猛暑

b0027781_433292.jpg今年のイギリスは、気象史上一の猛暑。そうはいっても、暑すぎれば家を出ない・・・出るにしても10分以上の距離を歩かない・・・家にいれば涼しい(うちは4階建ての1階だから。)ので、「そうなのか」程度。

でも、庭の水遣りをじょうろでしないといけなくなって(今年は水不足なのでホースを使ってはいけない)、毎日1時間弱を水遣りに割いているので、雨が降ると、嬉しいの何の。猛暑と言っても、この1週間くらいか、雨もザーッと降ることがあって、結構気温も下がった気がするのだけれど・・・。今日、ハイゲイトのウォーターロウ・パークに行ってドキッとした。

この公園、あまりメジャーではないのだけれど、森林浴もできる雰囲気のいい公園。湖があるくらいだから、地下水もあるのだろうけれど、水不足で葉っぱがしんなりとした低木があちこちにあって、心が痛かった。(多分、庭園になっている部分はちゃんと水遣りが行われているのだと思う・・・)

うちの庭でも、1年草はしょうがないけれど、多年草はまだまだ、いつも元気元気!
そう思っていたのが、多年草も、ちゃんと水遣りをたっぷりしないといけなくなり・・・低木も徐々に、水不足になってきているのが顕著。(しかも低木が奥まったところにあるから、ホースなしで水やりするのは、かなり大変・・・)

この間、恵みの雨が降ったのに・・・。

地球の砂漠化をなんだか身近に感じてしまった。
サハラ砂漠に行った時も、「ココ、昔はオアシスでね、緑豊かだったんだよ・・・」という、だだの砂漠を見せ付けられたけれど・・・・「砂漠だから、砂漠化はしょうがないよね・・・」なんて、深く考えなかったのを思い出す。

温暖化のため、イギリスでいいワインができるようになるらしいけれど、そう遠い先のことじゃなさそう・・・。
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by nu2meg | 2006-07-30 04:29 | 日常

おんぶの考察

b0027781_233329.jpgポピーはずーっと抱っこで育ってきて、おんぶを体験したのは実家で母に無理やり(?)背負われたくらいなのだけれど、最近、自分からおんぶをしてもらいに来るようになってきた。

本人はただ、背中にやってきただけなので、おんぶをせがんだワケではないけれど、もう筋肉も発達してバランスも取れてきているので、おんぶしてみると、小さな時のように、足を突っ張ったり、背を反らしたりして抵抗することなく、「これもナカナカ良いね」と言わんばかり。私の方も、腕を後ろに回すことによって、肩の筋肉をほぐすのに具合が良いと気付いた。

・・・とまあ、ここまでは、フツウな意見なのだけれど、せっかくなので、この先はちょっとエネルギー云々を語ることにする。


人には、チャクラと呼ばれるエネルギーセンターがあり、メインは7つと言われている。
その中心であるのが、ハートチャクラ。
チャクラはそれぞれ、機能が違うと言うか、扱うエネルギーが違うのだけれど、ハートは、イメージしやすいように、「愛」を司る大切なセンター。

チャクラには、厳密に言えば、前と後ろもある。そしてそれぞれの機能も微妙に違う。
ハートチャクラの前は、愛を与える。
後ろは、愛を受け止める。

ハートの前同士が重なるのは、向かい合って抱き合う形。一般的にも、お互いが愛を分かち合う姿はこれがピッタリ来るので分かりやすいと思う。

親(大人)が、膝の上に子を乗せてうしろから抱える形は、本を読んだり、本人の意思で何かをさせておきながら、サポートするという状況で、実際に効率もいいので、よくやっている形。子どもは愛を受け止めながら、こうして自分でいろんな方向を向いて成長していくと言うイメージがある。
また、学生時代に「好きな人の背中に抱きつきたい!」と友達が言ってたのを思い出すけれど、愛を与える人が後ろ側にまわるというのは、エネルギー的にも理にかなった表現かもしれない。

・・・ということで、おんぶは、子どもがあふれんばかりの愛を与えてくれ、大人が微笑ましく受け止める形のように思える。そりゃあ、もちろん、「運んでもらうのが楽しいから」という理由もあるだろうけれど。きゃっきゃ言いながら、おんぶをせがむわが子を拒否するのは、親として難しいのもわかる気がする。


更に話を飛躍させると、子どもを褒める時は、ハートの前&前ハグで、瞳をしっかりとみつめるのが子どもにとっても最高の印象付けになる。もちろん、それはとってもイメージしやすいと思う。

で、怒る時はというと、シュタイナー的には背中から抱きしめて、耳元で諭すくらいが良いらしい。確かにそうすれば、子どもは、愛を受け止めながら、学んでいくことが出来ると思う。
例えば、何かを投げてこわして、あーあ・・・と言う時、目の前に鬼と化した母が現れて「だから言ったじゃないの」と怒りのこもった瞳でどやされるのと、母がうしろで抱きしめながら、「あーあ。割れちゃったね。」と言うのではエライ違いな気がする。(そうできるかどうかは別問題として:笑)

後ろから抱きしめる時は、愛が必要になる。
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by nu2meg | 2006-07-28 03:38 | 子育て

心に響く詩

良佳さんのサイトで紹介されていたのでシェアします。ネイティブ・アメリカンの教えがバックボーン&現代社会へのメッセージだけあって、ディープ。


  美の詩 「招待」

あなたが生活のために何をしているかは、どうでもいいことです。
私は、あなたが何に憧れ、どんな夢に挑戦するのかを知りたいと思います。

あなたが何歳かということも関係のないことです。
あなたが、愛や夢や冒険のためにどれだけ自分を賭けることができるか知りたいのです。
あなたがどの星座の生まれかということもどうでもいいことです。

あなたが本当に深い悲しみを知っているか、人生の裏切りにさらされたことがあるか、それによって傷付くのが怖いばかりに心を閉ざしてしまっていないかを知りたいのです。

あなたが、自分のものであれ、人のものであれ、痛みを無視したり、簡単に片付けたりせずに、それを自分のものとして受け止めているかどうかを知りたいのです。

また、喜びの時は、それが私のものであれ、あなたのものであれ、心から喜び、夢中になって踊り、恍惚感に全身をゆだねることができるかを知りたいのです。
気をつけろとか、現実的になれとか、たいしたことはないさなどと言わずに。

私は、あなたの話すことが本当かどうかには関心がありません。
私は、あなたが自分自身に正直であるためには、他人を失望させることでさえあえてすることが
できるかどうかを知りたいのです。
たとえ裏切りだと責められても、自分自身の魂を裏切るよりはその非難に耐える方を選ぶことができるかどうかを。
たとえ不実だと言われても、そんな時にあなたがどうするかによって、あなたという人が信頼に値するかどうかを知りたいのです。

私は、あなたが本当の美がわかるかを知りたいのです。
それが見た目に美しく見えない時でも、毎日そこから本当に美しいものを人生に汲み上げることができるかどうかを。

私は、あなたがたとえ失敗しても、それを受け止めてともに生きることができるかどうか、それでも湖の縁に立ち、銀色に輝く満月に向かってイエスと叫ぶことができるかどうかを知りたいのです。

あなたがどこに住んでいるか、どれだけお金があるかはどうでもいいことです。
それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれどんなに疲れ果てていても、また朝が来れば起き上がり、子供達を食べさせるためにしなければならないことをするかどうかを知りたいのです。

あなたが誰を知っているか、あなたがどうしてここに来たかは関係ありません。
私とともに決してひるまずに炎の只中に立つことができるかどうかが知りたいのです。

あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです。
私が知りたいのは、皆が見捨ててたった一人になった時、あなたの内側からあなたを支えるものは何かということです。
私はあなたが自分自身としっかり向き合い、その何もない時間の中にいる自分を心から愛しているのかどうかを知りたいと思っているのです。
                  
オライア・マウンテン・ドリーマー

原文はこちら


PS 良佳さんの7月27日のリンクサイトも必見です!!特に子育てママには??ううん、みんなに読んで欲しいー。
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by nu2meg | 2006-07-27 03:02 | サイキック・スピリチュアル

魂の旅立ち

昨日の午後、お隣のP氏が旅立った。その前日の夜から昏睡状態に陥っていたので、多分静かに旅立ったと思う。

P氏と関わることでたくさんのことを学んだ。
死にゆく魂のサポートとしてのヒーリング。
それは、すごくピースフルなものだった。
(もちろんそこにたどり着くまでにいろいろあったけれど)

クライエントの殆どが、何故か気付けばがん患者になっていたというヒーラーに話も聞いていた。彼に話を聞いていたからこそ、そのピースフルな感覚をより大切にできた気もする。

自宅最後の日、P氏は夜だというのに、突如芝刈りを始めたという。
彼は芝刈りの達人だったのだ。

芝なんて、放って置いても良い様に思うけれど(うちの庭はその状態!)、本当にきちんとしたイングリッシュガーデンを作るには、実際にはかなりの手入れが必要。ご近所さん、何件もの芝を手入れするほどの「芝」好きだった。

ドラッグがどんどん強くなって、あれこれ副作用が出て、時にはフラフラになりながらも、最後までほぼ自宅で日常生活を送っていた彼。夜中に芝狩りなんて、気がふれてしまった・・・と、奥さんがホスピスへ連れて行き、その後昏睡状態に陥ったらしい。

本人は、最後の力をふりしぼって、芝にお別れを告げたんだと思う。


死後の世界を信じない彼に、私はよく冗談まじりに言った。
「きっと、あなたが誰かに何かを伝えたくて、魂として現れるとき、芝刈りがいつでもできるような格好をして現れると思うよ。霊が服着ているなんて変と思うのは分かるけれど、だって、あなたが突如スーツ姿で現れたって、誰も分からないでしょ?ぜったいに芝刈りしてるよ!」

そういう時、彼はいつも、はにかんだ顔をしていた。

彼の瞳(魂の窓)が、どんどんと、優しくなっていったことが私には嬉しかった、私たちの1年半ちかくの、共同作業だった。P氏にお疲れ様とありがとうを伝えたい。

P氏はきっと今、残された家族を包み込むことに一生懸命だと思う。他人に哀しい思いをさせるのが苦痛だから、自分は無理をして、いつも「自分は大丈夫だから、心配しないで」・・・という人だったから。残された家族が、彼の愛を感じ取れますように祈って・・・。

素晴らしく手入れのされた芝を見るたびに、私はP氏を思うに違いない・・・。
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by nu2meg | 2006-07-25 18:31 | サイキック・スピリチュアル

着々と・・・

成長しているなーっと思わざるを得ない今日この頃。
言わずとも、よーく日常生活をマスターしている。
そんな姿を現す、いくつかのエピソード。

● 洗濯機に入っていた洗濯物を勝手にバケツに取り出し、それをラディエーター(暖防)にかけていた。かけられなくなったら、別のラディエーターへ移動して・・・。ただし、この洗濯物は洗う前のものだったのだけれど・・・。

● 朝はダディに「いってらっしゃーい」の挨拶でハグして、押し出すようにドアを閉めるのが日課。休日に、ちょっとダディーがでかけようとしたら、ハグにやってきた・・・。それを(じゃあ、遊んであげよう)と思って、いつもの通りにダディがふるまったのだけれど、ドアを閉めようとしない。その代わりに、テーブルの上に置いてあった、いつも持って行くバッグを指差して、「これ、忘れているよ!!」とアピール。

● アップルクランブルを作ったとき。クランブルの部分を作っている私を見て、さっと、居間に何かを取りに・・・。持ってきたのは、朝遊んでいた麺棒。普段はキッチンにあるものなのに、ちゃんと、その時にある場所もわかっていて、クッキーやパンを作るために、棒で伸ばすと思ったらしい。

● フルーツピッキング。いちご、リンゴに続いて、美味しそうなプラムが目に気付いたポピー。このプラムの木は、1歳の誕生祝いに買ったのだけれど、今年は花の数が5-6個。だから、できた果実も4つ!果実が重くなって、ポピーの手に届くところへ落ちてきていた。気がついたら、自分でちゃっかりもぎ取って、私に持って来てからガブリ。

りんごも、毎日落ちたものを拾ってくるだけでなく、手に届く範囲のモノをもぎ取ってくる。収穫されたものは、日持ちするようにビニールの袋に入れて保存・・・しているのだけれど、取ってくるたびに、そのビニールの袋の入っている引き出しをちゃんと開けてくれる。。。

● 言葉も増えてきた。・・・というよりは、音真似が上手にできるようになった?


感情面でも表現力は豊か。
まあ、嬉しそう、哀しそうという程度だけれど、「心が傷ついた」という表現は、笑いたくなるくらいアカラサマで、見ててほのぼのする。

下唇を突き出して、目はうるうる・・・でも、悲しみをこらえて泣かないようにする・・・というのが、定番?もちろん、うるうるお目目は、かなり「訴えて」ます・・・。
基本的には、「なんで分かってくれないの?」という気持ちが多いように思う。

今日起こったことで、例を挙げると・・・

食事の時間。ポピーはとりあえず自分が食べたいだけ食べたら、人に食べさせようとする。
私たちは、同じものを一緒に食べているので、別にいらないんだけれど・・・、私に似て「良いと思ったことは、たとえ押し付けがましいと思われても、気にせずに押し通す・・・」のだ。ちなみに、これはいわば私の「闇」な部分でもあるので、毎日反省の材料でもある(ポピーが照らしてくれている)。もちろん、バランスが取れていれば「光」な部分!なのだけれど、最近は、口をこじ開けてまで、食べさせようとしてくるし、これが他の子だったらと思うと、やはり限度を知ってもらわないと困る・・・。その鍵はやっぱり私自身が変わることなのかもしれないけれど・・・(繰り返しになるけれど、子は親の鏡なので)

今日は、ダディがマネをして、ダディのフォークで刺した物を、ポピーの口へ運んだら、ポピーがそのフォークを更に掴んで、「私」に食べさせてきた。でもそれが2度目になると、ダディは「駄目駄目、ポピーが食べるの!」と、戒めた。

即座に下唇。言葉が喋れたら、「ダディーの馬鹿!」と叫んで、他の部屋にでも走っていきそうな空気。そして、目は私に訴えている・・・。「喜んでくれると思ったのにー!」

ダディは男親だからか、自分が厳しく躾けられたからなのか、こうやってちょくちょくポピーの心を大切にするということを忘れがち・・・に、私の目には映るのだけれど、幸いにも、彼女はあまりにもアカラサマに「否定された哀しみ」を表現してくれるので、今後、ダディがどう変わるかがちょっと楽しみでもある。それにしても、「泣かない」というのは、「泣く」よりも深い・・・ 

1歳半の成長記録でした。
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by nu2meg | 2006-07-23 04:16 | 子育て

シティランチ

b0027781_520324.jpg前々からランチタイムにローレンスとお昼を一緒にしようーっと言っていたのだけれど、なかなか実現せず。最近は夜も遅いくらいだから仕事も忙しいのだけれど、今日はちょっとマシだし、出てこない?・・・と言う話になり、シティ(金融街)へ。

しかし、今日は昨日よりも涼しいらしいから・・・ということだったけれど、暑い暑い・・・。バスで出かけたのだけれど、バスの中は茹だっていた。そんなところに、ロンドンに住んでないと見られるフランス人女性が「あのー。エアコンはないんですか?すごく暑いんですけど・・・」とバスの運転手に喋りかけていて、ごもっとも、ごもっともと思いながら、違和感を感じることすら忘れていたことに気付く。

ポピーはそんなバスの中で眠りに・・・。ローレンスは残念そうだった・・・。
ランチは、セルフサービス・サンドイッチ、チェーンで、ラップ(メキシカンの小麦トルティーヤみたいなクレープ状のパンに、具を乗せてグルリと巻いたサンドイッチ)。オーストラリア生まれと言うこの店、フレッシュだし、ナカナカいけた。(今度、友達と持ち寄りランチする時に良い案!)
実は、私は社員食堂の日本食お弁当を買ってきて欲しかったのだけれど(笑)

途中で起きたポピーも、大満足。彼女は「珍しいもの好き」なので、いつもと違うものはかなりエキサイトして食べることが多い。そして、周囲の環境を興味深そうに見ていた。

それにしても、人口密度の高い芝生の上。
久々に、ああいうゴチャゴチャした雑踏の中に行くと、やっぱり田舎へ移動しなきゃ・・・と思ってしまう。

ローレンスは、雨が降ろうと、カンカン照りであろうと、気付くこともないオフィスの中で1日の大半を過ごし、普段はランチの時間はほとんどなく、仕事を続けているから、ちょくちょくランチに呼び出すというのは良いかもしれない。
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by nu2meg | 2006-07-21 05:41 | 日常

一生で2度目、ロンドンで2度目のスリに遭った。

友人宅へ行く前に寄った、マザーケア(ベビー・子ども用品の店)で。
その前に寄った、スーパーで、財布をしまう時、なぜかいつもしまわない、外側のポケットに財布を入れた自分がいて・・・、その時にすでに、「ちゃんと入れときなー」ともう1人の自分に言っているのだけれど、その自分は行動せず。

お店に入って、いつもはバギーと一緒に移動するのに、ポピーが寝たのをいいことに、バギーを置いたまま。財布入りのバッグもかけたまま。もう1人の自分が「なんて無用心な」と言っているのだけれど、行動せず。

なんか気になって、出口の所に立っている男が目に付く。
いつもは、警備員が立っているところ。
その男も、まるで警備員のように立っていた。
「私服警備員?」なんて思ったくらい、気付いている私。
でも、疑うことなく。

そのちょっと後、バギーに戻ると、バッグが開けられていて、すぐに気付いた。
スられた!!
もちろん、あの男はもういない。

何度も「ピピピ」と自分の中の警報機が鳴っていたのに、いつもならせめて「ヤバそうだから、プロテクション」とかするところ、何もせず。だいたい、バッグをおいたまま歩いているなんて、スリにハイドウゾーといっているようなもの・・・なのに、「私」はどういうわけか、そういう直観を完全に無視して自業自得というわけ・・・。

幸い、お店のスタッフの1人がとても親切に、警察の番号を教えてくれ、あっちこっち電話しなきゃ・・・とイソイソしている私に、冷たい水を買ってきてくれたりもして、世の中捨てたモンじゃないなあーなんて思えたのだけれど、この「よどんだエネルギーは何??」と頭の中でフル回転。

気付いた人もいるかもしれないけれど、先週の火曜は満月。
しかも、とってもパワフルなものだった。
満月というと、美しいイメージがあるけれど、闇を照らすという部分も含んでいるため、実は嫌な自分に気付かざるを得なかったり、感情的に揺さぶられたりしやすいエネルギーがある。

私はヒーラー仲間たちと同時刻にメディテーションたのだけれど・・・

パワフルな良いエネルギーとともに、そうでない、言わば紙一重のよどんだエネルギーの存在をすごく感じたのだった。その、よどんだ方は、良いエネルギーが感じられるとともに、ボロボロと剥がれ落ちていったのだけれど、よどんだエネルギーをまず体感することというのが大きな鍵に思えたメディテーションだった。

数ヶ月前から、私の中に「陰陽」の存在を気にかけさせるものがたくさんあって、それが私だけでないということもわかっていたのだけれど、今日また、この出来事でいろいろ考えさせられてしまう。

実は、満月の当日には、友人宅に出かけていて、パーキングチケットの時間の「分」の所を、削り「忘れて」50ポンドの罰金となっていたし、その後も解決済みだけれど、人間関係って難しいのね・・・と久々に感じる出来事があったし。
昨夜、ポピーは10時ごろから1時間半ほど「不安」に包まれた泣き方をして、私の胸の音を聞きながらようやく安心できて寝たという調子だったし、どこか「どんより」感が抜け切れないと思っていた。身体もどことなく重いし。


現金やカードのほか、母が倫子は自分で買わないだろうから・・・と某ブランドの財布をくれていたのだけれど、それをこういう形で失ってしまったことはちょっと残念。ま、猫に小判だから、所詮私には必要なかったって事で、誰かが大切に使ってくれればいいけれど・・・。お母さん、無駄にしてごめんー。

でも、財布がなくなろうと、なんだろうと、現実はたいして変わっておらず、それを示さんばかりにポピーはいつもの通り。

その後寄った、ヴァネッサは、いかにこの満月が彼女にとってヘビーであったか・・・を、私が聞くまでもなく口にし、何か嫌な予感がする・・・と言いだすし、エラは数日前から調子が悪い。

そして帰宅したら・・・友人から更によどみを体感したというメール。
数日前も、別の友人から「妙な不安感」を示すメールが来ていたし。
土砂崩れや地震のニュースも、妙に今の時勢にピッタリくる。
願わくは、このよどみが、これ以上広がらないことなのだけれど・・・。

そう書いてしまうと、恐怖心を逆なでしているみたいだけれど、怖がらないで自分に当てはめてみて欲しい。もし、私たちと同じように何か不可解なよどみを感じていたら・・・

完全にそっち(闇)に巻き込まれないように(=不安になる)、かつ「他人事である」と否定せずに、自分の中にある、不要なもの(闇)にどんどん気付いて、ポロポロ剥がれ落ちるのを待てばいいのかもしれない・・・。上手く表現できないけれど、みんな繋がっているから・・・。1人でも多くの人間が、そうすればいいのではと思う。

自分の中の嫌な部分は、認めることすら嫌なのは当然なのだけれど、それを認めることによって、その延長上にある、自分の良い所にももっと気付けるから・・。

自分を大切に思えれば、他人も大切にできる。
誰かに不幸があっても、私は大丈夫、他人事でよかった、と思えなくなる。
もっとみんなが寄り添いあっていけるように思う。

一例を挙げると、自然災害の時。結果的にお互いが寄り添うことになっている一面は誰も否定できないと思う。既にそうであれば、災害も必要でなく、まだ足りなければ繰り返されるということ・・・。

個人主義になってしまって、失ったものを、世界規模で取り戻そうと、いろんなエネルギーが働いている気がする。手っ取り早いショック療法で「闇側」のツールを使って・・・。「光側」へ導くために・・・。


気付かされて、スリに遭って良かったんだと思う。
もっと直観を信じて、マテリアルへの執着を手放す道が用意された気がするから。
それに、こうして、シェアできる場所もあることだから、行き着くところは、ありがとうございますに尽きるのかも。現実的なロス(闇)と魂に得た栄養(光)は秤にかけられないけれど。
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by nu2meg | 2006-07-20 03:50 | サイキック・スピリチュアル

りんご収穫

b0027781_1501840.jpgうちの庭のリンゴは収穫期が早い。普通は夏の終わり・・なイメージがあるけれど、いつもこの、夏真っ盛りが、収穫期。

手でねじってみて、ころっと取れるようであれば・・・ということなので、間違ってもぎ取っているわけではなさそう。それに、収穫期を目の前に、鳥やリスが食べ始めて、あちこちにリンゴが落ち始めるから、取らないわけにはいかない・・・。

でも、このリンゴ、あまりシャキシャキ美味しいというものではなく・・・
初めての年は、パカっと割ると、毛虫?が中に潜んでいたりもして・・・
丸ごとかじるには、ちょっと勇気のいるリンゴなのだ。

栄養が悪いのか・・・とも思ったけれど、毎年同じ。
そして去年は、近所のオーガニックの店で、香りも見かけも味もまったく同じものを発見し、リンゴの種類の名前がわかった。「ディスカヴァリー」という品種。これから植えるにはお薦めしない(笑)でも、すでに成熟している立派な木を抜き取ってまで、美味しい品種を植えようとも思わない・・・(ローレンスが何度もそうしようと言ったけれど・・・)ガーデニングのスキルがもっとあれば、挿し木とかして、美味しい品種の枝をくっつけるのだけれど・・・。

b0027781_157759.jpg今日は月がおひつじ座でフルーツの日(バイオダイナミック農法によると、月の星座で花・葉っぱ・根・果実の世話や収穫に適した日がある)。・・・ということで、ポピーと一緒に炎天下の中、赤くなったリンゴたちを収穫。

ポピーはこの収穫を待っていた様子。
いつも、リンゴを気にしていて、落ちているリンゴもちょっと口にして「まだまだ・・」と食べていた。
触ればポロっと取れるリンゴ取りが楽しかったらしく、明日から毎日、なくなるまでリンゴの木の下で抱っこをせがむに違いない・・・。

写真は、今年初のアップルクランブル。

昨日も今日もお昼寝をしなかったポピーは、5時前に夕飯を食べながら寝てしまい、無理やりお風呂と歯磨きをして、5時にはすっかり夢の世界へ・・・。

6時に寝ても、8時に寝ても、5時から5時半の間には起きるポピー。5時に寝ても同じように5時過ぎまで寝てくれるなら、生まれて初めて?12時間も寝たってことになるかも??まあ、あまり期待しないで私も早く寝よう・・・。


b0027781_2142250.jpg全く関係ない話だけれど、先日キティちゃんのフリッジマグネット(冷蔵庫につける磁石)を買った。一緒に入っていた紙をさりげなく読むと・・・

11月1日生まれのハローキティは、ロンドンに住んでいる・・・そうな!しかも、ミミーという双子の妹がいるんだって!

チェコ人の友達も、「子どもの頃から大好きだったのー。」とキティちゃんグッズをポピーにくれたし、スペイン人のバネッサもそれをみて、「ハローキティ、懐かしいわー。ティーンの頃に持ってるのがまたお洒落だったのよね・・・え?日本生まれなの?」と言っていた。

ロンドン住まいのキティちゃんは、「アルプスの少女ハイジ」や「ミツバチマーヤ」と同じくらい世界的に有名だったのだ!
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by nu2meg | 2006-07-19 02:23 | 食べ物

カンタベリー

行ってきました。
「ドリームハウス」を見るために!
現実的にどうであるとかいう、理性は捨てて(笑)

それはそれは、写真どおり、とってもステキな味わいのあるお家。
築360年とかの家だけあって、歪み具合も素晴らしく(笑)、ローレンスは頭をぶつけそうな部分もあちこちあり・・・という感じで、改築しないといけないところも多々・・・ではあったのだけれど、「これぞ、私たちが求めていたもの」という感じ。
庭は2エーカー以上で、リンゴの果樹園もあり、とにかく素敵!

    だったのだけれど・・・

Aロード(国道)のすぐ側で、車の騒音が・・・
こればかりは、無視できない・・・。
私は実家も国道のすぐ側だし、そう気になるものでもないのだけれど、ロンドンに住んでいるよりも、騒々しい場所・・・にわざわざ引っ越すのはやっぱりできない・・・。

田舎ライフはやっぱり、私たちにとって、静かにスローライフ&クオリティライフを楽しむというイメージ。もちろん、ローレンスは通勤しないといけないのだけれど、シティまで約1時間という電車もあるから、まったく不可能ではないという気になっている。交通費は年間に60万円近くかかることになりそうというから、それはそれで難点ではあるけれど。(イギリスに交通費支給や補助というシステムは存在しないし)

結果的には「引っ越す先」は焦点を絞られるのではなく、更に選択肢が広がった。(物件探しの原則は、探すエリアに焦点を絞ること・・・なんだけど:そうじゃないと、比較できないから、決められない)どちらにしても、夏の間はあまり物件が売り出されないのが一般的だし、のんびり探します・・・。
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by nu2meg | 2006-07-16 05:27 | 日常

おむつの話

b0027781_344221.jpg先日、友達とトイレットトレーニングの話をしていた。一般的には2歳ー3歳で始めるものらしい。

ポピーは4ヵ月の時から、おまるで用を足すことはあったのだけれど、2度日本に1ヶ月里帰りをしていたことに合わせて、日中おでかけすることが多いから紙おむつが主流になってしまっていた。(イコール、おむつ交換の合間にポティーという時間がなくなっていた)

布おむつが不便な点がもう1つ。
ズボンがはけないのだ。日本製のものは余裕をもって縫製してあるようなのだけれど、こっちのものはカッコ良くできているのか、布おむつのお尻に合うズボンは、裾を折らないと駄目。紙おむつの時はずり落ちてきて不恰好だし・・・

そしてもう1つの難点は、ポピーのおむつ嫌い。パンパースみたいに環境に悪そうなプロダクトは使いたくない・・・と思っていたのにも関わらず、結局はパンパースのパンツ式が1番便利になっていた。寝転がってゆっくりおむつを替えさせてくれないから、布をしようとすると逃げ出して、バラバラになってしまうし。環境に良い紙おむつもパンツ型はない・・・(トレーニング用のしっかりしたものはあるみたいだけれど)。


それでも先週から、家にいる間はやっぱり布を・・と、面倒でも布にすることに・・・したのだけれど・・・、案の定、おむつが付く前に走り逃げ・・・ということが続き、家事を優先させたりしているうちに、まあ、あったかくなったし、おむつ無しでもいいかーっと放っておくことにした。

当然、あちこちで用を足してくれた。まあ、うちはラグ以外の場所は拭けば済む床だから、気にせずに・・・。仔犬が一匹増えたくらいの気持ちなのだけれど、次にうちを訪問しておしっこ臭くなっていたら、教えてねー。(自宅だと感覚が麻痺すると思うので:笑)

さて、そこで気付いたのは、ポティーに座るのが嫌いになっていたこと。
やっぱり、続けてこそ・・・のモノだったよう・・・。(本格的にする人は、外出時まで携帯のトイレを持ち歩くという感じだった記憶がある)

日本で買っていたコットンのトレーニングパンツがあるので、おむつの替わりにそのパンツをはかせたりもしている(6枚しかないけど)のだけれど、そこで更に気付いたのは、「もうそろそろおしっこだろう」とポティに座らせても、上手に出せず、パンツをはかせた後、安心したかのように、おしっこが出ること。。。

これって、何かが当たっていなければ、おしっこしちゃいけない・・・って身体が学習してしまったに違いないと思う。紙おむつだと、濡れて気持ち悪いと思わないから、おむつがとれにくいと聞いていたけれど、布でも実は同じだと思う。ポピーはウンチが出ても特に気持ち悪がる子でもないし、「そういうもの」だと思っているのだと思う。だから、昔の方が、早くおむつが取れた理由は、単に洗濯の量を減らしたい親が早く取ろうとしたのかもしれない・・・


更に気付いたのは、先週に比べて、おしっこの間隔が長くなってきた気がすること。
今まで垂れ流しだったのを、コントロールできるようになったのかも・・・?
そして、「あ。でたー!」というサプライズの様な雰囲気から、おしっこが出る前には、モジモジして手で触るようになったので、そのタイミングでポティに誘導すれば成功することも多い。

ウンチも何度かポティ以外でしているけれど、なんとなく分かってきたのか、してしまった後に、「プープー」と言うようになったし、おもらしをした後は、気持ち悪そう。

インターネットでトイレットトレーニングについて検索してみると、「おむつにも卒業があるから急がずに」「おむつは取るものでなく、取れるもの」とも書いてある。理由は精神的な負担が大きいから(母子ともに?)。

もちろん、自然育児をという人たちは、環境のためにも早く取りたいですね・・・という考えが多いみたいで、「気持ち悪い」という感覚を学ばないことの危惧をあげたりもしている。

この夏、家にいる時くらいは、開放的に排泄をさせてあげようかなーっと思っている。この夏はおむつの外でする排泄って気持ちのいいものだと少しでも気付いてくれればいいから。おむつは来年の夏までに取れればいいなーっと言うくらいの気持ちで・・・怒らずに、そして褒めすぎずにというのもコツらしいからそれも心して。

写真は、今朝見つけたポピーのアートワーク。
キャンパスは、私たちのベッド(シーツの上)。
曲線も上手に書けるようになってきたみたい。
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by nu2meg | 2006-07-15 04:19 | 子育て

気の向くままに・・・ 流れに身を任せて。