと、娘のことを自己責任でしょ〜
ちゃんとしないと、世の中で生きていけないよ。
・・・とか思っちゃう部分が強いんだと思うけど。
         (ごくごく普通の感覚だよね・・・)

はああ。

コース的には、これも自分のマインドが作り出している・・・
コース知らない人には、これすべて????だろうけれど。

そう、思考の落とし穴に入ると?????。
こういう時には、プラクティカルなエクササイズが一番。
引っ越しうんたらで、最近やってなかったエクササイズ、再開しようっと。

medicine water
ボトル(ガラスの瓶)を2つ用意。
1つはポジティブな愛をチャージして飲用するためのボトル。
1つはネガティブな感情をリリースするためのボトル。

ポジティブボトルの下には自分に取り入れたいクオリティーの言葉を書いた紙を敷く。
ネガティブな方には、お任せしちゃいたいこと、自分からリリースしたいことを書いた紙を敷く。(思いつくたびに書いて足していく)

ポジティブボトルの水は朝一以降、好きな時にちょくちょく飲む。(自家製&カスタムメイドの波動水です。エネルギー継ぎ足しチャージ感覚で大丈夫。)

ネガティブボトルの水は、朝一番に感謝して捨て入れ替える。(捨てるの前提なのでこっちは水道水で作ってる)

このエクササイズ、びっくりしたのはネガティブボトルの凄さ。
私がお気に入りなのは、捨てる時、もしくはネガティブ感情を感じた時にボトルを胸のところに持ってリリース・・と思うこと。これで「かなーり」スッキリします。

きっと、実はネガティブもポジティブもないということの象徴だと思う。水を捨てる時も、嫌なものを捨てているという感覚ではなくて、これも糧になっていたのだというさわやかさを感じてリリースできます。(この部分については言及されてないけど)

・・・ということで、お任せの仕方、こんなに簡単。笑

さっき、久々のフラワーカードで「お任せしましょ」というカードを引いたことだし(笑)、日常の中でちょっとスッキリしていないこともあるので、今日から再スタート!


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by nu2meg | 2016-10-05 19:25 | サイキック・スピリチュアル

戻ってきた分離への恐怖

おかげさまで、その後は問題なく元気です。
・・・といっても、一気に体重も増えたこともあり、貧血気味なのだけど、娘の時も20週くらいでちょっとクラっとした時期があったので、やっぱり体重増加と血液量の増加による一過性のものかな?

そんな中、娘は赤ちゃんをすーっごく楽しみにしてくれていて、毎日お腹にしゃべりかけてくれるし、話をしていてももう家族の一員。(在英のナツメグも家族として健在)でも、微笑ましい中で、どんどんと「分離への恐怖」がまたまた蘇っている娘・・・

家の中でちょっとでも、私が見えないとパニック。
金魚のフンと化していて、さすがに私もイライラするくらい。(そんなに信用無いんだーみたいな・・・)
娘のスピリチュアル的な課題として、この「分離の恐怖」というのが一番大きな部分。これは、過去世において、彼女の母親がすぐに死んでしまった・・・というところから派生しているのだけれど(といっても、もちろん証明はできないけど、彼女が私のお腹に入ってきたときに、ビビッドな夢を見た)

どうやら、娘の中で、無意識にお腹の中にいる赤ちゃんと自分を重ねている部分があるようで、恐怖が舞い戻ってきた感じ・・・。もちろん、無意識下で、母親を取られてしまうという気持ちもあるのかもしれないけど・・・

まあ、そんなこんなで、最近寝付くのに時間がかかる。
ちょっと目を閉じると、怖い気がしたり・・・マミーがいなくなったらどうしよう・・・と思ってしまうらしく。

・・・で、こういうときこそ、フラワーレメディが役に立つ。
そう思いつつ、「まあ明日で・・」なんて伸ばしてきてしまっていたのだけど、ようやくダウジングで作ってみたら、もちろん、特定の恐怖ミムラスは出ていたけれど、他人への過剰な心配のレッドチェストナッツもヒットした。

じつは、私のことが心配なんだ・・・と思うと、なんか「もうっ、ほんとに信用無いなあー」とイラっときていた自分を反省。どこかで、私の安否を気にしてくれているのかも・・・。(夢で出会った、娘の過去の姿の子も、私の安否をすごく気にしていたっけ・・・なんて思い出して・・・)

・・・で、私にはちゃっかり「切れそう!」なチェリープラムが・・・笑 おひさしぶりー。笑

フラワーレメディのんで、娘が言った。
「フラワーレメディ飲むと、神様が大丈夫って言ってくれるんだよねー」と。

彼女のレメディには、同じ失敗を繰り返す・・・というチェストナットバッドもでてた。
本人も、口では「マミーがいなくなっちゃったのは、大昔の話だから、大丈夫だってわかってるんだけど、怖い夢見ちゃうんだよね・・・」とか言ってる。(あれは過去の話だったんだよと伝えたのは私だけど・・・娘の話の中には、すでに赤ちゃんも自分の妹として存在していて、2人を残していったから、自分は妹の面倒をみたという話にすり替わっていて、ダディはいるらしい・・・)

まあ、レメディがいろんな緊張の緩和を手助けしてくれると良いけれど。
(ちゃんとヒーリングしてあげるべきなのかもしれないか?そういえば最近、娘にはしてないー。)

ちなみに、怖い夢と同時に、赤ちゃんの夢もよくみるらしく、いつも抱っこしたり優しくしたりケアしているらしい・・・

お腹の赤ちゃんに自分を重ねながら、ふっとお腹の中にいたときの話もしてくれるのだけれど、この間も、「ママのお腹の中、温泉みたいで気持ち良いんだよねー」と一言。本人は羊水の存在を知らないから、なんか妙にリアルでなるほど。娘の年が6歳ということもあるかもしれないけれど、お母さんが妊婦であるというのは、子どもにとってもすごく貴重な時間なんだなあ・・。(4歳の時に妹が生まれた私の記憶の中にはナイんだけど)
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by nu2meg | 2011-02-24 19:29 | サイキック・スピリチュアル

ワークショップ

b0027781_191364.jpg土曜日の朝5時に、ローレンスと娘は英国へ旅立ちました。

・・・と、2人がいなくなってすぐに、ワークショップは始まり・・・笑
週末の2日は、タロットの「超集中」ワークショップ、昨日はヒーリングのワークショップ(兼すしパーティー?)をしました。

タロットの参加者は、ほとんどが興味のある初心者。
どこまで教えられるのか、やってみないとわからない・・・というワークショップでしたが、思いっきり、詰め込みさせて頂いて(笑)みなさん、かなり読めるように。

自分が教える側に立つと、教えてもらっていた時に感じた、ジャッキーはなんでわかるの?なんで、こうやって的をついた訳ができるの?っと思っていた感覚が、みんなにあるのがよくわかりました。

数をこなして、いろんなパターンをこなして、カードを読めるようになったんだなあ・・・と、今更ながら不思議な感覚。結局、カードの意味は、言葉で覚えるのではなくて、イメージそのものを理解することに意味があるのだと、改めて感じ(私が習った方法では、いわゆるサイキック能力は不要という論理的な読み方なので)教える側に立つことで、新たに一歩踏み込んだ深みをカードに感じたり。

何度やっても、タロットって深くてセラピューティックで面白い。
あの方法が、どんどん広がるといいなー。


ディープセルフヒーリングの方は、いつの間にかセルフヒーリングではなくて、ヒーリングプレゼント?になり(参加者に、クリスタルヒーラーと霊気ヒーラーがいたので。それなりにはそうなると思っていたけれど、あそこまでなるとは・・・笑)

最後は「じゃあ、お昼の残りでディナーも・・・」と、お喋りに花が咲き、ほとんどの皆さんが約12時間ほどうちに滞在・・・笑 

ちなみに、ランチを持ち寄りの手巻き寿司にしたのだけど、これがまたとっても美味しくて・・・って、付加価値で誘惑してる??笑 魂の仲間と一緒に楽しむのもヒーリングなので良いことにします。笑


2人がいない時間に、やっておくべきこと・・・もたくさんあるので、あっという間に「私のための夏休み?」は過ぎそう。イギリスは、グレーで寒々してるけど、それはそれで心地良いよ・・・とローレンス。私もナツメグに会いたかったなあーという気持ちは大きいんだけどね・・・。

日本はというと、ほんとに炎天下な日々。
昨日は生まれて初めて、光化学スモッグ警報というものを聞きました。

写真の月と夕焼けは、日曜日の夕方のもの。
これも、光化学スモッグとか関係してるのかなあ・・・と思うと、キレイだと思ったけど微妙だわ・・
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by nu2meg | 2010-07-20 19:45 | 日常

「ちゃんと泣ける子に育てよう」

ちゃんと泣ける子に育てようという本を友達から借りた。

一回サラリと読んだだけだけど、とってもいい本なのでちょっと紹介します。

現在の子どもたちが学級崩壊の状態を作っていたり、すぐに切れたり、いわゆる良い子こそが影で問題を起こしていたり・・・という現実も垣間見れ、その原因は「泣けない子に育てた親」にあるから、「泣ける子」を育てましょうよという内容。

かいつまむと、いわゆるネガティブ感情を受け止めてもらえない子が増えていて、その感情を抑圧して「良い子」になってしまうと、思春期に爆発するケースが多いということ。(援助交際や10代の妊娠も含めて)

また、子どもの喜怒哀楽のうち、喜楽は「うれしいね」「よかったね」と、親が言語化してくれるのに、怒哀は親が認めたくないから、その存在すら否定されてしまっていて、感情の言語化がないままに育つから、ネガティブな言葉がひっくるめて、切れるとか、死ぬなどの残酷な言葉に飛躍するということ。

赤ちゃんは、周囲の状況を考えて泣かない。
そして泣けば、親がケアしてくれるから、泣いて訴える存在。

健全に育っていれば、小さな子どもも、そうあるべきである・・・という。
周りのことを考えて泣けなかったりするのであれば、なけなくしている理由は、子どもの側にはなくて、親の気持ちにある。泣けないのは、子どもの学習結果。親の気持ちは、恥ずかしいからとか、自分の感情であって、子どもの気持ちに沿うということは、二の次になってしまっている。

「くやしかったねー。かなしかったねー。OOしたかったねー。」そうやって、子どもの気持ちを言語化してあげれば、子どもはヒステリックに泣き崩れる必要はないのに、親すらわかってくれないという切なさが、どんどん泣き崩れに繋がり、一方で親はどんどん、イライラする。

他人の目で見れば、明らかに悪循環だけど、当事者になると感情に振り回されてしまうもの・・・。

それは、いわゆるエゴのトリック。
自分の弱点は見えなくなっちゃうもの。
そして、どうしても触ってはいけないもの・・・(だと思っている)


本では直接触れていないけれど、子どもが示してくれているのは、自分自身のインナーチャイルドの存在。そして、子どもは自分のインナーチャイルドを癒す目的も持ってきてくれているんだなーと思う。
自分のインナーチャイルドは、自分の親をゆるすことに繋がるから、ほんとうに、子育てって3世代ヒーリングだなあーと思う。

もっと深く言えば、自分の幼少期の体験は、過去世からの復習に過ぎないから、自分の親も出演者に過ぎない。(これは私の勝手なスピリチュアルな見解に過ぎないけど)


著者は、スピリチュアルなこととか全く言っていない、シュタイナーも関係ない、臨床心理士。
だからこそ、それでもちゃんと私の中ではつながるのは、嬉しいし、ストンと心に残る本。
是非、読んでみてください。(って、私も借りてるだけなんだけど・・・笑)

PS 実はこれ、書いてる時に消えちゃって、書き直すはめになったから、かなりはしょっちゃったのだけど。
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by nu2meg | 2010-07-08 21:18 | 子育て

気の向くままに・・・ 流れに身を任せて。


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