ヨーガの世界観 5 ヨーガとストレスマネージメント

*QCI(インド中央政府が行う資格制度)のヨーガとストレスマネージメント

心理学とヨーガの相違点
心理学:心・態度・思考・認知の勉強

心理学的には、心は脳の働きに過ぎない。
ヨーガ的には、プラクルティからできているマナスが、記憶を含むいろいろな心理状況を左右する存在とする。

アリストロテラスが psyche という言葉を使った時、その言葉は「呼吸」に関連した言葉だったといい、それはチッタに近い存在(厳密にはチッタの方がもっと複雑)を示している。

心理学も発展にともなって行動観察から分析と変化した。
フロイトは、意識を3レベルの認識と考えた。
1)意識
2)前意識
3)無意識

ユングは、意識には個人的な意識だけでなく、全体的かつ世界的な意識があると考えた。(例:100匹目の猿現象)

ヨーガの意識:プルシャ 完全にピュアである意識

マスローの欲求段階説 人間は自己実現に向かって絶えず成長する
ヨーガ: プルシャルタ(人生の目標:dharma, artha, kama, moksha)

心理学は、不健康な人の行動や態度を健康的に変えようとする。
ヨーガは、本当に変化を望むのであれば、本人が軌道修正しないといけない、自分の原動力に気づかなければいけないとする。

欲求不満、葛藤と心身症

欲求不満(フラストレーション):動機が満足しない時に生まれる
葛藤(コンフリクト):2個かそれ以上の動機がお互いに葛藤し満たされない
  アプローチ:2つの嬉しい選択
  拒否:2つ以上の嫌な選択
  アプローチー拒否:嬉しくも悲しい選択
  複雑化されたアプローチ拒否:上よりもさらに複雑な選択

ヨーガ:心はそんなに選択ができるものでなく、状況を受け止めるいろいろなメンタル状態がストレスの原因になる。

プラマナ:正しい知識  例)子どもが転んで怪我をした。大丈夫か心配する。
ヴィパリヤヤ:間違った知識  例)どちらが正しいかわからない
ヴィカルパ: 想像・妄想   例)勝手に色々不都合を想像し不安になること
二ドラ: 睡眠
スムルティ: 記憶:体験した知識によるもの 例)前に失敗したから・・・ 

ストレス→アドレナリン(ストレスホルモン)上昇→筋肉の硬直、動脈硬化、高血圧、早く浅い呼吸→体内の酸素量が不足、栄養吸収低下→毒素が静脈や関節に蓄積→記憶力、集中力、洞察力低下→毒素のさらなる蓄積→心身症(高血圧、糖尿病、関節炎、喘息、偏頭痛など)

→体と心がリラックスしないと重症化。

心と体の関係

切り離せない関係がある。
ヨーガ:心のコントロールは難しいという前提。心よりも体のコントロールの方が簡単なことから、まず体をコントロールすることで心の状態を安定した状態へ持って行く。アーサンだけでなく、プラナヤーム、クリア、ムドラ、バンダ、ダーナ・・・など。

4つのポジティブな態度 バワ भाव
ダルマ  道徳的な行い 
 ギャーナ 正しい知識を持った行い
 ヴェーラーギャー  お任せすること・エゴを手放すこと
 アイシュワリア   強さ:上の3つが融合して本来の自分らしくなること

心の状態をネガティブから、ポジティブに態度を持って変換させる。

メンタルハイジーン(心を綺麗にする)のヨーガ

ネガティブな心をポジティブに綺麗にしていくこと。
ソーチャ:清掃 心の内側も、肉体も、環境も。
肉体的な清掃:クリア・アーサン・プラナヤーマ・プラティヤハール
メンタル・心理的な清掃:感情を穏やかにすること・執着やネガティブ感情を持たないこと

パリカルマ: マイトリ・カルナ・ムディティ・ウペクシャ

すべての心の状態は、自分に良いもの(アクリシュタ)と害を及ぼすもの(クリシュた)に分けることができることに気づき、クレシャー(ストレスの要因)に気づき手放すことが大切とされる。

メンタルヘルスとヨーガ

ヨーガの理想とする心の状態:落ち着きがあり、澄んでいて、執着していない → 集中することができる→自分の心をコントロールすることができ、環境に惑わされず、精神的に成長することができる

日常生活の社会的な環境、健康、心の状態や思いというのはメンタルヘルスに大きな影響を与えるので、心の底から健康になりたいという個人にとって、8支則はとっても有効。

ただし、やるからには中途半端な気持ちや形だけでは効果は期待できないし、難しいことへ先走るよりも、知っていることの本髄をじっくりと体感することが大切。また、何を目的とされているかの学びも怠ることなく、意識レベルでも成長していくことが大切。

メンタルヘルスにおける祈りと瞑想

絶対的な信頼感(faith)を持つことは、何よりも大切で、フェイスがなければ大きなエネルギーを得ることはできない。しっかりとフェイスを持ち(サンヴェガ)、精神的な成長を強く望めば個人は大きな成長を成し遂げることができる。ただしエゴや知識はその足を引っ張る素材となり、フェイスそのものは慈悲深く意味深いものである必要がある。

バクティの種類
サグナ:時間どうりに決まった場所で、リチュアルとして行われる祈り
ニルグナ:リチュアルではなく、常に無意識レベルにおいて、フェイスを持ち、大きな存在を感じること。

祈りはダーナの集中状態から、集中が続くディヤーナ(瞑想)状態に近づく方法でもある。祈りも瞑想も、心の状態をよりクリアにし、ストレスを解消させるためにとても有効である。

日常生活においてのヤマ・ニヤマの重要さ

人間関係に於いて煩わないことは健康を保つ秘訣。特に心のバランスを保つために、ヤマ・ニヤマの教えを実行することは効果的。

例えば、嘘をつくのではなく正直に生きることは、周囲の家族や友達からも信頼され強い土台を作ることになる。もしすべての人が盗まないということを実行していれば、誰も盗まれないかと不安になることもなくなる。(日本はこういう道徳観が世界一高いんじゃないかと思われる!一方今のインドは・・・親が他人を信用するなと子育てする社会だから・・・)

ヨーガでは、アヒンサは包括的なものであり、最も大きな意味を持つとされいている。(例 真実を言わないで傷つけるということは言葉の暴力でもあるという意味で)
ヤマ(アヒンサ)を実行すれば、善意と愛に満ちることができ、関わるすべての人と上手に関わることができるようになり、人間関係におけるストレスもなくなる。

近年の科学的な考え方によるストレスと、ヨーガの考え方

すべてのストレスが悪いわけではなく、良いストレス(EUSTRESS)はチャレンジ感を与えてくれるし、向上心を高める原動力にもなる。(達成感、勝利の爽やかさ、恋愛成就など)

ストレスの影響
肉体レベル:
頭痛・偏頭痛・吐き気・過剰な食欲・食欲減少・過敏性大腸炎・高血圧・疲れ・睡眠不足・
感情レベル:
心配性・優柔不断・うつ・喜怒哀楽のはげしさ・怒りや葛藤

ヨーガでは、間違った考え方(エゴと感情の影響あり);クレーシャマノマヤコーシャでストレス形成され、他のコーシャに影響すると考えられている。→心身症

バヒランガーヨーガ(8支則の最初の5つ)と、執着を手放すことで、これらのストレス要因は減少し、ストレスフリーに生きることが可能とする。

ストレスマネージメントに関してのヨーガの役割

クリシュタヴィルッティ(悪影響を及ぼす考え方)がストレスの要因。そしてそれをクリアにするためには・・・

クリアヨーガ
タパス:少々の困難を乗り越えて、過去のパターンから抜け出す修行。
スワディヤーヤ:自己を見つめる。文献などを読んで身心を高める。
イシュワル・プラニダン;お任せすること。

カルマヨーガ
何をするにも、「自分」を捨て、最大の努力をすること。「すべきこと」として頑張り、欲望の延長上にはないこと。深く理解した上で、完全に神に捧げる意志を持って行動すること。

ヨーガと人生のマネジメント

すべてのストレスが人間関係に起因するので、何かを失った時もまたストレス要因となる。あまりにも執着してしまうと心を見失うので、距離を置くということはとても大切なことになる。

状況に反応してしまわないように、客観的に状況を把握することで、問題は起こらなくなる。

自分よりも大きな存在があることを受け止めて、絶対的な信頼感を持ち、人生に起こることはすべて自分の成長のためにすぎないのだと受け止めることで、ストレスフルな状況をスムーズに乗り切ることができる。

さらに進んで、完全にフェイスが持てるようになれば、大変なことは自分よりももっと大きな存在がなんとかしてくれるはずと完全に信じ、お任せすることも可能となり、自分というちっぽけな存在に重荷を課すこともなくなる。(*例えば、ヤマ・ニヤマの徹底もされていない状況ならばここには飛べない・・)

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# by nu2meg | 2017-05-06 20:21 | インド

ヨーガの世界観 4 パタンジャリ ヨーガスートラ

*QCI(インド中央政府が行う資格制度)のパタンジャリ部分の復習です。(長いです・・)

Maharashi Patanjali は紀元前250年ごろに住んでいたと推測されている。
自己覚醒を綴ったものが、ヨーガスートラ。195の短くも意味の深い言葉が綴られている。

最も有名なのが、
ヨーガ(ヨガ) チッタ(心) ヴリッティ(心の動き) ニローダハ(止める)
*こんな風に短文なのだけれど、1つの言葉に10個の意味があると言われるサンスクリット。なんだか深いとも言えます・・似たような意味で違う単語が出てくるのだけれど、それは微妙な部分までわからないと違いがわからないはずで、外国人にはちんぷんかんぷんです・・・

1章)サマディ  समाधि  上級者向け  悟り
2章)サダナー साधना    初心者・中級者向け アシュタンガヨーガ・クリアヨーガで訓練
3章)ビビュッティ विभूति   特殊能力に気づく(けれど、そこに深入りはしない)
4章)ケイバリヤ कैवल्य    輪廻からの開放 ヨーガの目指すところ。

*いきなりサマディ章から入るところがすごいのだけれど、これがパタンジャリのヨガスートラの特徴でもあります。そして最終的にはもう輪廻を繰り返さず済むに美しい魂の存在になろうというのです。


ヨーガスートラの目的
パタンジャリはヨーガは彼が作ったものではないと明記。そしてヨーガは完全に心をコントロールするためのものであると徹底。もともと語り継ぐという文化背景の中で、パタンジャリまでの2000年ほどは、全く記すということがされていなかった。語り継ぐだけでは足りないと感じさせる流れがあったのだと想像される。

チッタ चित्त mind 心
17種類に分けられる (5つの感覚器官 5つの行動器官 5つの循環器官 エゴとマナス)

チッタブミ भूमि (ブフミ)心の傾向状態

1)Ksipta  シプタ ざわついた心

2)Mudha ムッダ マテリアリスティックなものに惹かれている心

3)Viksipta ヴィクシプタ 心がヨーガの方向へ向かっているけれど完全に集中はできないでいる

4)Ekagra エッカアグラ 完全なる集中。寝ている時すらサマディへ向かっている。

5)Nurudha ニルッダ  サマディへ向える雑念のなさ。最終的には輪廻からの解放へと向かう。


チッタヴィリッティ वृत्ति 考え 心の働き 

klishta  自分にとって害になることもあれば、  

Aklishta   無害な場合もある。


1)Pramana प्रमाण プラマナ 正しい知識

  プラティヤクサ(直接的な学び:見てなるほどと気づく)

  アヌマナ(推理:例 雲ゆきが怪しい→雨が降るな)

  アガマ(証言・教え)

2)Viparyaya विपर्याया  ヴィパリヤヤ 間違った知識・勘違い

3)Vikalpa विकल्प   ヴィカルパ 空想。妄想

4)Nidra निद्रा   二ドラ 睡眠

5)Smrti स्मृति   スムルティ 記憶 


上級者向けの解決策  頑張るけど、執着しない

1)abhyasa  अभ्यास アビヤーサ(アブヒヤーサ) 精神的、道徳的、身体的な強さを持って集中し、努力すること

2)Vairagya वैराग्य ベイラーギャー  期待しないで委ねること

順番

Yatmana 感覚的な喜びに重きを置かない。

Vyatieka ものに対しても執着がなくなり、必要と思うものが減る。断捨離!

Ekendrya 自分の心だけが手放せない。

Vaikara sangya 何も望まない。


pare vairagya グナの世界から抜けて、プルシャの存在に近づく。

サマディーすら望まない超越した状態。


イシュワラと、イシュワラプラニダナ(神と神に捧げること)

イシュワル:絶対神(宗教的な特定の神を示さない、永遠の万物の創造神的な存在:何か大きな存在に感謝したくなる・・・その大きな存在)

サンキャ哲学のカピラなどの超越した知識は、このイシュワルから直接的に知識を得たとされる。

目で見たり耳で聞こえたりしてイシュワルから知識を得ることはできないが、オームのマントラを唱えることによって、イシュワルのメッセージを体感することは可能とする。


イシュワラプラニダン:イシュワルの存在を確信し、完全にエゴから解放し神に捧げる(お任せ)ことで、葛藤や期待、クレーシャ(煩悩・ストレス源)を取り外すことができる。レベルが上がると神からのメッセージを受け取ることができるようになり、最終的には物質的なものに囚われなくなり、輪廻からも離脱できる。


チッタ・ヴィクペシェパス(アンタラーヤ)

ヨーガの道を進む上級者が面する足を引っ張る9つの心の状態。

1)ビャーディー ब्याधी

病気;病気になると、集中もできない。食事の内容・量・食事中の態度に気をつけないといけない。

2)スティヤーン सत्यान

わかってるけどできない!知識と行動が伴わない。

3)サムシャー समस्या

疑い:これでいいのかと迷って正しい決断ができない。

4)プラマーダ प्रमाद

物質的な快楽に溺れてわれを忘れる。

5)アラーシャ अलस्या

タマス(鈍性)のエネルギーが強く、面倒臭くなる。

6)アヴィラティ अविरती

感覚的な快楽の中毒、欲望。

7)ブランティーダルシャン भ्रांति धर्शन

特にヨーガの過程で超能力を得ることによって、もう十分に到達すべきところまで来たと勘違いしてしまうこと。

8)アブラダブミカトゥワ अलब्धा भूमिकतवा

もうここまで来たから、最終段階に届いたのだろうと勘違いし、最後の一歩を踏み出せないこと。9)アンナワスティタトゥワニ अनावस्थी तत्वनि

到達したのにも関わらず、その状態を維持できないでいること。サマディーをも目的で無くなることで本物のサマディに到達する。


*娘の宿題への取り組みがまるでここに・・・やらないといけないとわかってても(スティヤーン)どうもやる気がしない(アラーシャ)だいたい、宿題なんてどうでもいいよね? youtueでも見ようっと(サムシャー)、楽しい〜。(プラマナ)やめられないー(アヴィラティ)という具合に・・・あくまでも、上級者が陥る罠ではあるけれど、最後の3つを除けば、普通に凡人にも理解出来る行動パターンです・・・


サハブーワ アンタラーヤに付属してくる状態

1)ドゥーカ दुख  痛み

  a アディダエヴィック अदिदैविक 自然災害による痛み・苦しみ

b アディボウティック अदिभौतिक  虫刺され・蛇に噛まれるなど制御不可な状況によるもの

c アディヤトミック  आध्यात्मिक 自分の心が引き起こすその他全ての苦しみ・痛み

2)ドールマナシヤ दौरमनस्या 欲求不満による苛立ち、葛藤、落ち込み

3)アンガメジャヤトワ अंगामेजयतवा  貧乏ゆすり

4)シュワース 呼吸の乱れ(吸う)

5)プラシュワース 呼吸の乱れ(吐く)   4-5は喘息や副鼻腔炎、風邪なども引き起こす

チッタ プラサーダ  人との関わりの中で煩わないで、心を研ぎ澄ます

方法:パリカルマ:心を磨く

1)マイトリ 

「よかったね!」羨ましいなという気持ちの代わりに、他の幸せを自分の幸せと見ること

2)カルナ  

「残念だったね」他人の不幸を「ほらバチが当たった」と見る代わりに、明日はわが身とコンパッションを持って接すること。

3)ムディタ 

違う考えの人、厳しい恩師に対して、自分よりも進んでいる人に対しても敬意(ありがたさ・善意)を持つこと。

4)ウペクシャ

不要に関わって自分が傷つくよりも、コンパッションを持ちつつ敢えて関わらないこと。


*要は他人に対してどんな念も抱かないことだと思う。とにかく「念」が産むのは嫌なエネルギーの悪循環・・・念を抱かなければ、念を受け取ることもないので、まずは特定の人に対して念を抱かないこと。人間関係に距離を置くというと冷淡な感じだけれど、人間関係に執着しない。他人すべての環境を自分の一部としてみることが解決策? 

ヒーリングやダウジングしてても、この部分をクリアにすることがいかに必要であるかを痛感してます。



クレーシャ 不純な心 煩悩 ストレスの元

1)アヴィディア   他のクレーシャの原因になっているもの

    間違った知識・思い込み  純粋:不純 永遠:刹那 痛み:喜び 自分:非自己

2)アスミタ   わがまま エゴ

3)ラーガ    執着

4)ドゥエーシャ 回避

5)アブヒニヴェーシャ 死への恐怖・恐れていること


解決法:クリアヨーガ

 (タパス・スワディヤヤ・イシュワルプラニダン)


アシュタンガ ヨーガ 8支則  

パタンジャリ ヨーガ スートラの第2章サードナーで紹介されている。

(*近年流行の激しいパワーヨーガ的なアシュタンガヨーガは別物)

これについては、ヨーガをかじったことがある人なら当たり前に知ってるーくらいな有名なもので、ネット検索すれば日本語でもいくつも出てくるものなのだけれど、これさえ私には初めて!でした。なので、この勉強がどんなに大変だったか!


1)ヤマ(してはいけないこと)

2)ニヤマ(すべきこと)

3)アーサン(いわゆるヨーガのポーズ)

4)プラナヤム(呼吸法:呼吸に伴って気を流す)

5)プラティヤハラ(5感に頼らない→心が揺れなくなる)

6)ダーナー(集中)

7)ディヤーン(瞑想)

8)サマディー(悟り)


この順番です。

このうち最初の5つは バヒランガ・ヨーガといい、最後の3つは アンタランガ・ヨーガ と言います。



パタンジャリの伝統ヨーガによると、アーサナは8つの大切なことの3番目に過ぎず、厳しく言えば、ヤマ・ニヤマの教えをしっかりと熟知しそれに応じた道徳的な行動を取っていないと、アーサナに進むことはできないというくらいの位置付け。


まずは「心を正す」というのが、ヨーガの基本。どんなに身体が柔軟で、素晴らしいポーズをやってのけても、嘘ついたり、物欲に溺れたり、不平不満に満ちているようなら、ヨーガの達人とは言えません。


プラナヤームは、厳密にはかなり影響が大きいので、初心者にはお勧めではありません・・きちんとした指導者の元で行わなければ、精神的におかしくなる人もいる・・・というように、実は非常にパワフルです。


私は3-4-5飛ばしてダーナー、ディヤーンにスピリチュアル的な方向から入ってきましたが・・・笑 ヨーガインスティチュートの先生たちがスピリチュアルなのに妙にしっかりグラウンディングしているのは、やっぱり体を使うからなんだととってもよくわかった気分でいます。(ただし、創始者の息子さんである、2代目の88歳ドクター・ジャヤデヴ氏は、かなり超越されていて、すべての「物質的なものには無関心」なので、ほぼ肉体の中に納まっていらっしゃいません・・・肉体を使って見るのではなく、大切なものはすべて観えていらっしゃる様子で、時折のアドヴァイスはまるでヨーガスートラのように、短く濃縮された無駄のない言葉・・・生き仏のようなお方です・・・


ダーナーは、呼吸に集中したり、ヴィジュアライゼーション(インドではあまりないらしく、ヴィジュアライゼーションを伴う瞑想導入のガイドは私の方が得意と思えるほど、イギリスで訓練してきたので、別クラスで誘導させてもらったこともあり。)で瞑想の導入。


私は個人的にはエネルギーに集中することに慣れているので、呼吸と繋がろうとするとかえって心がざわつく・・・多分、個人差で得意不得意があると思われます。日本の座禅も空にしなさいという難題からのスタートなので、自分で方法を見つけるのは東洋的。ガイドされて徐々に道を見つけるのが西洋的アプローチかなと感じます。


ということで、最後の10項目。

日常生活の中で、この部分に意識していればもうヨーガの道の第一歩は踏み出しているっということになります。


5つのヤマ

アヒンサー 非暴力(肉体的にも精神的にも)

サッチャ  正直にあること

アステヤ  盗まないこと

ブラマハチャルヤ  ほどほどにすること・性的なエネルギーを別に使うこと

アパリグラハ    物への執着・抱え込まないこと


5つのニヤマ

ソーチャ   清潔である事

サントーシャ 現状に満足する事

タパス    修行する事・ある程度の苦行に耐える事

スワディヤヤ 自分を見つめる事・本などを読む事

イシュワルプラニダン 大きな存在に身を委ねる事


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# by nu2meg | 2017-05-06 00:08 | インド

ヨーガの世界観 3 ハタヨーガ

*QCI(インド中央政府が行う資格制度)のハタヨーガがカバーしてる部分の復習です。

ヨーガのアサナと、ヨーガではないスポーツとの相違点

目的
パタンジャリ・ヨーガスートラ
心頭滅却すれば火もまた涼し。
ハタヨーガ
肉体が安定することで完全な健康と軽やかな肉体を保持できる。
精神的なゴールは悟り

ノンヨギ
健康・長寿・フィットネス・スタミナ・持久力・美形・筋トレ・スキルアップ・競争

特徴
ヨーガ
ゆっくり・心が常に肉体に伴う・集中力・競わない・最終ポーズで止まること(スタティック)により、肉体を超えた瞑想的な体験が可能。

anabolic 終了後にスッキリと気持ちがよく、次の行動に意欲的に取りかかれる。

アサナによって食欲増進することはなく、多く食べずに軽やかに保つように食事量を減らしたくなることも。

人を落ち着かせ、自信を持たせ、我慢強くさせる。

ノンヨギ
基本的には、繰り返し、早い動き。ジムでの運動のように心あらずでも可能なものもある。道具や器具などが必要な場合が多い。

catabolic ほとんどの場合、疲れて休息を必要とする。

動いた分、食べて補う。動物性たんぱく質やビタミン。ミネラルサプリなども要求されることも。

特に心への影響はないけれど、場合によってはさらに競争心を高め、攻撃的にすることもある。


ハタヨーガ
難解な書物:goraksh shatak, yoga bija, goraksha samhita, shiva samhita
わかりやすい書物:
1) hatayoga pradipika: by Swatmaranji 15C
ハタヨーガを作った、マセンドラナースの流れでnatha yogi そしてハタヨーガが生まれたこと、そして数々のテクニークも記されている。
  1章)アサナ&ミタハラ(食べ物)
  2章)シャットカルマ(洗浄)&プラナヤーマ(呼吸法)
  3章)ムドラ、バンダ、クンダリニ(エネルギーのコントロール)
  4章)サマディへの道、テクニーク
2) gherander samhita by Gherander 17C
ゲーランダ(Vaishunav Rishi)が弟子のChandakalpaliに伝授する形式。
ガタッシャ(壺)もしくはサポターンガヨーガともいい、体をしっかりとヨーガの炎で焼き固めないといけないとする。そのため、体を浄化するシャットカルマや体づくりのアサナ、食べ物などについて詳しく言及されている。
  1章)Sodhanam 浄化 クリア、シャットカルマによる
  2章)Drdhata 体の強化 アサナによる
  3章)Sthairya 体の安定 ムドラ&バンダによる
  4章)Dhairya 辛抱強さ プラヤハラによる
  5章)Laaghavam 軽さ プラナヤマ
  6章)Pratyakshancha  直接的に受け取ること 瞑想による
  7章)Nirliptancha 隔離・自由  サマディによる
3) Hatha Ratnavali by Srinivasa Bhatia Mahayogendra : 84 asanas


ガタシュッディ シャットカルマ(shodhanam/purification)
Dhauti 内臓浄化
Basti 腸の浄化
Neti 鼻腔の浄化
Nauli 腹部を筋肉を動かすことで浄化
Trataka 眼のトレーニング
Kapalbhati 鼻腔と頭蓋の浄化

*ゲーランダサンピータには20種類の方法が詳しく書かれている。肉体の浄化のみならず、精神的な浄化、エネルギー的な浄化も含めて、まずは浄化しないことには先のステップに進むべきではないという考えがあるが、浄化が必要ない場合にはすべきではないとも書かれている。また、すべての浄化は経験者の監督下で行われるべきとされている。

*ハタヨーガプラディピカ:ストラネティ(コットンでの鼻洗浄)ヴァストラ(布を用いた胃洗浄)のみ言及。
*ヨーガスートラ:心をクリアにするため。集中しやすくするためのソーチャ。

ミタハラ 食べすぎないバランス良い食事

Bhagwad Gita
サトウィックな食べ物は消化にも良いし軽い。ラジャスティックな食べ物を食べると攻撃的になる。タマシックな食べ物を食べるとダラダラするというふうに、トリグナの視点からサトウィックな食べ物を推奨する。
薬としての食事という考えも持つ。

Gorakshanatha
ヨーガをマスターできるかどうかの決め手は食べ物であるいうくらい、ミタハラには重点を置き、ちょっと足りないくらいかもというくらいが、最も肉体が活性する。

gherada samhita
もまた、ミタハラに重きをおく

HathaYoga Pradipika
胃の半分は食べ物。4分の1を水分、残りの4分の1を空けておくようにと諭し、食べ物は、スムーズで喉越しが良く(shsnigham) 、食べたいと思わせるもので、自然の甘みがあり,シヴァ神に捧げても恥ずかしくないものを食べるようにと記載されている。
また、ミタハラに沿わないのであれば、ヨーガの道には進めないとまで言い、食べるといいもの、食べてはいけないもの(時間が経ったもの、あたため直したもの、塩辛すぎるものや、酸味が強すぎるもの、たくさんの野菜を一気に食べること)なども詳しく記されている。

ということで、ハタヨーガにおいての食べ物はとっても重点を置いていることがわかります。

Badhak Tattva बाधक तत्त्व  失敗の原因
1)Atyahara  アティアハラ  食べ過ぎ。
2)Prayaasa プラヤーサ  やりすぎ。特に肉体を酷使し過ぎること。
  Pravaas プラヴァース  旅行のしすぎ:不安定な日常
3)Prajalpa プラジャルバ  しゃべりすぎ。陰口を言うこと。
4)Niyamagraha ニヤマグラハ すべきことを頑なにしようとしすぎる。
5)Janasanga ジャナサンガ 足を引っ張る人と付き合うこと。
6)Laulyam ローリアム   気が散ってしまうこと。あれもこれも・・

Sadhak Tattva साधक तत्त्व  成功する要因
1)Utssaha ウッサァーハ  やる気満々
2)Saahas  サーハス   勇気
3)Dhairya ダエリア   我慢強いこと
4)Tattvajnana タットヴァギャーナ  修行の根本の哲学を知ること
5)Nischaya ニシュチャヤ 絶対にやるというかたい決意
6)Janasanga Parityaga ジャナサンガ パリティヤガ 足を引っ張る人には関わらないこと


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# by nu2meg | 2017-05-01 20:02 | インド

ヨーガの世界観 2

ヨーガ योग

ヨーガという言葉が載っている最も古い書物は 『リグ・ヴェーダ』
ちなみにヨーガという言葉も、「ヨーグ」という方がオリジナルに近い。サンスクリット語は最後の言葉を伸ばす、やわらかな言葉らしく(多分、大和言葉もそんな雰囲気?歌うように喋るというか・・?)、ヨーグァと伸ばすことで、ヨーガ。語源のユージの意味は、「つながること」= 『心が宇宙的な真理につながること』

*というように、ヨーガという言葉ですら、英語表記をすれば yoga
ヨガなのか、ヨーガなのか、なんてわからない・・・同様に全てのサンスクリット語が英語表記の場合は非常に読みづらく、正しいのかもわからない・・・

そこで、私はインド人の友達にヒンディ語表記にしてもらったりして、発音の部分はちょっとクリアに。(ヒンディー語習ってても、未だにほとんど喋れないんだけどね。。字を習うことに意味があったようで・・・笑)ヒンディ語が難しいのは、語源がサンスクリットだからということがよーくわかった・・・

両方とも、1つの単語に意味が10個とかあって、状況に応じて意味が変わる・・・まるで単語が漢字一文字の印象で、漢字の熟語を作るためのもう一つの漢字は文章全体像が構成しているという雰囲気。3D?4D? 更には、多くの言語が論理的な右脳を使うのに、日本語は左脳を使うというけれど、同じことがヒンディー語にも言えるらしい!(分法的な言葉の並びも同じだし、音を言葉の雰囲気で表現するという他の言語にはあまりない表現法もあるし。:例えば、ガタガタに関してはヒンディ語もガダガダでほぼ同じ!)

ドイツ人の科学者が、オームという言葉を砂に聞かせたら、よく見るあのオームというサンスクリット文字を砂が形成したという話があるくらい、正しい音が非常に大切で(ヒンディーも発音がすごく難しい!)、エネルギーそのものを表記しているという・・・ちなみにオームは万物の始まりの音でありエネルギー。432ヘルツの周波数でチャクラシステムとも共鳴しているために真の癒しをもたらす音だとか。

日本の狛犬の「あおん」は多分同じだと思うから、オームをチャンティングするときには、「ぁおーん」と音も楽しむと、ふとした拍子に内在神的な大きなエネルギーとつながることができる。

マントラに重点を置かなかったヨーガインスティチュートの創始者も、ある日正しいマントラを聞かされたら、マントラで呼び出した神が目の前に現れて驚いたという。それくらいパワフルなのが、正しい発音。日本の言霊とも近い何かがありそう。

なので!ヨガではなく、ヨーグァ。 
試験勉強じゃなくて雑学豆知識になっちゃった・・・笑

ヨーガの歴史

インダス文明のモヘンジョダロ遺跡からも、ヨーガの瞑想やアーサンが見つかっていることから、その歴史は5000年に遡るという。

ヴェーダ(インドのバイブル)にはシヴァ(アディヨギ)が最初のヨギとしてその名を記されている。

シャットダルシャン
インドの6つの古典哲学

大きく分けて2つ決め手はヴェーダの’大いなる存在;神’
1)ナスティカ  ヴェーダを信じない。
   仏教
   Jain
   Charvaka
2)アスティカ  ヴェーダをベースにしている。
   Samkya - Yoga
   Nyaya - Vaisheshika
vedanta - Mimamsa

サンキャ哲学 
アーユルヴェーダやヨーガの基本にもなっている哲学
1)世の中は絶対的な神なる存在:プルシャ
2)変化するプルシャ以外のもの;プラクルティ
で形成されている。
プラクルティは、トリグナ(3つの性質:サトヴィック:純性、ラジャスティック:動性、タマシック:鈍性)の性質によって23の要素に分類される。

サットワからブッディという知性が生まれ、ラジャス・タマスの影響を受けるに連れて、アスミタ(エゴ:アハンカーラともいう)が生まれ、

マナス(心)
5つの感覚器官(聞く・感じる・見る・味わう・匂う)
5つの活動器官(言葉・手・足・排泄・生殖)
5つの微弱な要素(音・温度・光・味・匂い)
5つの原素(マハブタ)(空間・風・火・水・土)

という風に万物が形成された。

いわゆる「この世は、プラクルティ」の世界。
「あの世は、プルシャ」の世界。

この世の苦しみを克服するためには、なるべくサトウィックな状態に自分をおくことで、エゴを開放すれば、ブッディ(知性)に戻ることも可能、そうすればプルシャに戻れる(サマディ;悟り)とする。

そのために、食べ物もサトウィック。(玉ねぎやニンニクなどの刺激物も取り除いた、穏やかな食事:日本人にはあまり難しくないと思うけれど、唐辛子やスパイスの使用が半端じゃないインドの食卓では結構きついと思う)

心ももちろん、サトウィックに・・・ということで、日常の中に穏やかさが求められる。

ギャーナ哲学
人生は悟りのため。もう輪廻を繰り返さないように精進するためにあるとする。またその状況を素晴らしいと考えるよりも、悲しみや苦しみがない状態と考える。
* 知的な3つのアプローチ 叡智に耳を傾け、心と統括し、瞑想する ことで、間違った考え、悲しみや苦しみから逸脱する



クラシカル ヨーガ  BC500年から、AD800年
紀元前250年: マハルシ・パタンジャリ が最古の文献であるヨーガスートラを綴る。人類の進化と精神性について簡潔かつ深く195の短文にまとめたもの。インドの文化として書き記すよりも語り継ぐ方法が主流だったことから、それ以前の文献はなかったと思われる。

योग चित्त वृत्ति निरोध ヨーガ チッタ ビルッティ ニローダ(ハ)
ヨガは心のざわつきをコントロールすること。
ヨガは集中であり、サマディー悟りを拓くこと。


ポスト・クラシカル  AD800−1700
ハタ・ヨーガが生まれた時代。その頃には多くのヨーガのスタイルがあったとされているが、ハタ・ヨーガを作ったのは、ヨギ・マッセンドラナース。その頃主流だった、タントラヨーガから、リチュアルな部分を省いた形式だと言われている。

ह ha 太陽   スーリア・ナリ(右の鼻から入って来るエネルギー) 
ठ tha 月  チャンドラ・ナリ(左の鼻から入って来るエネルギー)

二つののエネルギーはチャクラで交差しつつ融合、バランスが整うと中心にシュスンナ・ナリが流れ、ベースチャクラ(ムラーダ・チャクラ)に眠っているクンダリーニが覚醒されるとされる。このクンダリーニを覚醒させるのがハタ・ヨーガ。そうすることで、悟りサマディーへの道を拓く。

エネルギーの悪用も可能であるため、ヨーガはあくまでも師匠から弟子に伝えるものであり、いろいろな方法はかなり秘密に包まれていたとされる。

केवलं राजयोग only for raj yoga より高いレベルに進むためのヨーガ

 ハタ・ヨーガの書物
シヴァ・サンピータ
ハタヨーガ・プラディピカ (15世紀 スワトマランジー著)
ゲーランダー・サンピータ (17世紀 ゲーランダー著)

4つのヨーガの道

1)カルマヨーガ(クリアヨーガ)
全ての人は自分も含め、大いなる宇宙の一部でしかないのだから、エゴを捨て、利他的であることが大切と考え、日常のカルマ(ここでは行動の意味)に重点を置くヨーガ。

2)ギャーナヨーガ ज्ञान (Jnana;どう見ても、ジャーナとかニュアーナだけど、発音的にはギャの音。この音は、叡智・知的なものを表す時に使われていて、3rdEYEとの関わりが大きい)
知的なヨーガ。問答や瞑想から、真実を求める。

3)バクティヨーガ भक्ति (バは、バハの発音なので、ちょっと深く発音。バハクティだとハが強すぎるのだけど・・インド人はインドのことを、インディアと言うよりも、バハラットと呼ぶ。そのバハと同じ字)

絶対的に自分を捧げる献身的なヨーガ。チャンティング・マントラを唱えること祈りを捧げることで、大いなる存在、人類愛を身近に感じていくこと。

例えば、マザーテレサ的な生き方

4)ラージャヨーガ
科学的なヨーガ。知性、瞑想、呼吸法、集中から悟りの世界へ進むこと。
ハタヨーガは、肉体をコントロールすることで心のコントロールも可能とするというシステムなので、ラージャヨガの最初のステップとされている。

ということで、一般的にヨーガポースを取り入れたヨーガは、ラージャヨーガの一部でしかなく、ポーズの前提としてヨーガと心のコントロールという原則が存在しない場合は、伝統的なヨーガとは到底言えないということがよくわかる・・

逆に言うと、今までヨーガなんてきちんとしたことがなかったと思っていた私だけれど、カルマヨーガの道をもう進んでいたんだ!という風にスピリチュアルな生き方イコールヨーガとも取ることができる。

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# by nu2meg | 2017-05-01 15:12 | インド

ヨーガの世界観 1

The Yoga Institute と最初に出会ってから1年。
インドにいる間、いつか、時間が取れる時に(家族がヘルプに来てくれるとか)取りたいなと思っていた1ヶ月のヨガインストラクター養成コース、とうとう終了しました!

どこまで当てにできるのかよくわからないメイドに頼り、急な時にも応じて快くヘルプしてくれる友達の存在があって。

「自分のことばっかり〜」と文句を言う娘(あんたに言われる筋合いはない!)にも「楽しんでね」と応援してもらい、「えー。嫌だ」という息子には、「いやいや、そんなこと言わないでちょっと勉強させてー。」とお願いし、最初は「帰りは遅いし、土曜日までなんて、家族の時間がなくなる。」といっていた主人も「やりたいこと、やれるときにすればいいよ。」と応援してもらって。

基本が主婦な私には、ちょっとハードル高い月曜から土曜までの10時ー18時まるまる1ヶ月のコース(200時間コース)だったけれど、8月からのヨーガカウンセラーコースに通うには必須。しかも夏休みがあるので4月しか空いてない!

ほぼ、強行突破。
でも、ほーんとに行ってよかった!

何十年ぶり?な学生生活のような日々(でも朝5時起きでお弁当や夕飯の支度をしてから、片道1時間。)。帰宅しても家事と宿題と復習で1日があっという間に過ぎてしまう日々でした。おまけに、ヨガインスティチュートは基本、床にゴザの世界。床座りも厳しいだろうと思っていたけれど、1ヶ月間、私は壁にもたれることもなく、基本はアグラ(スークアサナ:スークアーサン:)で過ごせました。

ヨーガって、難しいポーズ(アサナ;アーサン)を追求するものじゃなくて、深い深い瞑想を、しっかりととっぷりとするために身体も柔軟にして、長時間同じポーズで居られるように、アーサンが存在しているものだった!って知ってました?

それなら、修行(タパス)あるのみでしょ!
となるべく背筋を伸ばして。
さすが45歳。二十歳に満たない若者に交じって大人な姿勢。笑

この、暑い時期ながらインスティチュートにはもちろんエアコンありません。
天井の扇風機が生ぬるい空気を循環させてくれているので、なんとかなりましたが、去年初めて週末のワークショップに参加した時に、えらく暑くって、ヘトヘトでした・・・ その体験から、この気温35度、体感温度が40度超える日がある4月のムンバイで、耐えられるのか・・・これも超難題だったのだけれど、人間、適応できます!

インド人よりも「今日は暑いねー」という挨拶をしなかったかも!笑
汗はじっとりだけれど、平気平気ー。
何人か、途中熱中症みたいな風になってたけど・・

来年、創立100年のお祝いをするヨーガインスティチュート。
妙に惹かれる、心地よい場所だなと思っていたけれど、別名を Life Schol というらしく、まさに生き方の学校。

推定5000年の歴史があると言われているヨーガ。
多分、最も古い体系化されたスピリチュアルな生き方を求めるシステム。
世界に広がっているアクロバティックなヨガは、伝統ヨーガの世界ではほんの一部のちっぽけな部分で、どんなに素晴らしいポーズができても、精神面の成長にフォーカスしなければ無意味と考えます。

・・ということは、世界のほとんどの人が本当のヨーガを勘違いしている!(インド人も含めて)茶道と緑茶を飲むことみたいに??(わかりやすいのか、そうでないのか、我ながら不明だけど)

ちなみに、インド人の友達によると、現代インドでヨーガが流行りだしたのは最近で、いわばちょとしたファッションにもなってきている存在らしい。その陰には、バーバ ランデブーというちょっとカリスマティックなヨギの活躍があるらしい。(テレビなどのメディアを通じて広げてて、ヨーガの教えの元の学校まであったりする)彼のことを否定する人も多いからなんとも言えないけれど、広げるという役割をかなり果たした人であることには間違い無い・・ ヨーガインスティチュートとしては、ヨーガの知名度が上がるのは好ましいけれど、間違ったコンセプトのヨガをヨーガと思われては困りものだから・・・ということで、そろそろ本当の伝統ヨーガを伝える役割が自分たちにも回ってきたという流れらしい。

2015年にモディー首相が国連に提案して「国際ヨガの日」を作っちゃったりして、ヨーガはさらに注目を浴び、アユルヴェーだと並んで補完医療、病気予防のヨーガを推進。そのためには、将来的には、政府認定の資格保持者のみ指導できるように体系付けを進めようと、資格制度が導入されてます。(インスティチュートのトレーニングを受け、試験を受けたら、筆記と実技は免除されて、10−15分の口頭試験のみになります〜。でも合格率が5−7割らしい)

ということで、時間があれば復習兼ねて(受験勉強兼ねて)サンスクリット語の正しい読み方も交えつつ基本の伝統ヨーガの真髄について書ければと思ってます。(時間ないかな 笑)


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# by nu2meg | 2017-05-01 01:02 | インド

インド唯一の猫カフェから猫を貰ってきました。

夏にイギリスに置いてきた愛猫ナツメグが天国へ旅立ちました。
ヒーリングしてたらほぼ90パーセントの確率で現れて、一緒にヒーリングしてくれるような猫で、本当に本当に可愛かった。

ナツメグは、ロンドンのバタシードッグ&キャットホームというレスキューセンターから貰ってきた捨て猫。捨て猫ですらこんなに可愛いのに、我が子が生まれたら、どんなに可愛いことだろうかと思った日々が懐かしい。

彼女はきっと最期まで義理の父のヒーリングをしてくれていたと思う。
彼女が亡くなってかなりまもなく、義理の父が体調不良。

3月には危篤状態にまで陥って入院し、80代後半の肉体は衰弱してしまっている。
実は毎日、ダウジングで様子をチェックして遠隔ヒーリングしているのだけれど、入院中というのは本当にふと「もう疲れた・・」と思うと、グオーッと重たい霊がやってくるようで、その霊がピタッとくっつくと一気に自己治癒力が低下する・・・そこで、私が遠隔でクレンジングしていくと、ササーっとまた明るい光が差すように、肉体レベルも体調を取り戻す・・・

この数週間はもうこんなことばかりやっているのだけれど、私のダウジングの恩師でもある義父。この作業は彼の魂との暗黙のプロジェクトの様。

主人が数日おきには義母に電話しているので、実際の様子も垣間見れるのだけれど、ダウジングはかなり正確に状況を捉えている。そして彼の魂はまだ生きたいという気持ちを持っていると感じるので、きっともう最期だと心を決めるまでは、遠隔からサポートしていくのが務めかな?

話がずれたけれど、ナツメグが亡くなって、次に落ち着いたら次の場所では猫を飼おうねと言っていた私たち家族。

でもふと、それっていつになるの?と思うと、もう猫を飼ってもいいんじゃないかと思えてきて・・・5歳の息子にはペットを飼うにはいい時期だし、12歳の娘には精神安定剤としても最高だし。笑 

そして、娘の誕生日(1月)にどこか特別な場所に連れて行こうかと思っていたら、ふと猫カフェがムンバイにあるということがわかったので行ってみると、やっぱり猫はいいねえーっとなり・・・

一応大家にお伺いを立てて(通常インドではスキップするらしいけど、お伺い立てたら、弁護士にまで確認を取ったという、さすがなうちの大家さん・・・)許可を得て・・・でも主人が最後まで簡単にいいよとは言わず・・・2月にようやく許可を得た。

さあ、今日こそ探しに行くぞーっとキャットカフェ再訪問。
あ。一応説明しておくと・・・
日本の猫カフェと違って、ここのカフェはもともとが普通のオフィス。たまたま猫好きが集まっていたから、捨て猫を保護するようになって、いろんな人がやってくるものだから、お茶を出すカフェに成長して、カフェには猫が30匹ほど。その猫たちは全て、新しい飼い主を待っているというシステム。

私と主人は「この子いいねえ〜」と思った子が同じだったから、その子を連れて帰ると思いきや、最も欲しがっていた娘は、「いやいや、早急に決めることじゃないし」とピンときてない。一方で息子は「僕はこの子がいいの!」といって譲らない子がいて・・・

娘が、もうどの子でもきっといいよ・・・と言い出したので、子どもに決定権を譲って、息子の「この子!」をもらうことに。

カフェの人に、「この子がいいんですけど・・・」というと、「あ。その子はね、こっちにいる子とペアなのよ。」

「・・・?ペア???」

「ここの仔猫たちは、仲間に囲まれてるから一人だと寂しくなっちゃうのよ。だから2頭セットで貰ってもらうことになっているの。」

「ええええ〜!」

ということで、見せてもらったのは、ちょっと体調不良という猫ちゃん。
そしたら、一目で娘が「私この子がいい!」と言い出した・・・

「え?そういうこと・・・」

息子も娘も「この子!」を見つけたからまあ、いいんだけれど、でも2頭?
しかもその時には、主人は空港・・・
ああ。即決できないー。ということで、とりあえずその日は保留で帰宅。
よくよく考えて、2頭セットでもらうことに決めたのだけれど、どうにも体調不良な子が回復しない・・・結局は、1匹だけ先にうちにお迎えして猫のいるインド生活が始まった。

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左が息子が気に入った スティッチ(男の子)
右が娘の気に入った ライロ(女の子)
ともに今5ヶ月ほど。同じ保護所から来たらしいけれど、血縁関係はないそう。

スティッチはちょっとナツメグっぽい、とっても賢い子。子ども大好き&好奇心旺盛、ちょっと犬っぽくもある。
ライロはまるでうちの娘のように、心配性でセンシティブ。でも態度はでかい・・笑。特記すべきは、甲高いガーリーな鳴き声。よくお喋りしてくれる(それを訳してと息子に要求される)。

仲良しと聞いていたけれど、ライロがやってきた時、ライロはすっかりスティッチのことを忘れていて、超警戒モード。

2匹は3−4日離さないとひどい喧嘩になりそうな感じだったので、バッチフラワーレメディのましたりして(笑)ストレス緩和。でも今ではほーんとに仲良し。二人で体を舐め合ったりもしてるし、仲睦まじい。

インドに来て良かったねと言えることを、住んでいる間に1つでも増やしたいねという気持ちもあったのだけれど、猫ちゃんたちに会えたのも、インドに来たから。子どもたちもいい思い出として忘れない場所になると思うと、なんだか嬉しい。

無条件な愛を注げる対象が身近にいるというのは、赤ちゃんがいる家みたいで、なんだか心地いい。2匹って・・と思ったけれど、実際には猫を放置してる時間も多いし、2匹いるとちょうどいい感じ。いたずら盛りの2匹だけれど、子どもたちが「見てみて、かわいい〜」と言っているのを聞くと、やっぱり猫はいいなあーなんて思ってしまう日々。

そして私たちもインドに来て1年。
あーっという間。
とりあえず、大きな事故にも病気にも遭わず過ごせていて感謝。

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# by nu2meg | 2017-03-30 01:18 | インド

インドで怪我をしたら・・・

これまでで最も「インドらしい」事件が起きた。
「インドらしい」というのは、日本では絶対にありえない・・・イギリスでもありえない・・・どうしたらそうなっちゃうのか、理解できない!という意味なのだけれど・・・

週3回(午後3時間)のコース×25回に通うために、メイドには時間を延長して子どもたちのお世話及び、簡単な夕飯の支度などを頼むつもりでいた。

余談ながら、実は彼女に何度かご飯を作ってもらって落胆したのだけれど、前のメイドの方が格段に料理が上手で、西洋料理は全く任せられない。本人は前の仕事先では問題なく料理していたから、私たちの家族の口に合う料理は難しいというのが正確。基本、お肉料理ならどんな味付けでもそんなに困らないかもしれないけれど、ベジ料理なうちの食卓だとレパートリーさえないからまあ、しょうがない。でも、インド料理すらも今一歩・・なのは致命的。インド人は幼い時からスパイス漬けだから、繊細な舌を持っている人が非常に少ない気がする・・・(この話は別にまた・・)

コース2回目。途中に自宅から電話が入る。娘は私が電話に出られないことを知っているはずだから、何かあった?・・・と思って電話に出ると、
「あのね、家に帰ったらね、メイドさんが包丁で手を切って怪我してて、寝てて、みんないるんだけどね、何か大丈夫じゃなさそうなんだけど・・・」
バックグラウンドには、大勢の声。そのうちの一人が、
「お父さん帰ってくるっていうから大丈夫だよ」といい、じゃあそういうことで、、、と、電話を終えた。

なんだか呆然。。。
包丁で手を切って?どういう??
っていうか、昨夜、私が新年だしねーっと張り切って研いだばかりなんだけど・・・
一応、メイドと夕飯の下ごしらえしつつ、「昨夜研いだからよくきれるよ」とは言ったけれど、「気をつけてね」とは言わなかったー!みたいな・・

まあ、ローレンス帰るなら大丈夫でしょ・・・
ということで、コースに戻り。。
そしたらその後もう一度、「ダディーも一緒に救急車で病院行ったから大丈夫だと思う」と電話があった。

そしてクラスが終了後にローレンスから電話があり、「なんで急いで帰って来ないんだ?大量出血で死んじゃうかもしれない状態だよ!」

えええええええーーーーーー!

ということで、急いで渋滞の中病院へ向かった。
結果的には、5針縫って病院から返されるところに間に合ったのだけれど、メイドの周りはご家族。本当にもう、いつどうなってもおかしくない勢いだったとわかる・・

しかも、帰りにメイドが震えてるから、私のスカーフとレッグウォーマーをつけてあげたけれど、病院にいて、出血多かったから弱ってて、車椅子でまともに座っていられない
ガタガタに震えている救急患者を、そのまま返す?? ブランケットとかで包んであげればいいのに!
(ちなみにここは、多分この辺りでは一番信用のできるプライベートな病院)

家に帰ると、ここがもう血まみれで、すごい状態だったとか、まあいろんな話を聞いたのだけれど、のちにメイドの家にお見舞いに行って、話をまとまるとこうなる。


メイドは、トウモロコシの粒をもぎ取ろうと、包丁で一列を削いだ。(これも私が教えたのよね・・・)と、そこで手が滑って、左手の親指と人差し指の間に包丁がグサ!

やばい!と思ったメイドは、とりあえず家でお世話をすることになっている息子に血は見せてはいけない&ヘルプしてもらわなきゃ・・・と、お隣のインド人宅をノックする。

「病院に連れてってほしいのだけれど」

ところが、リッチインド人は「マダムに電話してあげるよ」と病院に電話したがらない。
でも、「この携帯どうやって使うの?」みたいな雰囲気・・・
マダム・・・つまり私は授業中で着信に気づかず。

サーの番号は、あそこにある・・・と、またメイドがいろいろインストラクションして、電話してもらうけれど、それまでにもかなりの時間が・・・その間に、いろんな質問されて、メイドは「だからそんな質問いいから、病院を・・」と思い続けていたそうだけれど、意識が遠のいていったらしい。


そして推定事故から30分後にローレンスが自宅へ戻ると、修羅場!
メイドは流血しつつ倒れていて(娘が寝ているといったのは、倒れているということだったらしい)しかも、誰一人、止血しようともしていない!

慌てて、とにかく患部を上にしないと!とメイドの手を上げると、「サー!男性は家族以外の女性に触ってはいけません・・」
残念ながら、彼には布で縛って止血するという知恵は浮かばなかったらしいのだけれど、まあそれはさておき・・・

周囲に散らかる大人は隣のメイド2人を合わせて、8人ほど。
みんなただ傍観していたという・・・

ローレンスはなんで病院に連れて行かないんだ!と激怒して、ここぞとばかりに、インドで緊急事態にあったら、この会社。プライベートの救急車が15分以内がつくはずだ!という〇〇ラインという会社に電話・・

・・・まず、英語通じず・・・没
15分以内・・・当たり前に来ない!

10分も待てないと、結局リキシャで連れて行くことにしたらしいけれど、抱えようとすると、「サー!男性が女性を・・・」とまた此の期に及んで信じられない発言を聞いたそうだけれど、とにかくリキシャで連れてった。

メイド、意識不明状態。
私がちょうどクラスを終えた頃。

緊急処置室で、患部を触られたメイドは意識も戻って叫びまくり。
緊急処置室にはメイドのお母さんと旦那さん。

なぜか、医師はローレンスのところに来て、患部を見たいかと聞いてきたらしい・・・そして、もし手術となれば、いくらかかるけれどいいかと、経済状況を確認して・・・

結局、神経ギリギリのところだったから、手術は不要で5針縫うだけで終わったのだけれど。。

隣に助けを求めて病院に到着するまで約1時間。(病院は10分以内の距離)
なぜこうなったか。。。

なぜお隣さんは彼女を病院へ連れて行かなかったのか。(自家用車2台は持ってる)
いろんなインド人に聞いても、答えはほぼ同じだった。

「刃物で流血してる人を連れてくと、警察沙汰になるから。」
「金持ちのインド人は、貧しいインド人よりも、道端の犬に優しいのよ。」

インド人数人に聞いて、答えは同じ。
最後は「申し訳ないけれど、これがインドなのよ。」

実際に、メイドも警察の取り調べを受けて、自分の過ちで手を切ったという文章に母音押捺したらしい。

料理中に包丁で怪我して、大量出血で死亡・・・
ありえないーけど、インドならありえるのか?

ローレンスが帰ってきてなかったら?
ご家族に電話してもらえてなかったら?
誰も助けに来なかったら?

そしてドライバーも言った。
「そうは言っても、どうしていいかわからないんだよ。自分もドライバー仲間5−6人ほどで喋ってたら、一人が倒れたんだけど、なんで倒れたのか、触っていいのかわからない。5分様子見たら、意識戻ったんだけどね・・」

「えー! その5分が命取りだったらどうするの!

と思うけれど、病院に連れて行くには、ご主人様の車を勝手に使うことにもなるだろうし、本人に支払い能力があるかもわからない・・・自分に決断権はないということになるってことか・・・(これはドライバーの口から聞いたことではないけれど、想像するに・・・)

インドで緊急事態は・・・まじヤバイです。

そしてメイドは夜間も痛みがひどくて眠れないということで、10日休んでます。
息子のお世話は近所の友人たちに頼みつつ、コースに通っている私。

メイドもいて、家事もミニマムでコースに集中出来るはずだったけれど、ここに来て最も忙しい・・・朝5時半からフル回転の日々。

帰ってこれても、数ヶ月はまともに仕事できないなあー。
メイドのあり方、また考えちゃうわ。

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# by nu2meg | 2017-01-21 13:52 | インド

最後のピース?

The Yoga Institute で週4のヨガに通い始めて3ヶ月すぎ、ここのレギュラークラスは
誰にでもできる簡単なアサナ(ヨガのポーズ)ながら、しっかりとゆっくりと行えばやっぱりいいなあ〜っと感じている。基本的に難しいポーズとか無理なポーズがないので、運動としてヨガをするには足りないと思うし、ダウンドックくらいはすればいいのにと思うのだけれど・・・

そんな世界一古いヨガ道場で、インテグラル・チャクラ・サイコロジーという心に焦点を当てたコースがあることを知って、レベル2のスワディヤヤという5日間×9−5時のコースに行ってきた。

ファシリテーターが男性ということもあってか、むちゃくちゃロジカルに進行されたこのコース。とっても新鮮であり、今までの復習でもあり、最後に驚きの自分を発見したりするとってもいいコースでした。

こっちに引っ越してきて気がつけばもう8ヶ月目!(うち2ヶ月は留守にしてたけど)
気がつけば・・・なんと・・・私にもインド人発音の英語が聞き取れるようになっていた!笑 というのも結構な発見で・・・笑 

いや、でもまだまだかなり集中力を必要とするので、気がぬけると英語を喋っているように聞こえないから、通常よりもかなり頭を使っていたと思う!(講師の口調は結構ロジカル&ちょっと苦手なアグレッシブ系なのだけれど、それでも彼の英語はまだ聞き取りやすく・・・他の参加者の体験談とか聞くのがもう必死で・・・笑 気がぬけるとスルー。英語できないからヒンディーでいい?という何人かの参加者の時は気兼ねなく頭も休まったけれど!)

総勢20人ほどの参加者。そのうちに外国人は私とアメリカ人の女性。
彼女は別の団体がやってた別の1週間コースに行く予定でムンバイに来ていたのに、いざ来てみて行ってみると、コースがキャンセルされていた・・・というインドではまあありがちかもしれないパターン。

しかも彼女、11月の末の「明日から旧紙幣使えません」という驚きの社会情勢の中にやってきて、踏んだり蹴ったりだったのだけれど・・・もともとアメリカでもヨガをしているのでインスティチュートには来てみたくて、ちょうどコースがあるというので参加!20人中男性は3人。

そしてインド人なので、もう多分、すごくいろんなバックグラウンドの出身で、幼少時代を語る背景も本当に様々。この15年ほどいろんなワークショップに行って、いろんな人の幼少時代の話を聞いてきたけれど、ここまで多様性に富んでるストーリーも初めてだった。多分彼らにしてみれば、外国人の私たちの経験の方が驚きだったと思うけれど・・・

それでも・・・やっぱり人間というのは皆共通していて・・・
落ち着くところは同じ。

5日間、床に座り続けるというスタイルの授業もまた新鮮だったけれど(テーブルと椅子という感覚すらないのね・・・食堂も含め!)この姿勢がまた苦痛なこと。。。苦笑 1日目でお尻が痛くなって、2日目からはクッション代わりにふわふわフォームのマイヨガマットを持ち込んでお尻痛いのは解決(インスティチュートではゴザをひいてヨガするから、みんな薄っぺらいゴザの上)。でも長時間座り続けるって、足組んでても大変。意外に肩にも負担がかかるのね・・・知らなかった!せめてテーブルがあれば手が休められてまだ肩に負担がかからないのだと気づかされた。

内容は体験しないと伝わらないとわかっているので、詳しくも語れないのだけれど・・・
何が言いたかったかというと・・・

ロジカルにスピリチュアルな生き方、考え方が説明できる方法がちゃんとあったということ!?いや、スピリチュアルともあえて言わないし、その視点からも話していないから、すごく現実的に受け入れられる気がする・・

コースインミラクルにも通用する部分が多々あって、やっぱりここにたどり着く!と思うのだけれど、こう持ってくるか!という部分がすごく新鮮だった。いや、知っていたと言えば知っていたけれど、本当の意味で気づかなかったエゴのトリックを解いてくれる方法がロジカルにあった!という感じ。(これじゃ、わかりそうでわからないね・・・)

15年ほどいろんなワークしたけれど、今まで知っているようで、探そうともしていなかった最後のピースを見つけた気分。

そしてそれを見つけてこの上なく幸せに感じている私。
なんてったって、今まで気づかなかったのが嘘みたい。

ワークショップの参加者も、どーんよりと自分の課題なり人生の目的なりに目を向ける数日だったのだけれど、方法が明かされた時にもうそれはそれは、一気に雨雲がなくなって虹が出てきたように輝いていて、なんだかそのエネルギーにまた感動してしまった私。

 言葉の力。
 思いの力。
 幸せはここにあったという事実。

今まではまだ、言い聞かせて幸せの疑似体験をしていたのね、きっと。(いや、まだまだもっとリファインされた幸せの感覚があるのかもしれないけれど!一歩一歩!)

今後の私はというと、とりあえず、レベル3に進んで、その後のヨガインストラクターコースにも進み、条件揃えて、ヨガカウンセラーの資格コースにも進もうかなあー。そしたらタロットやヒーリングを通しても新しいスキルを活かせるわーっとワクワク。
(スムーズに進んでも後1年はかかるから、私のムンバイ生活はヨガインスティチュートに通う日々となりそうです。)

このコースの宿題のために私の長所と改善点を考えてくれたお友達にもこの場で感謝。
ありがとう!

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# by nu2meg | 2016-12-12 19:06 | ヒーリング

ヘナって・・・

母親がヘナで染めているということもあって、私自身、白髪がまだあまりない頃から、ヘナは馴染みがある。

40過ぎたら一気に増えるで〜っと言われていた通り、確かに白髪が増えてきて、特にこめかみのあたりを中心に「染めないとね」と思うレベルになったのは、数年前。

でも、網膜剥離で近くしか見えないど近眼から、片目は超遠視という状況になって、またまたこめかみの白髪すら気にならなくなっている私・・・(あ。自分で見えれば気になるけれどという意味でだから、白髪がなくなったわけじゃない。多分、遠視な人は白髪を気にしないんだろうなあと自覚しただけ)

そんなこんなで、実家に帰った時だけついでに染めてもらう・・・から、時々自分でも染めるというレベルでヘナを使うようになって(と言っても数ヶ月に一度)2年ほどかな?

ヘナといえば、インド!
ここではメヒンディと呼ばれていて、メヒンディ染めのオレンジ髪のおっちゃんや、ヒゲまでメディンディオレンジなおっちゃんも多い。最初はもしかしてあれがヘナ?と思うくらい、明るいオレンジに驚いたくらい。気分的にはやっぱりおっちゃんも若いんだぞう〜と見せかけているような茶髪(に見える)。

でも意外に、女性はというと、「私はヘナで染めてます」と言わんばかりのオレンジなヘナはちょっと抵抗あるようで、多分、ヘナにインディゴ染めなのか、化学混染めなのか、輝かしいオレンジヘアーというのはあまり見ない。

その代わりに、ヘナアート(メディンディアート):10日ほどで消えるタトゥ は、お祭りや結婚式前に女性の手足に施されて美しい〜。

そんな印象のヘナ。

もう1ヶ月以上経過してしまったけれど、先日一か八か?でヘアカットに出かけた私。
行ったのは、英国系のヘアサロンだからまあ、なんとかなるかなという気持ちだったのだけれど・・・

基本的に、ショートヘアの女性というのがあまりいないインド。
おばさんでも、おばあさんでも、長髪が基本。
・・・ということで、ショートーミディアムな私としては、ちゃんと切ってくれるかな?と思っていたのです。イギリスでだって、日本人の髪質をわかって切ってくれるケースって少なくって、ボロボロにされるケースが多い中、うーん、大丈夫かなあ?と。

友人のお勧めのサロンではあったけれど、友人オススメの指名した人はもういてなくて・・・
予約時に、女性のショートヘアいけますか?と聞いたら、大丈夫と言った後に、じゃあ明日、娘さんの予約ということで・・・と女児ヘアカットと思われたところも怪しく・・・

着いてみると、インドにしてはトレンディヘアな感じの長髪の男性スタッフに当たった。
そして、お勧めの髪型はやっぱりグラデーション。

私の顔型と髪質に合っているのか、もうずーっと、中学生時代から?どこに行ってもお任せというと、この髪型に落ち着いてきた私。そしてそのうち飽きてきて、別の髪型にしてもらって・・・結局戻ってくるのがいつもここ・・・笑 

聞けば、練習ではもちろんカットするけれど、現実的にこのスタイルをカットできる機会があまりないから、ちょっと貴重なんだよね・・・と、嬉しそうだった・・・

まあ、頑張って切っておくれという感じでいたら、ヘナをしているようだけれど・・・という話になって、インドの高級ヘアサロン(と言っても、日本に比べたら全然安いんだけれど)ではどういう見解なのかと思ったら!

「ヘナはとっても髪に良くないからお勧めしない」
「サロンで扱ってるヘアダイはとっても質がいいのでお勧めです」

というもので・・・
最初は適当に言わせておいたけれど、しつこくてだんだんムッときて、化学染めを体内吸収するとか、頭皮の経皮吸収した化学物質が排泄できないとか聞いたことない?と、ちょっと攻撃的に・・笑

ところが相手は
いやいや、うちで扱ってる製品は、もちろん経皮毒なんてありえません。

とか言い出した。
私はシャンプーすら化学薬品づくしのものは避けていて、西洋の薬もほぼ飲まない生活をしていて、それで選んだのがヘナなのよ・・・

そう言っても、更にぐちぐちうるさかったので、

じゃあ、お産の時に羊水がシャンプーの匂いって聞いたことある?
それはどうやって説明するわけ?

と、ぐさっと一言。
それにはさすがに相手も驚いて、何も言えない状態だったので、とどめを刺した。

インドに来てわかったんだけれど、今のインド人ってインドの良さを見ようとしない傾向があると思う。インドの伝統をもっと見直すべきじゃない?アユルヴェーダにしても、なんでインド人は自分の国の文化にもっと誇りを持たないの?西洋のものが素晴らしいなんていうのは、思い込みにすぎないよ。

ここでこの系統の会話ストップ。

彼はその後も超丁寧に仕上げてくれて、1時間以上カットに費やしたものの、彼もとっても満足のいく出来だというグラデーションに仕上がりました。笑

さらには仕上げにヘアアイロンまでかけてくれるということになり・・・

「いや、私、それこそ髪傷みそうだからいいです・・・」と言ったけれど、彼はどうしてもここまでやったんだから、きちんと仕上がっているか確認したいから・・・と主張してきたので、温度を下げてならいいということで合意。(なんのこっちゃ)

インドだから、ヘナだってサロンでやってくれるのかと思いきや・・・
きっと安すぎるし、匂いもすごいってこともあって、商売にはならないのね。(もちろんピュアなヘナだとオレンジにしか染まらないから色的な問題もあるけど)

そうそう、ハイソな感じのサロンだったけれど、それでも笑っちゃうことに、手に空いているスタッフが時折、さっと鏡の前に立ったと思ったら、一生懸命にブラッシング。コーミング&お化粧始めちゃう・・・一応お客のいる前で・・・そんなあたりが本当にインドっぽくて笑えた。

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# by nu2meg | 2016-11-15 19:07 | インド

メイド事情

インドに住んでいると、メイドのいない駐在員の家は少ない。
クリーナーが入ってくれるから不要というケースは聞くけれど、お掃除に関して自分で全てするにはやっぱり、砂埃を考えるとちょっと面倒になってしまうのが普通だと思う。

サッシというしっかりした機密性の窓がないので、埃も騒音も否応なく入ってくる。
数週間も掃除していないんじゃないの?と思う状態が、数日で出来上がるのだから、床の水拭きはほぼ毎日必要。家の中を靴で歩かない文化なのに・・・

駐在員や裕福な家に限らず、そういう基本のお掃除のためにメイドを雇う家は多い。
そして、びっくりするほど、そのコストにも幅がある!

ローカルなエージャンシーを通すと、5時間300ルピーで雇えるらしい。
でも、外国人が使うようなエージャンシーだと、1時間150ルピーくらい。
これ、エージェンシー価格なので、通常の雇よりも割りが良い方。

1ルピー2円としても1時間300円で人が雇える!そりゃあー安くて便利!
・・・ということで、外国人には割りが良くても安く感じるのが当然。
自分の国では1時間分の料金で10時間雇えちゃったりするのだから・・・

でも、ここで自分の国の価値観を持ち込むのは非常に危険だと思う。
そして実際に、持ち込んじゃってるから、外国人につくメイドは非常にリッチで、下手すれば会社員なみのお給料を手に入れることができてしまう。

英語が喋られるかもしれないけれど、大学に行ったわけでもない、特に資格があるわけでもないメイドが、大卒よりもいい給料を手に入れるって・・・下克上??

実は私たちはちょうど、引っ越すという人からメイドを引き継いだので、メイド探しもしたことなく、値段も据え置きで1万5千ルピー(月・週6・8時間)な条件で雇っていたのだけれど、彼女は英語があまり喋れない&外国人宅で働き始めたのは、前任者ということで、普通のメイドとは事情が違う。それでも前任者には彼女レベルなら1万2千でも大丈夫くらい。私は払い過ぎなのよ・・・なんて聞いていた。

ところが・・・

ようやく日常生活がスタートしてやっぱり時間厳守で来てもらわないと嫌だなあということ、どんどんレイジーになってきていることから、この1ヶ月ほど時間厳守を特訓してきていたのだけれど、とうとう私が帰っていないと思い込んで、「おはようメール」が届き(彼女が自らスタートした方法)・・・その10分後に私が帰宅してまだ来ていないことが気づき、その10分後に彼女がやってきたのだけれど、嘘をごまかそうとしたという事件が起きた。なんとなく今までもごまかしていたんだろうなという気持ちもあったのだけれど、嘘つきはうちには置いておけないから、とその場で解雇した私。

お料理も好きだし上手だし、何かやってるとスッと手伝いに来てくれるし、子どもとも楽しく遊んでくれたり、ヘナアートも上手だったし・・・と、基本は好きだったんだけど。

新しくメイドを探し始めて気付いたのが、外国人マーケットの下克上プライス?

早速、ドライバーさんに紹介してもらった人(彼は、自分が責任持って紹介できるのは彼女くらいしか知らないと言いつつだったから、その点では良かったんだけれど)は今まで週5で1万9千もらっていたと言ってきた。家賃も払わないといけないし、それくらいは必要だと・・・

払えないわけじゃなくて、マーケットプライスを飲み込みたくない・・・
ということで、8時間じゃなく6時間を考えていた私は、彼女のお給料の要求に見合う時間を雇うつもりがないからと、彼女ヲ見送ることにした。

そして学校で様子を伺うと・・・
大抵西洋人の家庭では、2万ルピーとか普通に払っていて(もちろんの様に週5でね;インドではまだ週休2日制じゃないのに)2万4千ルピーというのも・・・

彼女たちが言うには、すべてやってもらっているから、これで私は満足よ。
自分が満足出来るプライスならいいのよ。(言い切り)
さらに・・・
子どものお世話は直接入ってないつもりだから、子どもを預けたら、エクストラで午前中なら500ルピー、午後なら1000ルピー払ってるわ。(多くは夜お泊まりすると1000ルピー増しらしいけれど、彼女は数時間のディナーの間のベビーシッティングでも1000ルピーと決めているらしい。そう、ポンドで計算すれば数時間も見てもらうのにたったの10ポンドで済むんだから安い物!ということになる。)

確かにそれはラッキーなメイドではあるけれど、彼女はこれからも同じ様なエグゼクティブなマダムに雇ってもらうという前提だよね。。プロパティーラダーならぬ、メイドラダー?

あああ。
???一体何が適正料金なの〜???
一体、私は本当にメイドを必要としてるわけ?
家事好きだし、もう、メイドいなくってもいいやんー・・くらいに思っていた。

そんな中、別の口利きでパート3時間だと7000という話があったけれど、ちょっとおしゃべりなのが玉にきずと聞き、それもどうかなとやっぱり却下。

別口で面接に来た人は4時間?1万2千でどうかしら?・・・即却下したくなる雰囲気の人だったので、申し訳ないけれどこちらも即却下。ただ、面白いことも分かった。彼女は時々、料理人としてどこかのお宅に行っているらしいのだけれど、その値段が1ミール4人分の野菜料理(インディアン)で1200ルピー。時間にして3時間労働。1時間400ルピー!

はたまた、こんな情報も。
うちに3時間半で来てる人に8000支払ってるけれど、彼女がその後見つけたパートの仕事は、犬の世話、犬の掃除中心で2万ルピー・・・

犬関係で言えば、犬の散歩人というお仕事。
一頭につき1万7千とか支払っているインド人だっているとか・・・
あああー。もうわからん!

しかも、休日の話を出すと、皆さんが帰省中に今まで1ヶ月くらいお休みをもらうことが多かったです・・みたいな。(うちは6日間プラス12日間;年間18日の有給ということにしてホリデーもやりくりしてもらう条件)

お金が全てじゃないー。
仕事ってお金のためだけじゃないでしょ・・・

ちなみにドライバーさんには2万2千ルピー。プラス休日出勤手当や時間外労働などで2万5千くらいになるのだけれど、週6日出勤、12時間労働(と言っても、よくもう帰っていいよーっと早くに開放してあげるけど)

ドライバーは命を預かる仕事だし、時間にも敏感に移動してもらっているから適正だと思うけれど、同じ金額をメイドに払うって・・・ドライバーに対しても失礼な気さえする・・・

ちなみに、ガードマン的なセキュリティーの人たちは、毎日休みもなく、シフト制で夜も働いて、月に1万3千〜とかが普通らしい。さらに言えば、この近所は家賃が高くて小さくても月に7000ルピーとかと聞く。食材は安いので単純計算で家賃とお給料の割合を計算するのもナンセンスなんだけど・・・

家の中で一緒にいる時間が長い人にこそ、自分の仕事を全て託すのだからとたくさん支払う気持ちもわからなくはないけれど・・・でも自分の国に帰っても、全てやってもらうメイドを雇う??

なーんか違うよなあ・・・

そう思っていたら、最初のメイド候補から電話があって、1万7千ならどうかといってきた。いや、それでも1万5千で雇えていたのだからと断った。

犬の散歩人と同じ給料だったと後で聞くと、まあそれでもよかったのかもとも思ったけれど・・・

そしてまた翌日に、6時間のパートでいいから1万5千で・・・と。
ちょうど、面白そうなコースがあることを知って、そうなったら誰か必要だよなあーなんて思っていたところだったので、半日考えて、彼女を採用することに。

でも実は彼女がオファーしたのは1万6千だったらしい・・・私が電話では1万5千と言っていたのに、お互いに自分の数字にしか耳を傾けていなかったらしく・・・
今回はきちんと契約書を用意したのだけれど、その際に彼女が値段が違うと言ったけれど、もう1万5千でもいいです・・・ということになって(私たちにしてみれば、労働時間も日数も短くなるから)スタートしてもらった。みょうに真面目なとってもいい感じの子。

驚いたことに過去8年間、外国人家庭に仕えていて、インド料理を作ってと言われたのは初めてらしい・・ 私は自分で料理ができる西洋料理をわざわざ人に頼んで作ってもらおうとも思わないけれど、どんなものを作っていたのかはちょっと気になる。と言ってもどうやらみんな、普通にお肉や魚のある食卓のご飯を作っていたらしいから、ベジタリアン仕様なうちでは作れるものが限られているだろうけれど・・・お給料を下げてでもうちで働こうと思ってくれたのだから、生パスタの作り方とか、巻き寿司とか今後西洋人の家庭でも喜ばれる食事を伝授してあげたいなあーと思う。

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# by nu2meg | 2016-11-09 19:27 | インド

気の向くままに・・・ 流れに身を任せて。


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