「ほっ」と。キャンペーン

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少しずつ

先週、月曜日に幼稚園が終わったあと、ポピー抜きで話をしましょうと、先生に言われた。

ポピーは私が一緒にいることで、かなり精神的にも安定してきているので、少しずつ、私から離れる時間も増えていて、今日も6歳のお姉ちゃんと楽しそうに遊んでいた。このお姉ちゃんは前タームからスタートしたそうで、この2-3週の間も、かなり荒れていた部分がある子なのだけれど、(何故かポピーはそういう子を好むんだなあ・・・)、彼女がつくっていた「家」に顔を覗かせたら、「一緒に遊ぶ?」と声をかけてくれたので、私が「よろしく!」と速攻答えて、2人は遊びだした。きっとお姉ちゃんは慕われたり、頼りにされるのが嬉しいだろうし、一石二鳥。

そんな姿を見ていて、先生も「いい感じになってきたわね」と声をかけてくれた。

幼稚園が終わって(今日はミカエルマスの日だったので、みんなで球根を植えた)、帰る頃になって、ポピーに今日は私は先生とお話があるから、ミラ(近所の男の子)と一緒に彼のお母さんと帰ってね・・・と告げたら、やっぱり「イヤーッ!]の一言・・・。それでも、そうすると母が決めたからにはそれを通すしかなく・・・。

ミラのお母さんの提案で、他の子たちも一緒に近所の公園へ行く事に・・・したのだけれど、それでもポピーは私から離れるのが嫌で、大泣き。そこに通りかかったジンジャー親子。ポピーはなぜかジンジャーの母、ヘレンにはすごくオープン。遊びに言ってもあまり躊躇しないのはあの家くらいなもの・・・なのだけれど、ジンジャーが一言言った。「へレン、ポピーの手をつないで上げて」(英語圏ではしばしば、母親も子どもに名前で呼ばれたりすることがある・・・)

そしたら、ポピーはピタっと泣き止んで、一緒に公園に言っていると言う・・・
何がどう違うのか、説明できるなら、して欲しい・・・。

とまあ、こんないきさつで、ようやく一人身になって先生に会いに行った。

かいつまめば、先生は「親がリードして、親が決定しないと、子どもは不安になるし、子どもが自分の決断を押そうとするから、ポピーにリードを取らせるな。」という話が主だった。これは前々からの課題の母がクイーンになるということなので、よくわかっているつもり。そして、だからこそ、「行きたくないから行かなくていい」ではなくて、「母が決めたのだから、行くよ。」「母は帰らなければいけないから。」と強引に押してきているのだけれど・・・。

前の私だったら、やっぱりエゴマインドが出てきて、クラスの雰囲気や、先生のアプローチの仕方を直接的に、疑問があると訴えていたと思うけれど、今回は落ち着いて、頭の中をゆるしの実践に徹底する事に、とりあえず成功した気がする。

先日、プレイグループの先生と話したので、彼女のアドヴァイスもあってのことと思うけれど、私がポピーを残す時は、「先生が面倒見てくれるから大丈夫だから」と、彼女に直接渡してね。。。そうすれば、ちゃんと落ち着くまで膝の上に載せておくから・・・ということだった。

コレが一番気になっていたことだったので、ちょっと安心した。(実際にヘルプとして入っていて、アシスタントも先生も、淋しそうな顔をしている子の側によって、付き添ってあげないというスタイルが一番気になっていたから・・・。私が誰よりも先に気付いてしまうのか、先生達は他の事で手一杯なのかわからないけれど・・・)

先生を信じる事は、自分を信じる事。

もし、どうしても合わないものがあるのであれば、その時は、それで、また道が開かれると思う。実際に今日、ヘレンのもとであれば、ポピーがすーっと落ち着けたように、別のクラスだったらすーっと落ち着けるのかもしれないし、今の状態であれば、どこでも無理なのかもしれないし・・・。

そろそろフェードアウトしてもいいと思うと言う事だったので、言われるままに、そうしてみるつもり。そうそう、1つ嬉しかった事。ポピーがいつも笑顔な子だから、1週間目にまだ、ポピーが1人で大丈夫だった時、クラスの子が先生に言ったらしい。「あの新しい子は、いつも笑ってるね。」と。・・・それがまあ、どうしてあんな状態になってしまったのかは別として、1週目から笑顔がでていたことは良かったこと。(プレイグループの時は、2ターム目まで「よく笑顔が見られるようになった」と報告を受けなかったから。)
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by nu2meg | 2008-09-30 04:04 | 子育て

決心

昨夜、もともとシュタイナー幼稚園でアシスタントをしていた友人に電話して、状況を聞いて貰った。

最初は、「どんな子だって、酷く泣き叫んでいたって、必ず落ち着くものだから、ダラダラと付き添ってない方がいいかもね・・」と、アドバイスしてくれたのだけれど、先生のことも、ポピーの精神状態のことも、私の気持ちも全て話すと、「じゃあ、先生に来るなと言われるまでいれば?」と言われた。ただし、単にポピーに付き添っているのではなくて、「ヘルパーとして、他の子ども達にもサポートしてあげれば良いし、見本になるくらいのつもりで、理想に近いスタイルでヘルプするといいと思う。」ということ。

それでポピーが落ち着いて、私の事を必要としなくなっても、週に1度ボランティアで入るのもいいなと、早速思っているのだけれど(笑)、私がいなくなって、またポピーの精神状態が乱れるのであれば、もう1つのクラスへの移動を求めるか、他の学校へ行くことも可能だし・・・と。

私が思っていたことを、後押ししてくれて、なんだかとってもスッキリした。

ただし、私はとりあえずこの一週間は・・・という感じで思っていたので、もっと長期的なスパンで提案された気がすることを、ついつい、「えーっ!そんなー。私の時間はぁー?涙」と思ってしまったのだけれど。(ポピーは「ずーっと、ずーっと、マミーも一緒に来てね・・・。」と言ってるし(笑)。

とにかく、「今にフォーカス」というのが鍵で、「先生を通しての赦し」というのが、大きな大きな課題であり、私とポピーに与えられた役割なのかもしれない。

友達が、「ゆるし」の部分は置いておいて、同じようにスピリチュアルな視点から、こうやって物事を眺めてくれたので、本当に心強かった。こういう時に、こういうサポーターがいてくれるのもまた、用意されていたことだったんだなーと思えて、穏やかな気持ちになれる。


一体、何が私をここまで落胆させているかというと・・・。
ぶっちゃけた話、先生はシュタイナーの理想とする先生像からはかけ離れた行動をとっていて、歌の最中に、キチンと参加しない子を注意するために、歌を途中でストップしてしまうくらいの人なのだ・・・。シュタイナー的には、「口で言わずに、身体に触れながら、諭す・・・」ところなのだけれど。

その他、とにかく「言葉で対応する」ことの多さと、使う言葉の温かみのなさに、私は幻滅していたのだった。(更にプラスアルファもいっぱいだけど)

でも、数日前に書いたように、「理想と現実のギャップ」を示してくれている彼女は「私の一部に過ぎない」。パーフェクトな人間はいない。そしてみんなそれぞれが、それぞれの理想と現実のギャップに苦しんでいるのかもしれない。

日常を通しての赦しのワークが、こういう形でかなり本格的なものとなってきたことは、実は喜ぶべき事なのかもしれないとすら思えてくる。そして、この気持ちが日常にいかに反映されているかと言うのが面白いほど感じられる。(先生も実はサイキックか?と思ってしまうくらいすごいのだ)

今日のキンダーでは、先生は歌をストップしないように、気をつけていたと思われたし、クラスの雰囲気もこれまでになく穏やかだった。
直談判(エゴマインドの選択)をしていたら、こうはならなかったと思う。


さて、実は電話をする前に、久々に自分のタロットリーディングをした。
笑ってしまうくらいズバリ。今のポピーの幼稚園問題のことが出ていた。
電話をする前だったから、{??}と思っていたこともあったのだけれど、電話して、決心が固まったら、「そういうことだったのねー」ということもあった。

すぐ先の未来が、定職っぽいルーティンな生活・・・とでていたのだ。
学習もすると良いとでていて、今特にやってみたいことって、ワークショップ以外にあったっけ?などとも思っていた・・・。

プレイグループの時には、安心して離れられて、自分の時間が持てていたのに、キンダーに上がって、自分の時間が増えるどころか、逆に自分の時間をまた失う事に成るなんて、思ってもいなかった(涙)けれど・・・・。

自分の時間を失うのではなくて、付き添う(定職)イコール、自分自身のスピリチュアルな成長のトレーニング(学習)でもあるということらしい。

実際に、ヘルパーと言う意識であの場にいれば、理想の育児に自分を近づけようとする努力もするし、ポピーにとっても、私にとっても一石二鳥?


言葉では説明しきれないけれど、赦しが必要であるために輪廻を繰り返しているといことが、身にしみて分かる気がして、憎しみや嫌悪があれば、何もシフトしない事をひしひし感じる。あたりまえなんだけどね、憎しみも嫌悪感も、自分へ持ち続ける事(事実上は第三者へ対してだけれど)は、罪悪感をフィードするだけなんだもん。。

運命って面白いもんだ。
ありがたく、赦しの実践に励もうと思う。
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by nu2meg | 2008-09-24 04:28 | 子育て

とりあえず・・・

P「学校行きたくない」
M「ずっと一緒にいるから大丈夫」

このリピートの週末を過ごして、まんざら嘘ではないと言う信用を取り戻せたらしく、今朝は行きたくないとはいいながらも、一緒だからと言うことで安心して、幼稚園に行けた。

「室内で落ち着く場所を見つけられるようにして欲しい」と先生にお願いするつもりでいたのだけれど、到着したのがギリギリで、リクエストは叶わず・・・。だったのにも関わらず、今日は室内組。後で先生が、「とりあえず、室内で様子見ましょう」と言ってくれた。言葉にはしていないけれど、何かが通じている気がするのは、良い事だと思う。

プレイグループの時と違って、先生から学ぶ事よりも、プレイグループの先生が恋しくなる事の方が多いというのが悲しい現実ではあるけれど、たくさんのゆるしの機会に恵まれていると言う事だなあ。笑

とにかく、ポピーのリラックスした様子にほっとした。
夜中にも突然起きて「行きたくないー。」「学校は嫌だー」と叫んだり、睡眠中ずっと、しがみついて離れなくて大変だったりしたから・・・。
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by nu2meg | 2008-09-23 03:06 | 日常

哀しいニュース

イギリスでココのところ頻繁に聞くニュースとして、ナイフによる殺害事件がある。
嫌なニュースを読めば嫌な気持ちになるし、聞けば嫌な気持ちにもなるし・・・ということで、日常生活の中に、三面記事的なニュースはほぼ入れないようにしている(というか興味がない)のだけれど・・・

「ティーンエージャーがナイフで刺し殺す」という事件が異常に目立つことはもちろん知っていた。


数日前にふと気になった事。
近所のメタルワークの店の前に、たくさんの花が飾られている。
まるで交通事故現場、殺害現場へのお供えのように・・・。

その工場のデイブという黒人の男性を私は知っていた。
前のフラットのゲートを作ってもらったこともあって、何度か関わる事があったから。

彼のほがらかさと、あたたかさは、3分会っただけで伝わってくるから、多分3度しか会ったことがないのだけれど、「誰か良いビルダー知らない?」と私が聞いたから、丁寧に何度か電話をくれた。そして、今頼んでいるビルダーは、デイブの紹介なのだ。

もう話が読めたと思うけれど・・・

デイブが刺されたのだった。
20歳の若造に・・・。

詳細はわからないけれど、20歳の若造と聞いて、何が起こったか想像がついた気がする。
彼は何らかの形で、若造を諭そうとして、刺されてしまったのかもしれない・・・と。

このニュースは、ローレンスがローカル新聞で読んだのだけれど(日本みたいに全国ニュースにはならないところが、イギリス・・・)、記事には、誰もが愛した、とってもフレンドリーな男性とあり、教会に通っていたデイブは、教会の修理も進んで奉仕する人だった。とも書かれていた。

デイブとは面識のないローレンスさえ、明日にでもメッセージと花をもってお供えに行こう・・・というくらい。家族や身近な人にはやるせない出来事だったと思う・・・。

事故とはいえ、起こるべきことだったとも言えるのが、スピリチュアルな人生。
命を失う事は、もちろん哀しい事だけれど、スピリットレベルからみたら、実は嬉しい事でもある。(死は、残されたものへのメッセージの方が大きいのかもしれない)デイブのように、多くの人に愛されながらこの世を去れるのは、本望でもあると思うから、彼は安らかに旅立ったのだと思う。


視点を変えて・・・
ティーンエージャーのナイフ。
日本でも同じだけれど、これも私たちのエネルギーの投影が作り出している現実。

昔、本を読んでいてなるほどなと思った事がある。
戦士のトレーニングを受けた人の話。
ナイフなんかので殺すというのは、人の暖かみや血と向き合う、すごくリアルで、かなり勇気の要ることだけれど、銃で殺すと言うのは、1度やってしまえば、次からは感情も揺れないもので、本当に病み付きになるほど簡単なものだ・・と。

ティーンエージャーが、わざわざナイフを使うのは、リアルに生きていることを確認したいからなのかもしれない。深い感情をもつこともなくなり、TVやゲームでリアリティーショー的なバーチャルリアリティーの中に生きて・・・。「今を生きる事」を忘れている。

いかに、今に意識を持ってくるか・・・やっぱりここでも、たどり着くところは同じな気がする。
目には目をではなくて、やっぱり赦し・・・。
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by nu2meg | 2008-09-21 05:13 | 日常

涙腺ゆるむ・・・

こんなにエモーショナルに疲れた日はいつぶりだろう・・・
その後、ポピーの登園拒否は悪化する一方。

木曜日。
あまりにも行きたくないと連発するし、もう休ませちゃおうかと思うくらいだったのだけれど、ふと気付いた。オーガニックボックスが届くから学校には行かねばと・・・。(お客さんが10時半には来るので、戻ってこないといけなかったから、ずっと付き添うという選択肢は無し)

ポピーに、マミーはタロットだし、帰ってこないといけないから・・と説明し、どうしても帰宅したければ、一緒に帰ってくることもできるかもしれないから、とにかく学校には行って、ベジタブルボックスも取りに行かないと・・・と、中途半端に納得させて登園。

しきりに、マミーの仕事の時、静かにしているから、PLEASE連れて帰って・・・と言いながら。

木曜日も「外」の子だったから、外へ行くと、火曜のこともあって、先生が「今日も行かなきゃ行けない?」と声をかけてくれた。

庭では素敵な事が始まった。
雨水を溜める木のたるがあって、その上に井戸のポンプがついている。
樽にはハシゴで登って、樽の上でポンプを押す。

出てきた水は、予めなんとなく川にみたてた溝を流れるから、子ども達は川を広げて遊んだり、ボートを浮かべたり、橋をかけたり・・・

先生が、ポピーもやってみようー。と誘ってくださって、ポンプをちょっと楽しんだ後、「じゃあ、お母さんは帰らないといけないから」と、ポピーを抱きとめてくれかけた・・・(けど、さっと察知したポピーは私の元へ飛び込んできて、またまた無理やし引き離してしまった・・・)でも、ポピーは泣かずに我慢し、ちょっと間しょぼんとしていたらしい・・・。

迎えに行ったときは、そんなに嫌な顔もしていなかったけれど、「学校には行かない」の一点張りで、午後を過ごした。


今日(金曜日) 朝から学校には行かないの連発。
それでも、今日は私も用事はないから、一緒に行くからと納得させようとした。・・・でも前回、前々回の強制が「信用」を消した。どうしても行かないと言い、本当にベッドにしがみついて、家を出ようともしない。

しょうがないから、「じゃあ、マミーだけ行く」と、ドアを出てみたら、上の窓から見ていて、バイバイーと手を振ってる。それなら・・・と車を走らせて見たけれど、動揺する様子もない。しょうがないので部屋に戻ると、「行かないー!」大プロテスト。抱っこするのさえも大変で、最終的にはあちこちつかめる所は掴んで、離さない・・・。と、家を出るのに一苦労。そして車を止めてからも、車から出ない。

そんな感じでようやくたどりついた幼稚園。
ずっとしがみついたままリングタイム。

また外だったので、先生に「今日はずっと一緒にいると約束したから、付き添うつもりです」と話すと、庭へ出る前に先生が来て、「きっと大丈夫よ・・・」と言いに来てくれたのだけれど、家での状況、今朝の事を話しているうちに、涙がボロボロ出てきてしまった。

その後、庭に出て外の先生が声かけてくれた時にも、涙がボロボロ・・・。涙腺って(というか、感情の波)防波堤が壊れたように1度ゆるむとホントに止まらない。

ポピーが自分の居場所として心地よくなるまで、思ったよりも時間がかかりそうで哀しい。



そして、実はこの流れの水面下には、私の思いというのも影響していると思う。
正直な話、担任のやり方がシュタイナーじゃないんじゃない??という部分が多いということ。これは、自分の中で見ないようにしていて、そんな風に思ってはいけないと言い聞かせていたところがある。

これはFLOWラインでいう(今日みたいに私も思いっきり感情に揺られているけど!)ポジティブシンキング。「ジャッジしてはいけない」ということも重なっているのだけれど、ジャッジはするものではなくて、「もうしてしまっているもの」なんだと再確認してしまった。
そして、もうしてしまっているジャッジメントは、なかったことにはできないのだと。

私が担任に見ているのは、「理想はわかっていても、現実ではかならずしもそれが応用されていない」という現実でもあって、それは、私自身にも言えること。結局、「誰がどうこう」というものはなくて、全ては自分の投影。私に与えられた課題は、担任の先生を通して、自分をゆるすこと。ポピーを通して自分を赦すこと。

選択肢は二つに一つ。
エゴか、ホーリースピリットか。
エゴを取れば、この事に関して、あたかも自分の責任ではないとして、担任に抗議する。
ホーリースピリットを取れば、相手も自分だと思ってゆるしていく。

今まで、随分エゴイスティックに生きてきていると気付かされざるをえない・・・。

実は、これに気付いてから、実際に先生の雰囲気は変化したとも思う。
自分が変われば、周りが変わるというのは、このことだと、気付きながら・・・今日は、ポピーの大プロテストに哀しくなってしまったのだけれど。

ポピーのプロテストは、私の思い込みとか、恐怖とか、堅くなさ、抵抗・・・そういったもの。
実際の現実の出来事とは距離を置かないと見えてこないのも、エゴマインドのトリック。

とりあえず。涙を流すのは、それだけでもヒーリングにもなるし、(感情に呑まれてしまったら苦しいけれど、リリースと言う意味ではもう元々持っていた溜め込んだ感情に過ぎない)今日は大きなヒーリングデーの様。


 PS
この日記書いて、エゴマインドのトリックにはまってちゃ駄目ねー・・・と改めて気付いたら、もやもやがスーッと消えて、自分自身に戻った感じ。8時から親たちの親睦会があって、それに参加するなんて今日の私には無理(1日中、1分で泣けるくらいだったから)と思っていたのに、時刻は8時半、ふと「やっぱり行こう」と言う気になり、3時間ほどおしゃべりに行って来た。

感情に呑まれることの意味を改めて学んだし、緩んだ涙腺もホーリースピリットに沿うことで、一気にクローズ。なるほど、そういうものなんだーと実感。極端な話、1年間中ずーっと哀しみという感情に浸っている事も出きるし、同じ感情を1分で切り替えることすらできるんだと実感した。

もちろん、現状は解決してないけれど、霧が晴れてきた感じ。
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by nu2meg | 2008-09-20 04:29 | 子育て

エラ効果薄れる・・・

せっかくエラのお陰ですんなりセトル・・・と思っていたのに、そうは問屋が卸さず・・・。
がーっくり・・・。

今朝はリングタイム前に「じゃあねー」と去ろうとすると、しがみつき。
アシスタントの先生が応援に来てくれて引き離そうとしたら、大泣き。
3歳児でも私に似て(笑)かなりの握力&筋力なので、引き離せない・・・。泣いていたらクラスの迷惑なので、廊下へ出て、リングタイムは一緒にいるということで、教室へ戻った。

リングタイムの後、クラスのメンバーのうち8人は先生のセレクトで(予めゴールデンブックに書かれている)「ガーデンチルドレン」。ポピーは昨日選ばれて、楽しんでいた様子だったので、今日も名前が入っていて、よかったねーっと思ったのだけれど・・・

外に出て、友達と遊んでキャーキャー言ってるくらい落ち着いたのを見計らって、「じゃあね」というのだけれど、帰ろうとすると駄目・・・。最後には、もうしょうがないや・・・と、外担当の先生に預けた。

もちろん、素直に離れるわけもなく、かなり無理やり泣きじゃくる中のバイバイでもあった。数日間OKだったのだから、OKじゃないわけはない・・・。私が中途半端に選択肢をあげ続けるのも良くないなと思ったから。(私の用事だってあるし) 先生の話だと、すぐにケロッというわけにはいかなかったけれど、徐々に落ち着いたそう。

一緒に外に出た子の1人は、ポピーと一緒に遊ぶと言って、優しくしてくれていたのに。


話は大きく変わって・・・。
リーマン破綻で、大きく揺れている金融業界。
もちろん、今に始まった事ではなく、約1年前に不況の兆しが見えたとき、ローレンスは厳しくなるぞ・・・と言っていた。(ちなみに、私は1%も興味のない世界なのだけれど、主人は金融機関で働いているから、ブラックベリーにリーマン破綻のニュースが飛び込んできたときはかなり動揺していた)

この数ヶ月、金融街でもかなりのリストラが進んでいて、突然の解雇の話は他人事ではなくなっている。リーマン勤めの人たちも、水曜日に「明日は来なくていいよ」と言われ、破綻を知らされたとか・・・。

こういう時こそ、明日はわが身かも・・どうしよう・・・と恐怖に満ちて生活するのでもなく(FLOWラインのネガティブ思考)、うちじゃなくて良かった、うちは大丈夫だから・・・と、見て見ぬふりをするのでもなく(FLOラインのポジティブ思考)、明日はわが身かもしれない事実(他も自分も無い)をうけとめて、自分に今大切なのは何かに気づく時なのかもしれないなと思う。そして、その大切なものを「あって当たり前」という傲慢な気持ちで持っているなら、周囲に感謝していくことが必要なのかな。


そうか・・・このポピーの「不安」も世の中の流れと一体化してるかも。
だから、どこでもゆるしが全てなわけだ・・・

現実に、明日大地震が起こる可能性だって、大事故に遭う可能性だってあるように、明日、一見自分とは無関係で、コントロール不可能な惨事だって起こるかもしれない。
テロも、会社の破綻も、ハリケーンも、交通事故も、実は大差のない出来事ともいえるかもしれない。

上手くいえないけれど、心の平穏を乱される出来事が起こった時こそ、感情に呑まれないで、自分の中心(FLOWライン)に自分を置く事が必要なんだと思う。
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by nu2meg | 2008-09-17 04:30 | 子育て

2日目

今日はキンダー2日目だった。

朝から「大きい学校は行かない。小さいのが良い(プレイグループなら行く)。」と言っていて、どうなることやら・・・と思ったけれど、とりあえず、「マミーも一緒に行くから。」で納得させて、出発。

ペグでヴァネッサ発見。エラはもうすでに中で遊んでると言うのだけれど、ポピーは本当にエラがスタートした事が嬉しかったらしくて、リングタイムの時もすぐに横に行って、楽しそうに歌を歌っていた。

これはいけるかも・・・とひらめいた私。
リングタイムが終わると、ポピーに言って見た。
「マミーはエラのマミーと一緒にお茶に行って来るね。」と。
そしたら、ポピーはこっくり頷いた。OKと。

先生もまあ、数日は一緒でも良いわよーと言って下さっていたので、この急転換にはちょっと驚きながらも、喜んでくださった。

ヴァネッサはというと、エラがあまりにサラリと1人でOKモードになったものだから、リングタイムくらい参加したい・・・という希望も通らずに、「もう、行って良いわよー」と先生に排除?されたので、外に出たときにはもう、近所の散歩をしていたので、電話で呼び戻して、うちに帰って2人でお喋りタイム。(今週は、ずっと付き添いの予定でいたので、儲けモン気分で)

迎えに行ったら、先生は「もう全然大丈夫だったわよー」と言って下さった。
・・・ということで、今までずーっとお母さんと一緒に過ごして、初めて幼稚園に行ったエラが、この1年間既に通っている同じ建物の生徒であったポピーのセトルダウンをヘルプしてくれたと言うわけ。笑(普通は逆だろうー!)

とはいっても、一応私なりにもヒーリングワークもしてた。
漠然とした恐怖が、自分にも共通する、リリースの要素である事。
そして、ポピーにはフラワーレメディもつくったし(やっぱり、人のことが気になって仕方ないらしい。。。)、なんとなく、教室のエネルギー的なもので感じた事もあったので、ダウジングしてみたら、やっぱり土地や建物についているネガティブなものもあったので、そのクレンジングもしておいた。

何はともあれ、意思を尊重しながら、すんなりと離れる事ができて良かった!
・・・・なのに、「明日は、小さい子のクラスに行く・・・」と、また言っていたけれど・・・。
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by nu2meg | 2008-09-12 03:11 | 子育て

キンダー初日

今日は、キンダー(幼稚園)初日だった。

月曜が、もともといる子だけ。
火曜は、プレイグループ(保育園)から上がった子の初日。
木曜が、外から来る、初めての子たちの初日。

と言う感じで、じわじあと、新生活が始まる。
1クラス24人。3歳から6歳までの縦割り。

学校が始まるということで、わくわくしていたポピーだけれど、プレイグループのドアではなくて、キンダーのドア・・・。午後に何かしらの行事があるときはこのドアから入るのだけれど、ポピーはそれが大嫌い・・・。

ミーティングとか、ワークショップとかいう行事のたびに、不規則で先の見えない時間を味わう事になるから・・・だと思う。(それだけの理由であって欲しい・・・)

今日は午後から友達も来るし、朝一でする、リングタイム(歌・遊戯の時間)の後に、私はバイバイする予定でいたのだけれど・・・。それどころではないこと、一目瞭然。ポピーは「嫌だー、小さい子のお部屋が良いー」と泣き叫んで、ドア1M前で座り込み、泣き崩しスト。

いっぱいの涙を見ていて、気付けば私も貰い泣きしていたのだけれど、その涙にはコレという特定の感情は伴っていなくて、なんだか妙な気分・・・。相手も自分も無いから、ポピーは自分の投影に過ぎなくて、自分の涙でもあるということは分かるのだけれど、それが、自分が保育園に行く時に流した涙と重なっていた気もするし、そうでない気もする。

でも、1つ確かなのは、ポピーの涙の出所が、「恐怖」ということ。
これまた、フラワーレメディの出番だわ。。


ちょっと落ち着いたところで、抱え込んでペグの所まで行き、ようやく部屋に入った。
お母さん付きは、私だけ。笑
一年前と同じ、イチからやりなおしー。

知っている教室で、知っている友達も周りにいて、良く似たことをしていても、相変わらず、自分が安心できる場所になるまでは、私から離れないのだから、しょうがない・・・。(先日も友人宅で2時間以上は、くっついてて、遊ぼうとすらしなかった)

・・・ということで、ずーっと一緒に「初日」を過ごした。
キンダーはプレイグループの穏やかさに比べると、「元気いっぱい」と言う感じ。大きな子は、あれこれつかって、いろんなものを作って、遊びをリードする。気付いたら、電車ができていて、それに乗せようとしたら、「そっちでオイスターカード買ってからじゃないと乗れないよ。」と言われた。

ポピーはそいいうのを気にして、時には状況をみて笑いながら、私が逃げないように気を配り・・・。笑 最後の外の時間では、別のクラスになってしまった、前からの友達を見つけては、ふーっと私から離れて遊んだりもしていた。

とりあえず、落ち着くまで様子を見ることにしよう・・・。
木曜日に幼馴染のエラもスタートするから、ちょっとは違うかなあ・・・?とも(ちょっぴり)期待しつつ。。
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by nu2meg | 2008-09-10 03:40 | 子育て

人生のFLOWライン

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いつの頃からか、タロットをしながらふと「FLOWライン」というのをヴィジュアルに感じ始めて、対面でタロットにいらっしゃった方には、このFLOWラインの話もしている。

ブログでも紹介したいなと思っていたので、ようやくなんとなくのイメージを書いたのがコレ。
真ん中の黄色いエリアが人生のFLOWライン。ここには、生まれる前にスピリチュアルな存在の自分が決めた(了解してきた)もの。

この中のABC・・・というのは、人生の起こるべくイベント。
このイベントを通して、スピリチュアルに成長しようというもの。
なので、それぞれは、必ずしもハッピーなものだけではなく、どう考えてもヘビーなものも含まれている。そしていかにそれに左右されずに、そのイベントのメッセージをしっかりと受け止めるかというのが、スピリチュアルレッスンという感じ。

大切な出会いというのは、もちろんこのライン上にあるし、10代、20代の若い頃にふと思いついて深い理由もないままやってみたことも、このライン上。ただし、生まれてくる前にはイベントの順番は決まっていても、年というのは決まっていない。

なにしろ、Aの次はBであってCではないから。Bに到着する前に、「きっとこうに違いない」という思い込みや「こうしなければ」という届く当てのない目的に向かって、FLOWラインを脱線すれば、AからBまで2ヶ月で到達していいものが、数年かかっても不思議ではないから。

そして、現代人、多くの人は常に脱線するように(目的意識を持って、ゴールに向かって進むように)生きている気がする。それは、常に先のことを考えて今を生きていないということもあるだろうし、過去に囚われて、罪悪感や恐怖にさいなまれているから、FLOWラインから外れてしまう生き方をしているということ。そして、それは一般的にこうあるべきとされる、ポジティブシンキングも、どーんと落ち込んでしまうネガティブシンキングも大差なく、FLOWから外れている事を意味している。

今にフォーカスすること、ありのままに受け止める事というのが、FLOW。
私のイメージだと、森の奥深くで、修行する僧侶。
何が起こっても、動じなくて、にっこりうなずく感じ。

そこには、時間の感覚もなくて、静寂でいて、動じない強さと優しさがある。
全てをうけいれて、ゆるして、大きなものと繋がっている状態 atonement(ACIMにおける意味で、贖罪つぐないという意味ではなく・・・)

ちなみに FLOWラインは(下の絵にあるように)子どものときは太く繋がっている。
子どもが好きなことばかりして、その時を楽しんで毎日を過ごしている姿そのもの。

それが、10代になると、楽しむことが多いものの、苦しむ事(目的に向かってがんばること・不安になること)も覚え・・

20代になると、たまにはひらめきがあるものの、どんどん考える事が増える。
そして、その考えが頭の周りに黒い雲を作って、どんどん雲が頭を取り囲んで、もともとあった、FLOWラインのエネルギーは、細々としか入ってこなくなるから、どうすればいいのかわららなくなって、混乱してしまう。

人生のヴィジョンと言うのは、大きなエネルギー(ACIMのホーリスピリット)と繋がった時に、ふと垣間見れるもの。混乱した状態で、それが見えないのは当然。なので、人生あがいているなーと思うなら、自分の中心に戻る事が必要。

どんなに「今」が苦しくて、[今にフォーカスなんてできない][エンジョイするなんてとんでもない]と感じても、修行僧になったつもりで、メディテーションでもして、自分の頭の上にFLOWラインの光を感じる事ができれば、心の中に静寂があり、平穏があり、それが大きなモノと繋がっていることが分かるはず。そういうと、なんだか、現実離れしていて、現実に生きていないみたいだけれど、逆にいかにエゴマインドが苦痛な「現実」を作っているかを思い知らされるよう・・・。
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by nu2meg | 2008-09-03 05:37 | サイキック・スピリチュアル

気の向くままに・・・ 流れに身を任せて。
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