義父への追悼

義父がこの世を去って、数週間になりました。

義父はオーストリア生まれでもともと獣医さん。
獣医時代にホメオパシーの良さを知り、レメディも使っていたそう。そして獣医時代にひょんなことから、ダウジングを知った義父は、その面白さにはまり、さっさと獣医をリタイアしてからは、いろいろなエネルギーを発見して、その法則性を見つけ・・・というように、特にアースエネルギー的な分野でのダウジングを得意とするダウザートしてその道では頼られる存在でした。

ヨーガの最終試験が終わったら、書こうと思っていた文章。
6月に英国に行く時に、一緒に読んでもらえるかなと思いつつ心の中では絶対にダウジング協会(個人的に関わりが多かったローカルなデヴォンダウザーにしたけれど)に投稿しようと思っていたもの。

残念ながら、私の試験の数日前に義父が旅立ったので、結局彼とは最後に会えずじまいになってしまったけれど、その文章がこれです。




自分の文章ながら、日本語訳しておきます(脚色入るけど)

入院中にネガティブなエネルギーを浄化することの大切さについて。
ダウジングの恩師でもあり、義理の父である、DRグンター・シュネックを偲んで
                    シュネック倫子 著

去年のクリスマス、グンターの健康状態が芳しくないということを聞いた私たち家族はみんなでデヴォンに集合した。(義兄夫婦の家族が2組と私たち)そして私たちは、実はグンターが長年、膵臓癌を患っていると知らされた。

この文章の読者には彼を直接ご存知な人もいると思うのだけれど、グンターはダウジング、特にアースエネジー分野においてのいろいろな発見に人生の後半を捧げた人だった。実はシュネック家の中で、この彼の専門分野に興味を示したのは、私一人だったこともあって、グンターは会うたびに、本当に、私にいろいろなことを教えてくれた、私のダウジングの師匠だった。

2月のある日、主人が急遽一本の電話を受けた。病院に入院中のグンターが危篤で後数日しか持たないだろうという話だった。私たちは国内旅行中であったにも関わらず、彼一人でムンバイにいったん戻り(書類がないとインド再入国が難しいから)イギリスに家族に会いに行くことになった。彼の二人の兄たちも、それぞれニューヨークから、ウィーンから、家族水入らずの最後のお別れにと家路を急いだ。

この話を聞いて、私が最初にしたのはダウジングだった。
グンタは本当に、危険な状態なのか?
  • 肉体的なエネルギーレベルは?
  • 感情的、精神的なエネルギーレベルは?
  • 彼のエネルギーを妨害している、サイキックエネルギーや、病院に残っている何かネガティブエネルギーがあるんじゃない?

この15年間、グンターのダウジングの教えとともに、ヒーリングを学んできて、私は病気の人が本人の自己治癒力を最大限に活かせない状況の中にいる場合もあることを知っていたので、とにかくいち早く、ネガティブなエネルギーがあるなら、それをクリアにすることが大切だと思った。もしグンターが私の立場で、バランスのとれた状態だったら、彼だって一番最初にそうしただろうことも知っていた。

彼の肉体レベル、そして感情レベルのエネルギーは確かに低かった。
たくさんの、妨害エネルギーが影響していることも明らかだった。

とにかくそのエネルギーを浄化することが私の役目だと、浄化しながら、グンターがまだ生きたいという気持ちを感じていた。・・・というのも、彼の精神的(メンタル)なエネルギーのレベルはまだまだ強かったから。

家族みんなが、グンターの死と向かい合わないといけないと落ち込みモードだった時、私の中には、強いFAITH(絶対的信頼感)があった。彼が回復することをダウジングで妨害エネルギーをクリアにした時に感じた。妨害エネルギーがなくなれば、ちゃんと自己治癒力が働く。そして彼にはまだそのパワーが残っていた。

とにかく、病院内に残っているネガティブなエネルギーというのは半端じゃなかった。もう肉体を去ったのだけれども、どこにいっていいかわからないエネルギー。まだ死にたくないという気持ちと、もう死んでしまいたいという気持ちが相反しながら強く強く残っていて、そのエネルギーは、入院中に「もう死んでしまいたい」と少しでも諦めの気持ちに下がるとスーッと患者に入ってくるかのような感覚。それは、まるで自殺の名所に残っているエネルギーと似ていると思った。「生きてたってろくなことない。もう死んでしまいたい・・・」少しでもそんな気持ちを自殺の名所を通りかかった時に感じていたら、やっぱりそのエネルギーがくっついてきて、「魔がさしたような」自殺をしてしまう現象があるように・・・(*ドラッグやアルコール中毒患者も同じ傾向があります。)

もちろん、病院にはネガティブなエネルギーがあるだろうとは思っていたけれど、それは私の想像を超えるものだった。きっと肉体的な限界ではなく、こういう妨害エネルギーによって、たくさんの命が先走って、不本意な死を向けているんだなという裏?の現実が私には明らかになった。ただでさえ、病気になれば落ち込みがちなのだから、「ふと落ち込んだ時に、入ってくるエネルギー」がいかに簡単なことかは想像できると思う。。。

その後、私は毎日グンターのエネルギーをチェックすることにした。はじめの頃は数時間おきにチェックしなきゃと思わせるほどの量で、どんどんクレンジングした。クレンジングと言っても、ヒーラーとして私がしていたのは、あっちへ行け!という方法ではなくて、手助けを必要としているエネルギーをあるべきところへ還してあげるようにヒーリングエネルギーを送る事。実際には、ちょっとヒーリングが必要な場合の方が多く、すごくシリアスにネガティブという存在はほとんどなかった。質よりも量というか、とにかく寄ってくる数は多かったけれど、浄化していくスピードも早かった。

数があまりにも凄かったということもあって、これじゃあ自己治癒力が働けないから・・・と、私は一刻も早くグンターに退院してもらいたかった。でも同時に、グンターが意図的にこの発見を多くのダウザーやヒーラーに広めるべきだと訴えている気もした。これは、まるで最後のジョイントプロジェクトなようだ・・・と感じながら、毎日エネルギーチェックと浄化に励んだ。

彼のエネルギーレベルが明らかに低い時、私は主人に「今日はちょっとローだったよ」とレポートし始めた。最初の頃は「ふうん」だった主人も、義母と電話で話をすると、私がローだったという日は確かにローだった・・・ということがあまりにも続くので、主人も私のダウジングを信じるようになってきた。

時には、義母の状態もチェックした。なんとなく、義父の感情状態が悪い時にチェックするとやっぱり義母を心配するかのような状態だったので、義母にも病院内に残っている似たようなエネルギーに左右されてバランスを崩しやすいことがわかった。とにかく、自己治癒力を最大限発揮できるようにと思って、ペンディラムを振る日々が続いた。

人生の最期は自宅で迎えさせてあげてほしいと、私は何度も主人に言ってきたけれど、それはもう自分の力で歩くこともできないこの状態では無理だ・・と言われていた。でもとうとう、4月の頭に朗報が来た。
医者としてすべきことはもうしてきたけれど、これ以上は手を施せないということで、退院が決まったのだ。

もちろん、家族の中でそのニュースに喜んだのは私だけだったけれど、心から神様に感謝したい気持ちだった。
この時ほどイギリスの医療システムのあり方をすごく素晴らしいと絶賛したこともないかもしれない。(日本なら確実に、死ぬまで病床ケースだと思う。*イギリスは国民保険的なシステムで医療費が国負担になるので、病院でケアする以上、国家の予算を使うことになるため、自宅へ引き取ってもらってプライベートでケアを入れてもらう方が経費削減につながる)

私が思った通り、病院を離れたらそれまでひっきりなしにクレンジングが必要だった状態が一変した。自宅で自分たちが愛でてきた庭を眺めながら過ごした時間は、グンターにとっても幸せな時間だったと思う。一刻を争うようなアップダウンの激しい状態から抜け出して、彼の病状は安定した。

実は、退院時に義母は「あと数日だろうけれど」という前提で退院に至ったらしいのだけれども、グンターは1ヶ月以上、自宅で余生を過ごすことができた。

ただ、私には一つの疑問があった。
いつまでグンターが私にクレンジングを求めているのか・・。

もし、グンターが私にもうエネルギーの調整をしなくていいよと思った時、私は頻繁にチェックしなくなるんじゃないか?それが彼の意思ではないか?そんな思いが私の中に浮かんできた。そして、そうなったら、それはそれで彼の意思としようと・・・。そういう姿勢でいることにした。

数週間ごとにイギリスに様子を見に帰っていた主人は、5月の半ばにまた戻る予定にしていた。私はなんとなく、グンターはローレンスが帰るのを知っているから、元気に違いないと思い込んでいて、数日間ダウジングをしないでいた。
そして、その日の朝、主人が車でデヴォンに向かおうとしていた時、(インド時間では朝)義母から父危篤のメッセージが入ったと主人からメールが届いた。

その日の朝はいつもよりちょっと遅めに起きたのだけれど、朝一でメールをチェックして驚き、朝一番にダウジングをした。
私はペンデュラムが止まるのを待てなかった・・・明らかにエネルギーレベルが低い。ちょっとドキドキしながら、私はとにかく彼の周辺のネガティブなエネルギーをクレンジングした。でもそれでも今までと違って、状況が明らかな改善を示さなかった。

唯一の救いは、彼の肉体レベル、メンタルレベルのエネルギーは低いけれど、感情レベルは満ちていたということだった。これまでにない、深い深い、優しいヒーリングエネルギーを感じながら、自分にできることをした。

その最期のエネルギーチェックは5月13日のことだった。
グンターは88歳の誕生日を、祖国オーストリアのザッハトルテでお祝いして数日たったばかりだった。

6月に家族で訪問する予定だったから、私はその時にもう一度会えることを深く望んでいたのだけれど、グンターはきっと最愛なる妻、義母のためにこのタイミングを選んだのだと思う。きっとグンターは自分が旅立った時に、義母をサポートしてくれる人がいるその時をベストだと判断して・・・(そしてまだこれから庭にたくさん花が咲くイギリスで一番いい時期に・・)

幸いにも私はグンターが感情的には満ちていた状態で旅立ったということを知っているから、自分の意思で死の時期を選んだ彼を素晴らしいと称えたい。インド人の友達は、スピリチュアルな人間として自分の魂の死のタイミングを選ぶことはそんなに簡単なことではないけれど、一握りの人間にはできる素敵なことだ・・・と言っていた。彼はそんな生き方を意識的にやってのけた魂の存在だと信じている。

グンターは、本当に楽しくてお茶目な人だったから、彼が今頃ニコニコと、歌ったり、冗談言ったりしながら、肉体のない軽くて幸せな魂の存在に戻ったことが想像できる。

私の5歳と12歳の子どもたちは、すでにダウジングに興味を持ってペンディラムを振っていたりする。
今後は私たちがダウジングするたびに、グンターの魂は私たちのガイドとしてふっと寄り添って見守ってくれることに違いない。

愛と感謝の気持ちを込めて。
シュネック 倫子

インドのムンバイにて
2017年5月18日

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# by nu2meg | 2017-06-08 13:39 | ヒーリング

ヨーガの世界観 7  シャットカルマ・アーサナ・プラナヤーマ

どうもこぼしているところがありそうなので、その他のまとめです。

完全に自分の復習のためだけれど、せっかくなので。笑)


ヨーガの解毒法

シャックリア・シャットカルマ


解毒の理由

1)病原の排除

2)内臓含む肉体を清潔にすること

3)身体機能を最も良い状態にしておくこと

4)免疫力アップ

5)長寿

6)精神的、スピリチュアル的に成長するため


シンプルに歯磨き(ダンタムラ)や目の体操(トラタカ)とかいうものもあれば、鼻洗浄(ジャルネティ・ストレネティ)、浣腸(バスティ)とか想像するにはまあ、なんとか大丈夫なもの、そしてわからないではない、重曹と塩入りのお湯を飲んで吐く(ヴァマンドウティ)という洗浄方法もあれば、想像を絶する布を端っこから飲み込んで、最後には口から出すというもの(ヴァストラ)まで存在する・・


一瞬、レバーフラッシュもあるのかと思ったけれど、さすがにその方法はなく・・・でももし書かれていたとしたら、やっぱり想像を絶するものだったろうなと思う。笑 ヨーガの道に入る前に、さりげなく解毒の必要性を感じて別方法でやっていた私ってすごいなあと思ったり(笑)実際に、体の内側が綺麗になれば、身の回りも整えたくなるという気持ちになるので、コンセプトはすごーくよく分かる気がする。


基本は、ナディシュディ:ナディ(エネルギーの通り道)の詰まりをなくすこと。

確かに肉体レベルでの詰まりは、感情・思考レベルでの詰まりの始まりを示すし、体の声を聞くことは、心の声を聞くことにつながる。解毒のスッキリ感は爽快だし。

とは言っても、今みたいに保存料や添加物が無い時代でも、解毒の必要性があったということは??? 現代人で不必要な人はいないだろうなあ・・・大体、食べ過ぎだし・・


ヨガスートラでは、ニヤマのソーチャで、不純なものを内的にも外的にも排除すること、ピュアなものを食すことが身体を内臓から綺麗にしていく大切さが書かれている。ただし、シャットカルマ的に詳しく解毒方法が書かれていたわけではないので、シャットカルマ、シャットクリアといえば、ハタヨーガのゲーランダーサンヒーターの右に出るものはない。


ハタヨーガプラディピカによると、肉体的な不調のある場合には、解毒すること(shodhanam/purification)がまず第一歩であると書かれていて、上記の布を飲み込む式(ヴァストラ)という方法のみが紹介されている。


ゲーランダーサンヒーターには、6つの分類のシャットカルマを細分した26個ものいろいろな解毒方法が記されている。(最も多い、ドウティはさらに4分化)もちろんだけれど、ヨーガの道に進む人というのは一般人ではなかったので、一般的に行われていたわけではないのだけれど・・・


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アーサン もともとは、座位

ヨーガのポーズは長時間、肉体の限界や苦痛を感じずに座って瞑想していられるようにというものなので、基本は座ること。いろいろなポーズはカルチャルアサナと呼ばれる。


パタンジャリ:アーサナは、安定感を与えるポスチャーというだけでなく、心地の良いもの。


解読者の訳

ヴァカスパティ(解読者):その人が居心地よく座れる場所

ヴィギャナ ビクス(解読者):特定の座り方

ラガヴェンドラ サラスワティ(解読者):安定感を快適さを与える座り方


自然から学ぶ

自然界の生き物が、理屈でない行動を取ることなど、ヨギたちは自然からたくさんのヒントを得て、アーサンを作った。肉体的、精神的、そして倫理的な視点からもアサナが作らてている。


ヨガスートラ: アーサンをマスターしたら、寒さや暑さといった状況にも影響を受けなくなる。


アーサナでは背骨が大切

肉体は、心と神経系をつなぐものであり、背骨をねじったり伸ばしたりすることで、筋肉だけではなく、神経系に深く働きかけることができる。

 中枢神経系:脳から背骨の神経

 末梢神経系:背骨から手足

 自律神経系:背骨から内臓(交感神経、副交感神経)

筋肉ではなく、背骨を意識して神経に直接働きかけることでバランスを取ることが、アーサナの役割。この理由から、アーサナは心と体をコントロールするものであり、肉体にとって疲れるようであったり、激しいものではあってはならない


呼吸のリズム

アーサナを最大限に生かすため(最大限に恩寵を受けるために)スリ・ヨゲンドラジー(ヨガインスティチュートの創始者、「家庭でできるヨーガ」を推奨し、伝統ヨーガのアーサナもプラナヤームも効果は保ちつつ、多くの人にとって役に立つことができるように改善されている。)は、ヨゲンドラリズム(ダイナミック)という呼吸法のリズムを考案した。


2;4;2 (例 2拍 吸いながらポーズへ:4拍 止める; 2拍 吐きながら最初に戻る)


伸ばすとき(どの場所を伸ばすかに注意しながら):吸う

縮むとき・よじるとき:吐く


一連の動きを分割することで、疲れにくく集中しやすくなる。

呼吸を止めるときに、身体へ集中できる。

カウントすること、動きをコーディネートすることで、集中力と心とのつながりが強くなる。

呼吸を止めることは肺の機能を活性化させることにもつながり、プラナヤームの前練習になる。


伝統的なヨーガのリズムは、スタティック。完成ポーズでゆったりと呼吸を続ける方法。本来のヨーガはこうやって完成ポーズに到達すると、そのポーズを数分も数十分も保つという形で行われる。スタティックのいいところは、完成ポーズにたどり着いていない身体を徐々に近づけるために、限界線を徐々に広げていくことができること。限界を知り、その時点で身体の力を抜き、空間を見つけたらまた、さらなる限界を求める・・・前屈などはこの方法でゆっくり確実に元々の限界を超えることができるようになる。


*初心者には、ダイナミックの呼吸法で3秒・6秒・3秒くらいのリズムで同じアーサンを3回繰り返すという方法が最も効率が良いとされる。とにかく「ゆっくり、丁寧に、最後まで急に脱力することない集中力」でシンプルなアーサンの効果が最大限に生かされるので、初心者が難しいポーズを極める必要性はない。


コンディショニング

アーサナの前に心を整えて、日常生活から切り離し、自分の心身と向き合う準備をすること。もし、心ここにあらずでアーサナをしたとすれば、その効果はほとんど無い。(ジムでテレビを見ながら走るのと同じで、肉体的には達成感のある難しいポーズをこなしたとしても、神経系に直接作用するという大切なヨーガの効果は心の集中なしには十分に得られない)


1日の量

毎日アーサナを行うことが何よりも大切。しっかりと習慣づけてアビヤーサ(練習)をすること。1日の時間としては30分程度で大丈夫。週に1度2時間のアーサナよりも、毎日20分のアーサナの方が効果的。(ほぼラジオ体操の雰囲気。実際にインド人の友達に、日本にもヨーガみたいな全身運動みたいなのがあるんでしょ?と聞かれた)毎日・・・ということは、習いに行く・・という方法ではこの条件は満たされないことになる。


特定のアーサナをしてはいけない人

正直言って、私はまさか自分がこの対象に入るとは思ってもいなかったのだけれど、厳密には、高度の近視という症状もここの対象に入る。そしてまた、網膜剥離にまでなってしまったのだから、プラナヤームにも制約がある。もちろん、アーサナによりけりなのだけれど・・・


特に制約が多いのは、心臓疾患のある人。高血圧の人。低血圧の人。ヘルニアの人。急性リューマチの人、頚椎症の人。妊婦さん。これらの症状に対して、いい効果があるという研究結果もある中で、特定のアーサナはリスクを伴うとされるので。


とりわけ200時間のトレーニングを受けただけの、レベル1の私には健康な人しか教えることができない。500時間のレベル2になると身体的症状の制約のある人への対応もできるようになるので、どうサポートすればいいのか、気になるところだけれど・・・(でも現時点では、インスティチュートで学ぶには、小さい子がいるにはとっても無理な時間帯なのです・・残念)


基本的に、動きが大きくなると、血流が大きくなるので、心臓疾患者、高血圧者にはダメ。


爪先立ちをするような、バランスをとるアーサナにおいては、低血圧者、めまいのある人、膝が痛い人にはダメ。


内臓疾患のある人、開腹経験者は、その部位を圧迫したり、捻ったりするようなアーサナはダメ。


妊婦さんも、もちろん腹部を圧迫したり、捻ったり、逆さになったりというアーサナはダメ。


頚椎症やヘルニアなども、特に捻りが入るとリスクが高いので、要注意。


そして私のケース。極度の近視には、視神経が引っ張られる前屈がダメ。


なお生理中の人も、腹圧がかかるアーサナや、逆さになるようなアーサナはダメ。


・・・というように、基本的に「その人の体に負担を感じる」というアーサナは禁止されています。(最も、極度近視の場合、だからと言って負担すら感じてないから、『ええええ!!!?』だけど・・・)無理をしないというのが最も大切。もし、私にはキツイ~と思っても我慢してなんとかついて行っているスタイルなら、そのカリキュラムは自分に合っていないことになる。


終了して、疲れたーではなくて、気持ち良かったー!エネルギーチャージされてなんだか力が湧いてきた!というのが、理想であり、本来のヨーガのスタイル。

無理してでも、形を仕上げて、達成感!・・・では伝統ヨーガから離れてしまいます。


アーサンの効果

ヨーガスートラ:完全なアーサナをマスターすることができたら、暑さや寒さなどといった状況に惑わされることがなくなる。


一般的にはどう効果があるのか。

普段使う以上に背骨を伸ばせば、背骨と背骨の間の柔軟さが取り戻されて、隙間にゆとりができます。背骨の中心には神経が走っているので、神経系にもいい効果をもたらします。特に凝り固まって詰まっている場所がほぐされたとすれば、明らかに「流れ」が良くなります。

腹部を圧迫、またよじったりすれば、その部分にある内臓が圧迫されます。圧迫されることにより、血流が良くなるので、普段はしっかりと血流がない部分にもしっかりと血流が流れることになり、老廃物を取り除くディトックス効果も期待できます

普段しっかりと伸ばさない筋肉を伸ばすことも、肉体的なしなやかさとともに、精神的なしなやかさを取り戻すことにつながります。内臓圧迫と同じように、血流が良くなります。


肉体的なスポーツでも同じだと考えられがちですが、ヨーガには呼吸があり、意識の集中があります。呼吸は「気」を取り入れることなので、意識を集中することによって、体にはいい気が廻るという最も大切な効果もあります。


それぞれのアーサンの効果は、それぞれのアーサンがどこを伸ばしているか、圧迫しているかに気を向けることで、理解できます。

また、その部位以外にも力が入りがちですが、あえて脱力することがコツ。まずは、関係ない部位の力を抜き、最終的には、関係ある部分の力も抜くこと。


プラナヤーマ

プラナ:人間が生きるために必要な「気:バイオエネジー」

プラナヤーマ:意識的に、気を整えたり方向付けたりすることで、心もコントロールすること。


ヨーガ的な呼吸

ラチャカ:吐く    吐いて止める(サスペンド):スンニャック

プラカ:吸う     吸って止める(リテイン) :クンバック

スタンバ:止める


ヨーガスートラ: 8支則の4番目。

目的「呼吸を制約することで、心が穏やかになる。」


ハタヨーガプラディピカ:

呼吸が乱れたら、心も乱れる。呼吸が整えば、心は穏やかになる」

 バンダ:ハタヨーガのテクニック。
    ジャランダ・バンダ  ウッディヤナ・バンダ ムーラ・バンダ

 ハタヨーガ8つのプラナヤーマ

    スーリアベンダン・ウッジャイ・シーッカリ・シータリ・バストゥリカ・  

    ブラマリ・ムルッチャ・プラヴァニ

 目的:「マノンマニ」完全なる平穏な心の状態。

    シュシュンナナリの流れに滞りがない時にしか、この状態にはなれない。

    クンダリニ


心は常に感覚の影響を受けている。プラナが不安定な限り、心は不安定になる。だからプラナを整えることによって、心の平穏を促すのがプラナヤーマ。

  • まずはシャトカルマで肉体を浄化しないといけない。
  • プラナヤーマの前にアーサナは完全に極めないといけない。
  • プラナヤーマは完全に捧げながら綺麗な心で定期的に行わないといけない。
  • プラナヤーマは焦らずゆっくりと完成させるものである。
  • 始めたばかりの頃は、ミルクやバターなどを摂るべきである。
  • 呼吸機能がしっかりと順応し発達した上でスタートすべき。


プラナヤーマの危険性

  • ゆっくりと時間をかけなかった場合、プラナヤーマは人体に悪影響を与える。
  • ホメオスタシスは乱れ、精神分裂をも引き起こす。
  • しゃっくりが出たり、呼吸が乱れたり、カタル症状が出たり、頭・目・耳の痛みが出たりする。
  • 心身病の症状を引き起こす。


プラナヤーマを始める前に注意点

  • スークアーサンなどで5-10分はコンディショニングする。
  • 腹部を安定させておく。
  • 背骨はまっすぐしっかりと集中して行う。
  • 激しい、早い、スムーズでない動きはしない。
  • 注意深くゆっくりと呼吸すること
  • 完全に集中して行うこと
  • 12歳以下には厳禁。
  • てんかん、めまい、頚椎症、断食をしている人は座って行う。
  • インスティチュートのプラナヤームは家庭用に改善されているもの。
  • 30ラウンド以上はしないこと。
  • アサナの後にするもので、食後3時間以上経っていること。


プラナヤーマの共通した恩恵

  • 自分の心の動きに気を配ることができるようになる。
  • 神経を穏やかにする。
  • 考えがクリアになる。
  • 効率が良くなる
  • 客観的に見ることができて、手放すことが楽になる。
  • 集中力と記憶力を高める。
  • 感情温和になる
  • 自信を持てる
  • 心と体のコーディネーションが良くなる
  • 身体的にも精神的にもエネルギーアップ。

追伸
おかげさまで、無事合格しました〜!
試験官の先生方もとっても素敵な方々でした。
合格の秘訣は、基本はしっかり勉強して丸覚えでなく、自分のことばで理解する事。
面接はありのままに、正直に?


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# by nu2meg | 2017-05-14 19:48 | インド

ヨーガの世界観 6 健康、病気予防ためのヨーガ

とりあえず、今回でQCI(インド中央政府が行う資格)勉強のヨーガ理論部分は終わり。1ヶ月のコースでは、この他に解剖生物学の基礎をさらっと習い、QCI必須のアーサンとプラナヤーマ、クリアを習い、またヨーガインスティチュートの行っているアーサンやプラナヤーマやその他インスティチュートで大切にしていること、そしてもちろん教え方を学びます。宿題も多くって、かなりハードでしたが・・・。

インスティチュートの試験は、ヨーガはストレスを増加させるためにあってはならない!ということで、基本的には受験資格を失わなければ(5日以上休んだりして)合格になります。ヨーガが1ヶ月でマスターできるものでも、1ヶ月で完全に教えられるなんてありえないので。(この辺あまりにゆるくていいのかと思ってしまうくらいだけれど・・・)

そしてQCIテストは、翌月の第3水曜日かそれ以降に、受けることができます。
実はこのテスト、独学で受けても良いそうですが、ヨーガインスティチュートのコースを通して受ければ、筆記と実技は免除され、当日の試験はたったの10−15分の口頭試験のみ!(と言っても合格率は50%と低い。)しかも、普通に受ければ外国人プライスが適応となり、かなり高いのだけれど、インスティチュート通すと現地プライスにさらに口頭試験のみ価格が適用。遠隔に住んでいる人にはスカイプでの口頭試験もあります。なんだか得した気分!?(そういう人は、インスティチュートの宿泊棟に滞在してコースを受けてます。)

こうやって、日本語に直して復習しつつヨーガの深さが改めてよくわかった気がするので、インドの国家資格に受かろうと落ちようと、まあ、どっちでもいいや(ヴェイラーギャー)という気分になりつつ、外国人プライスだったら受けようとしなかったかも(申し込んだ時点で気づかなかったけど)っと思う私です。笑

前置きが長くなりました。

健康のため、予病のためのヨーガ

WHOの定義「健康」
肉体、知的、感情的、社会的、精神的に完全に良好な状態。
*病気のない状態とは言わない

辞書での「健康」定義
体と心と精神が安定した状態。特に病や痛みのない状態。

ヨーガはセラピーか?
ヨーガの自然な産物として健康を促すという事実があるけれど、厳密にはセラピーではない。医療科学者によると、ヨーガは神経やホルモン系のバランスを整えるという働きがあるとされ、ヨーガセラピーという存在すらあり、多くの人々を惹きつけたが、その一方で本当の意味が失われつつある。

ヨーガが治癒方法として推奨される理由
アーサンとプラナヤーマを続けることは、肉体的な苦痛を取り除くことにつながる。
ヨーガのプラクティスは、肉体的、精神的疾患、心身症などの治癒や予防に役立つとされている。

病気の治癒よりも予防を
病気になる前に、人は何らかの体からのサインに気づいているはず。もしその時に、きちんと対応していれば、病気が深刻化することはない。
病気を予防するためには、異変にいち早く気づき、心の声を聞くことが必要になる。

*これはヒーリングで習ったことと全く同じ。原文には心の声とは書いていなかったけれど、症状が出てきた時の「感情」に意識を向けて、その感情がネガティブな場合は、その心がアヴィ(病の元)となります。たいてい気づいてすらいないのだけれど、ヨーガでいう、リフレクションという方法で行動と感情を振り返り、そういえば!と思い出せます。肉体的な痛みなのに心に原因があるというのは不思議なようだけれど、個人的には膝の痛みからお腹の痛みまで気づくことですっと治った経験があります。

なぜ人は苦しむのか?
人生の意味を勘違いしているので、人は苦しまないといけないと思いがち。
今の日常では、不調になると医師に治してもらうという考えがあるが、彼らは症状を薬で抑えることを得意とするので、病人個人を包括的に治癒しようとはしない。

病気の本来の原因は全く問われることもないので、症状はまた別の症状となって現れ、悪循環は終わることがない。これは個人個人が自分の内側に要因を認めないで、病気を外因として捉え、自分の心身、行動に責任を持たないことの表れといえる。

一方でヨーガの世界では、なるべく外部に頼らないという考えがある上、ヨギの最も大切な義務として、自分の心身のバランスをすべてのレベルで整えるということがある。

ヨーガの視点から見た、健康と病気
サンキャ哲学には、3つの痛みの原因がある
アディヤトミック: 心と体のアンバランスが原因
アディボウティック:虫刺されや、犬に噛まれたなど
アディダエヴィック:災害によるもの

ヨーガの考える病気とは
すべての病気は心が原因。
ハタヨーガ・プラディピカによるとアディはすべての病気の原因の心であり、ビャディ(病気)はアディが肉体にもたらしたマニフェステーションに過ぎないとする。

心がストレス下あると、ナディというエネルギーの通り道が邪魔され、詰まると考える。ナリの詰まりはプラナの流れを妨げ、病気を発症させる。ナリの詰まりを取ることが病気を治癒する解決策。


ハタヨーガの健康の定義

細い体、輝いた表情、澄んだ声、目の輝き、病気のなさ、制欲のコントロール、stimulation of gastric fire ナディが綺麗であること、


HANOPAYA (病気の治癒)

病気の根源を治癒すること。

根本的な考え方

  panchakosha

tritaap theory

triguna theory

yoga chara theory

tridosha theory (ayurveda)

パンチャコーシャ By Taitriya Upanishad

アンナマヤコーシャ  肉体レベル

プラナマーヤコーシャ すべての行動に関与。コスミックエネルギーからエネルギーを得る

マノマヤコーシャ   メンタル・エモーショナル 考えたり感じたりする 

ヴィギャーナマヤコーシャ 知的 決断力 洞察力 

アナンダマヤコーシャ   スピリチュアル レベル


トリグナ エネルギーの質 傾向

ラジャス

タマス

サトヴィック


食べ物

ラジャス : 辛すぎ、スパイシー、ニンニク、玉ねぎ、コーヒー、炭酸飲料、紅茶、甘すぎ 

タマス  : 肉魚、卵、時間が経過した食べ物、プロセスフード、インスタント、ファーストフード、添加物いっぱい、アルコール、タバコ、ドラッグ、揚げ物、

サトヴィック:ベジタリアン、新鮮な野菜と果物、全粒粉のパン、豆類、穀類、スプラウト、ナッツ、シード、はちみつ、ハーブ、ミルク


ヨギがベジタリアンな理由

健康的であるということのほかに、すべての生き物は自分の一部であるという考えがある。


*インドは宗教上、何世代もベジタリアンな人がとても多い。でもこれまた宗教上?牛はお母さん的な存在で、母の乳をいただく的に、牛乳や乳製品(特にギー)はかなり絶賛。チャイは体に良くないと皆が口を揃えて言うのだけれど、チャイ自体は良さそうなのに、そこにミルクと砂糖をたっぷり入れることが問題なんじゃ?と外国人の目には映る。でも砂糖抜きのチャイはやっぱりインド人にはありえないらしく、インスティチュートで出るハーブティーには基本、砂糖とミルクが入っている(抜きも選択できるけど)・・・笑 インドの食事は基本的にはかなりラジャス。地元民にとって、このなるべくサトヴィックにというのはかなりの試練なのです。(うちの食事はほぼサトヴィックだけれど、ニンニクと玉ねぎは大好きで、こどもは揚げ物も大好きだよね?)


アユルベーダ的な食事の中のグナ。

the 5 elements

the 3 dosha

the 6 tastes

the 3 grade of gunas

これらのすべての要素は絡み合ってお互いに影響し合っている。

ここでは心と体に大きな影響を及ぼすとされる3グナについてのみ説明。


サットヴァ:「いいもの」ニュートラル、新鮮な野菜と果物、豆類穀類・・心をクリアにする、消化に良い、愛を込めて用意されている、添加物なし。  → ハッピー&平和的な人を作る

ラジャス: 「パッション」陽性、ニンニク、唐辛子、カフェイン、卵、クオリティの良い肉、アルコール、缶詰食材、怒りで作られ、油で揚げられ、料理しすぎたサトヴィックな食材もラジャスに入る。   → 熱血キャラだけれど、目的が達成できないと、簡単に怒りに転換

タマス:「無視」陰性。消化に時間がかかる、玉ねぎ、キノコ、お肉、残り物(時間が経過したもの)冷凍食品、レトルト、電子レンジ調理   →  やる気なし、鬱、文句言い、凶暴、自殺願望、盗み・・


*日本の若者の一人暮らしの食卓って・・・かなりタマスで納得??日本の昔からの食卓は、本当に素晴らしくサトヴィックだと思う。いわゆる精進料理こそが最も素晴らしいとよくわかる。ちなみに、普通にお塩とちょっとだけのお醤油、ベイリーフでお豆のスープを作ってインド人友達に食べる?と出したら、「こんな料理は初めてだ!」と絶賛されました。スパイスがなくても美味しいなんて!ということらしい。笑


6つの味

甘い、塩辛い、酸っぱい、辛い(hot)、 渋い、 苦い

アユルヴェダ的には、これらのすべての味をうまく掛け合わせましょう(偏らず?)という。(確かに現代のインド料理はすべて行き過ぎではあるけれど、極端に甘く、極端に辛く・という風に)そしてそれらのバランスが、3ドシャ(vata pitta kapha)に影響するので、それぞれに合わせたものをいいバランスで摂ることが大切とされる。


パンチャマハブタ 5大元素

akasha 空間  細胞には隙間がある。心の動きが穏やかになれば、スペースがゆったりできる。

vayu 空気・風 体の中の空洞の部分。鼻、耳、肺など。肺と消化システムへの影響大。体のエネルギーに直接的に関与する。プラナヤームやカパールバティクリアで、体の空洞を綺麗にする。

agni  火 見ること、消化すること、体温に大きく関係がある。規則正しく食べることで火のエレメントのバランスを保つことができる。

jala  水 血液循環、腎機能、消化機能に深く関わる。水はクリアにも体を洗うことにも使われる。

prithvi 土 食事と深い関わり。お風呂に入りながらオイルや食材で肌をケアすることも。

例)火のエレメントが強い→脱水→熱  火と水のバランスが崩れたから発熱


ヨギにとっての健康的生活

心、体、道徳的、スピリチュアルレベルでの健康を健康的な生活とする。

いい状態を保つためには、常に自分の心、体、環境を整えておく必要がある。また自分が大切にするものが何なのか、動機はどこにあるのかを知り、必要に応じて態度を改めることも大切である。自然と近い存在でいることもまた、精神的な成長のためにも欠かせない。

自分の心がどう揺れ動くのか、どう反応しているのか、習慣になっている思考の癖がないか、常に自分の心と向き合い修正していくことが必要。


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# by nu2meg | 2017-05-07 12:30 | インド

ヨーガの世界観 5 ヨーガとストレスマネージメント

*QCI(インド中央政府が行う資格制度)のヨーガとストレスマネージメント

心理学とヨーガの相違点
心理学:心・態度・思考・認知の勉強

心理学的には、心は脳の働きに過ぎない。
ヨーガ的には、プラクルティからできているマナスが、記憶を含むいろいろな心理状況を左右する存在とする。

アリストロテラスが psyche という言葉を使った時、その言葉は「呼吸」に関連した言葉だったといい、それはチッタに近い存在(厳密にはチッタの方がもっと複雑)を示している。

心理学も発展にともなって行動観察から分析と変化した。
フロイトは、意識を3レベルの認識と考えた。
1)意識
2)前意識
3)無意識

ユングは、意識には個人的な意識だけでなく、全体的かつ世界的な意識があると考えた。(例:100匹目の猿現象)

ヨーガの意識:プルシャ 完全にピュアである意識

マスローの欲求段階説 人間は自己実現に向かって絶えず成長する
ヨーガ: プルシャルタ(人生の目標:dharma, artha, kama, moksha)

心理学は、不健康な人の行動や態度を健康的に変えようとする。
ヨーガは、本当に変化を望むのであれば、本人が軌道修正しないといけない、自分の原動力に気づかなければいけないとする。

欲求不満、葛藤と心身症

欲求不満(フラストレーション):動機が満足しない時に生まれる
葛藤(コンフリクト):2個かそれ以上の動機がお互いに葛藤し満たされない
  アプローチ:2つの嬉しい選択
  拒否:2つ以上の嫌な選択
  アプローチー拒否:嬉しくも悲しい選択
  複雑化されたアプローチ拒否:上よりもさらに複雑な選択

ヨーガ:心はそんなに選択ができるものでなく、状況を受け止めるいろいろなメンタル状態がストレスの原因になる。

プラマナ:正しい知識  例)子どもが転んで怪我をした。大丈夫か心配する。
ヴィパリヤヤ:間違った知識  例)どちらが正しいかわからない
ヴィカルパ: 想像・妄想   例)勝手に色々不都合を想像し不安になること
二ドラ: 睡眠
スムルティ: 記憶:体験した知識によるもの 例)前に失敗したから・・・ 

ストレス→アドレナリン(ストレスホルモン)上昇→筋肉の硬直、動脈硬化、高血圧、早く浅い呼吸→体内の酸素量が不足、栄養吸収低下→毒素が静脈や関節に蓄積→記憶力、集中力、洞察力低下→毒素のさらなる蓄積→心身症(高血圧、糖尿病、関節炎、喘息、偏頭痛など)

→体と心がリラックスしないと重症化。

心と体の関係

切り離せない関係がある。
ヨーガ:心のコントロールは難しいという前提。心よりも体のコントロールの方が簡単なことから、まず体をコントロールすることで心の状態を安定した状態へ持って行く。アーサンだけでなく、プラナヤーム、クリア、ムドラ、バンダ、ダーナ・・・など。

4つのポジティブな態度 バワ भाव
ダルマ  道徳的な行い 
 ギャーナ 正しい知識を持った行い
 ヴェーラーギャー  お任せすること・エゴを手放すこと
 アイシュワリア   強さ:上の3つが融合して本来の自分らしくなること

心の状態をネガティブから、ポジティブに態度を持って変換させる。

メンタルハイジーン(心を綺麗にする)のヨーガ

ネガティブな心をポジティブに綺麗にしていくこと。
ソーチャ:清掃 心の内側も、肉体も、環境も。
肉体的な清掃:クリア・アーサン・プラナヤーマ・プラティヤハール
メンタル・心理的な清掃:感情を穏やかにすること・執着やネガティブ感情を持たないこと

パリカルマ: マイトリ・カルナ・ムディティ・ウペクシャ

すべての心の状態は、自分に良いもの(アクリシュタ)と害を及ぼすもの(クリシュた)に分けることができることに気づき、クレシャー(ストレスの要因)に気づき手放すことが大切とされる。

メンタルヘルスとヨーガ

ヨーガの理想とする心の状態:落ち着きがあり、澄んでいて、執着していない → 集中することができる→自分の心をコントロールすることができ、環境に惑わされず、精神的に成長することができる

日常生活の社会的な環境、健康、心の状態や思いというのはメンタルヘルスに大きな影響を与えるので、心の底から健康になりたいという個人にとって、8支則はとっても有効。

ただし、やるからには中途半端な気持ちや形だけでは効果は期待できないし、難しいことへ先走るよりも、知っていることの本髄をじっくりと体感することが大切。また、何を目的とされているかの学びも怠ることなく、意識レベルでも成長していくことが大切。

メンタルヘルスにおける祈りと瞑想

絶対的な信頼感(faith)を持つことは、何よりも大切で、フェイスがなければ大きなエネルギーを得ることはできない。しっかりとフェイスを持ち(サンヴェガ)、精神的な成長を強く望めば個人は大きな成長を成し遂げることができる。ただしエゴや知識はその足を引っ張る素材となり、フェイスそのものは慈悲深く意味深いものである必要がある。

バクティの種類
サグナ:時間どうりに決まった場所で、リチュアルとして行われる祈り
ニルグナ:リチュアルではなく、常に無意識レベルにおいて、フェイスを持ち、大きな存在を感じること。

祈りはダーナの集中状態から、集中が続くディヤーナ(瞑想)状態に近づく方法でもある。祈りも瞑想も、心の状態をよりクリアにし、ストレスを解消させるためにとても有効である。

日常生活においてのヤマ・ニヤマの重要さ

人間関係に於いて煩わないことは健康を保つ秘訣。特に心のバランスを保つために、ヤマ・ニヤマの教えを実行することは効果的。

例えば、嘘をつくのではなく正直に生きることは、周囲の家族や友達からも信頼され強い土台を作ることになる。もしすべての人が盗まないということを実行していれば、誰も盗まれないかと不安になることもなくなる。(日本はこういう道徳観が世界一高いんじゃないかと思われる!一方今のインドは・・・親が他人を信用するなと子育てする社会だから・・・)

ヨーガでは、アヒンサは包括的なものであり、最も大きな意味を持つとされいている。(例 真実を言わないで傷つけるということは言葉の暴力でもあるという意味で)
ヤマ(アヒンサ)を実行すれば、善意と愛に満ちることができ、関わるすべての人と上手に関わることができるようになり、人間関係におけるストレスもなくなる。

近年の科学的な考え方によるストレスと、ヨーガの考え方

すべてのストレスが悪いわけではなく、良いストレス(EUSTRESS)はチャレンジ感を与えてくれるし、向上心を高める原動力にもなる。(達成感、勝利の爽やかさ、恋愛成就など)

ストレスの影響
肉体レベル:
頭痛・偏頭痛・吐き気・過剰な食欲・食欲減少・過敏性大腸炎・高血圧・疲れ・睡眠不足・
感情レベル:
心配性・優柔不断・うつ・喜怒哀楽のはげしさ・怒りや葛藤

ヨーガでは、間違った考え方(エゴと感情の影響あり);クレーシャマノマヤコーシャでストレス形成され、他のコーシャに影響すると考えられている。→心身症

バヒランガーヨーガ(8支則の最初の5つ)と、執着を手放すことで、これらのストレス要因は減少し、ストレスフリーに生きることが可能とする。

ストレスマネージメントに関してのヨーガの役割

クリシュタヴィルッティ(悪影響を及ぼす考え方)がストレスの要因。そしてそれをクリアにするためには・・・

クリアヨーガ
タパス:少々の困難を乗り越えて、過去のパターンから抜け出す修行。
スワディヤーヤ:自己を見つめる。文献などを読んで身心を高める。
イシュワル・プラニダン;お任せすること。

カルマヨーガ
何をするにも、「自分」を捨て、最大の努力をすること。「すべきこと」として頑張り、欲望の延長上にはないこと。深く理解した上で、完全に神に捧げる意志を持って行動すること。

ヨーガと人生のマネジメント

すべてのストレスが人間関係に起因するので、何かを失った時もまたストレス要因となる。あまりにも執着してしまうと心を見失うので、距離を置くということはとても大切なことになる。

状況に反応してしまわないように、客観的に状況を把握することで、問題は起こらなくなる。

自分よりも大きな存在があることを受け止めて、絶対的な信頼感を持ち、人生に起こることはすべて自分の成長のためにすぎないのだと受け止めることで、ストレスフルな状況をスムーズに乗り切ることができる。

さらに進んで、完全にフェイスが持てるようになれば、大変なことは自分よりももっと大きな存在がなんとかしてくれるはずと完全に信じ、お任せすることも可能となり、自分というちっぽけな存在に重荷を課すこともなくなる。(*例えば、ヤマ・ニヤマの徹底もされていない状況ならばここには飛べない・・)

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# by nu2meg | 2017-05-06 20:21 | インド

ヨーガの世界観 4 パタンジャリ ヨーガスートラ

*QCI(インド中央政府が行う資格制度)のパタンジャリ部分の復習です。(長いです・・)

Maharashi Patanjali は紀元前250年ごろに住んでいたと推測されている。
自己覚醒を綴ったものが、ヨーガスートラ。195の短くも意味の深い言葉が綴られている。

最も有名なのが、
ヨーガ(ヨガ) チッタ(心) ヴリッティ(心の動き) ニローダハ(止める)
*こんな風に短文なのだけれど、1つの言葉に10個の意味があると言われるサンスクリット。なんだか深いとも言えます・・似たような意味で違う単語が出てくるのだけれど、それは微妙な部分までわからないと違いがわからないはずで、外国人にはちんぷんかんぷんです・・・

1章)サマディ  समाधि  上級者向け  悟り
2章)サダナー साधना    初心者・中級者向け アシュタンガヨーガ・クリアヨーガで訓練
3章)ビビュッティ विभूति   特殊能力に気づく(けれど、そこに深入りはしない)
4章)ケイバリヤ कैवल्य    輪廻からの開放 ヨーガの目指すところ。

*いきなりサマディ章から入るところがすごいのだけれど、これがパタンジャリのヨガスートラの特徴でもあります。そして最終的にはもう輪廻を繰り返さず済むに美しい魂の存在になろうというのです。


ヨーガスートラの目的
パタンジャリはヨーガは彼が作ったものではないと明記。そしてヨーガは完全に心をコントロールするためのものであると徹底。もともと語り継ぐという文化背景の中で、パタンジャリまでの2000年ほどは、全く記すということがされていなかった。語り継ぐだけでは足りないと感じさせる流れがあったのだと想像される。

チッタ चित्त mind 心
17種類に分けられる (5つの感覚器官 5つの行動器官 5つの循環器官 エゴとマナス)

チッタブミ भूमि (ブフミ)心の傾向状態

1)Ksipta  シプタ ざわついた心

2)Mudha ムッダ マテリアリスティックなものに惹かれている心

3)Viksipta ヴィクシプタ 心がヨーガの方向へ向かっているけれど完全に集中はできないでいる

4)Ekagra エッカアグラ 完全なる集中。寝ている時すらサマディへ向かっている。

5)Nurudha ニルッダ  サマディへ向える雑念のなさ。最終的には輪廻からの解放へと向かう。


チッタヴィリッティ वृत्ति 考え 心の働き 

klishta  自分にとって害になることもあれば、  

Aklishta   無害な場合もある。


1)Pramana प्रमाण プラマナ 正しい知識

  プラティヤクサ(直接的な学び:見てなるほどと気づく)

  アヌマナ(推理:例 雲ゆきが怪しい→雨が降るな)

  アガマ(証言・教え)

2)Viparyaya विपर्याया  ヴィパリヤヤ 間違った知識・勘違い

3)Vikalpa विकल्प   ヴィカルパ 空想。妄想

4)Nidra निद्रा   二ドラ 睡眠

5)Smrti स्मृति   スムルティ 記憶 


上級者向けの解決策  頑張るけど、執着しない

1)abhyasa  अभ्यास アビヤーサ(アブヒヤーサ) 精神的、道徳的、身体的な強さを持って集中し、努力すること

2)Vairagya वैराग्य ベイラーギャー  期待しないで委ねること

順番

Yatmana 感覚的な喜びに重きを置かない。

Vyatieka ものに対しても執着がなくなり、必要と思うものが減る。断捨離!

Ekendrya 自分の心だけが手放せない。

Vaikara sangya 何も望まない。


pare vairagya グナの世界から抜けて、プルシャの存在に近づく。

サマディーすら望まない超越した状態。


イシュワラと、イシュワラプラニダナ(神と神に捧げること)

イシュワル:絶対神(宗教的な特定の神を示さない、永遠の万物の創造神的な存在:何か大きな存在に感謝したくなる・・・その大きな存在)

サンキャ哲学のカピラなどの超越した知識は、このイシュワルから直接的に知識を得たとされる。

目で見たり耳で聞こえたりしてイシュワルから知識を得ることはできないが、オームのマントラを唱えることによって、イシュワルのメッセージを体感することは可能とする。


イシュワラプラニダン:イシュワルの存在を確信し、完全にエゴから解放し神に捧げる(お任せ)ことで、葛藤や期待、クレーシャ(煩悩・ストレス源)を取り外すことができる。レベルが上がると神からのメッセージを受け取ることができるようになり、最終的には物質的なものに囚われなくなり、輪廻からも離脱できる。


チッタ・ヴィクペシェパス(アンタラーヤ)

ヨーガの道を進む上級者が面する足を引っ張る9つの心の状態。

1)ビャーディー ब्याधी

病気;病気になると、集中もできない。食事の内容・量・食事中の態度に気をつけないといけない。

2)スティヤーン सत्यान

わかってるけどできない!知識と行動が伴わない。

3)サムシャー समस्या

疑い:これでいいのかと迷って正しい決断ができない。

4)プラマーダ प्रमाद

物質的な快楽に溺れてわれを忘れる。

5)アラーシャ अलस्या

タマス(鈍性)のエネルギーが強く、面倒臭くなる。

6)アヴィラティ अविरती

感覚的な快楽の中毒、欲望。

7)ブランティーダルシャン भ्रांति धर्शन

特にヨーガの過程で超能力を得ることによって、もう十分に到達すべきところまで来たと勘違いしてしまうこと。

8)アブラダブミカトゥワ अलब्धा भूमिकतवा

もうここまで来たから、最終段階に届いたのだろうと勘違いし、最後の一歩を踏み出せないこと。9)アンナワスティタトゥワニ अनावस्थी तत्वनि

到達したのにも関わらず、その状態を維持できないでいること。サマディーをも目的で無くなることで本物のサマディに到達する。


*娘の宿題への取り組みがまるでここに・・・やらないといけないとわかってても(スティヤーン)どうもやる気がしない(アラーシャ)だいたい、宿題なんてどうでもいいよね? youtueでも見ようっと(サムシャー)、楽しい〜。(プラマナ)やめられないー(アヴィラティ)という具合に・・・あくまでも、上級者が陥る罠ではあるけれど、最後の3つを除けば、普通に凡人にも理解出来る行動パターンです・・・


サハブーワ アンタラーヤに付属してくる状態

1)ドゥーカ दुख  痛み

  a アディダエヴィック अदिदैविक 自然災害による痛み・苦しみ

b アディボウティック अदिभौतिक  虫刺され・蛇に噛まれるなど制御不可な状況によるもの

c アディヤトミック  आध्यात्मिक 自分の心が引き起こすその他全ての苦しみ・痛み

2)ドールマナシヤ दौरमनस्या 欲求不満による苛立ち、葛藤、落ち込み

3)アンガメジャヤトワ अंगामेजयतवा  貧乏ゆすり

4)シュワース 呼吸の乱れ(吸う)

5)プラシュワース 呼吸の乱れ(吐く)   4-5は喘息や副鼻腔炎、風邪なども引き起こす

チッタ プラサーダ  人との関わりの中で煩わないで、心を研ぎ澄ます

方法:パリカルマ:心を磨く

1)マイトリ 

「よかったね!」羨ましいなという気持ちの代わりに、他の幸せを自分の幸せと見ること

2)カルナ  

「残念だったね」他人の不幸を「ほらバチが当たった」と見る代わりに、明日はわが身とコンパッションを持って接すること。

3)ムディタ 

違う考えの人、厳しい恩師に対して、自分よりも進んでいる人に対しても敬意(ありがたさ・善意)を持つこと。

4)ウペクシャ

不要に関わって自分が傷つくよりも、コンパッションを持ちつつ敢えて関わらないこと。


*要は他人に対してどんな念も抱かないことだと思う。とにかく「念」が産むのは嫌なエネルギーの悪循環・・・念を抱かなければ、念を受け取ることもないので、まずは特定の人に対して念を抱かないこと。人間関係に距離を置くというと冷淡な感じだけれど、人間関係に執着しない。他人すべての環境を自分の一部としてみることが解決策? 

ヒーリングやダウジングしてても、この部分をクリアにすることがいかに必要であるかを痛感してます。



クレーシャ 不純な心 煩悩 ストレスの元

1)アヴィディア   他のクレーシャの原因になっているもの

    間違った知識・思い込み  純粋:不純 永遠:刹那 痛み:喜び 自分:非自己

2)アスミタ   わがまま エゴ

3)ラーガ    執着

4)ドゥエーシャ 回避

5)アブヒニヴェーシャ 死への恐怖・恐れていること


解決法:クリアヨーガ

 (タパス・スワディヤヤ・イシュワルプラニダン)


アシュタンガ ヨーガ 8支則  

パタンジャリ ヨーガ スートラの第2章サードナーで紹介されている。

(*近年流行の激しいパワーヨーガ的なアシュタンガヨーガは別物)

これについては、ヨーガをかじったことがある人なら当たり前に知ってるーくらいな有名なもので、ネット検索すれば日本語でもいくつも出てくるものなのだけれど、これさえ私には初めて!でした。なので、この勉強がどんなに大変だったか!


1)ヤマ(してはいけないこと)

2)ニヤマ(すべきこと)

3)アーサン(いわゆるヨーガのポーズ)

4)プラナヤム(呼吸法:呼吸に伴って気を流す)

5)プラティヤハラ(5感に頼らない→心が揺れなくなる)

6)ダーナー(集中)

7)ディヤーン(瞑想)

8)サマディー(悟り)


この順番です。

このうち最初の5つは バヒランガ・ヨーガといい、最後の3つは アンタランガ・ヨーガ と言います。



パタンジャリの伝統ヨーガによると、アーサナは8つの大切なことの3番目に過ぎず、厳しく言えば、ヤマ・ニヤマの教えをしっかりと熟知しそれに応じた道徳的な行動を取っていないと、アーサナに進むことはできないというくらいの位置付け。


まずは「心を正す」というのが、ヨーガの基本。どんなに身体が柔軟で、素晴らしいポーズをやってのけても、嘘ついたり、物欲に溺れたり、不平不満に満ちているようなら、ヨーガの達人とは言えません。


プラナヤームは、厳密にはかなり影響が大きいので、初心者にはお勧めではありません・・きちんとした指導者の元で行わなければ、精神的におかしくなる人もいる・・・というように、実は非常にパワフルです。


私は3-4-5飛ばしてダーナー、ディヤーンにスピリチュアル的な方向から入ってきましたが・・・笑 ヨーガインスティチュートの先生たちがスピリチュアルなのに妙にしっかりグラウンディングしているのは、やっぱり体を使うからなんだととってもよくわかった気分でいます。(ただし、創始者の息子さんである、2代目の88歳ドクター・ジャヤデヴ氏は、かなり超越されていて、すべての「物質的なものには無関心」なので、ほぼ肉体の中に納まっていらっしゃいません・・・肉体を使って見るのではなく、大切なものはすべて観えていらっしゃる様子で、時折のアドヴァイスはまるでヨーガスートラのように、短く濃縮された無駄のない言葉・・・生き仏のようなお方です・・・


ダーナーは、呼吸に集中したり、ヴィジュアライゼーション(インドではあまりないらしく、ヴィジュアライゼーションを伴う瞑想導入のガイドは私の方が得意と思えるほど、イギリスで訓練してきたので、別クラスで誘導させてもらったこともあり。)で瞑想の導入。


私は個人的にはエネルギーに集中することに慣れているので、呼吸と繋がろうとするとかえって心がざわつく・・・多分、個人差で得意不得意があると思われます。日本の座禅も空にしなさいという難題からのスタートなので、自分で方法を見つけるのは東洋的。ガイドされて徐々に道を見つけるのが西洋的アプローチかなと感じます。


ということで、最後の10項目。

日常生活の中で、この部分に意識していればもうヨーガの道の第一歩は踏み出しているっということになります。


5つのヤマ

アヒンサー 非暴力(肉体的にも精神的にも)

サッチャ  正直にあること

アステヤ  盗まないこと

ブラマハチャルヤ  ほどほどにすること・性的なエネルギーを別に使うこと

アパリグラハ    物への執着・抱え込まないこと


5つのニヤマ

ソーチャ   清潔である事

サントーシャ 現状に満足する事

タパス    修行する事・ある程度の苦行に耐える事

スワディヤヤ 自分を見つめる事・本などを読む事

イシュワルプラニダン 大きな存在に身を委ねる事


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# by nu2meg | 2017-05-06 00:08 | インド

ヨーガの世界観 3 ハタヨーガ

*QCI(インド中央政府が行う資格制度)のハタヨーガがカバーしてる部分の復習です。

ヨーガのアサナと、ヨーガではないスポーツとの相違点

目的
パタンジャリ・ヨーガスートラ
心頭滅却すれば火もまた涼し。
ハタヨーガ
肉体が安定することで完全な健康と軽やかな肉体を保持できる。
精神的なゴールは悟り

ノンヨギ
健康・長寿・フィットネス・スタミナ・持久力・美形・筋トレ・スキルアップ・競争

特徴
ヨーガ
ゆっくり・心が常に肉体に伴う・集中力・競わない・最終ポーズで止まること(スタティック)により、肉体を超えた瞑想的な体験が可能。

anabolic 終了後にスッキリと気持ちがよく、次の行動に意欲的に取りかかれる。

アサナによって食欲増進することはなく、多く食べずに軽やかに保つように食事量を減らしたくなることも。

人を落ち着かせ、自信を持たせ、我慢強くさせる。

ノンヨギ
基本的には、繰り返し、早い動き。ジムでの運動のように心あらずでも可能なものもある。道具や器具などが必要な場合が多い。

catabolic ほとんどの場合、疲れて休息を必要とする。

動いた分、食べて補う。動物性たんぱく質やビタミン。ミネラルサプリなども要求されることも。

特に心への影響はないけれど、場合によってはさらに競争心を高め、攻撃的にすることもある。


ハタヨーガ
難解な書物:goraksh shatak, yoga bija, goraksha samhita, shiva samhita
わかりやすい書物:
1) hatayoga pradipika: by Swatmaranji 15C
ハタヨーガを作った、マセンドラナースの流れでnatha yogi そしてハタヨーガが生まれたこと、そして数々のテクニークも記されている。
  1章)アサナ&ミタハラ(食べ物)
  2章)シャットカルマ(洗浄)&プラナヤーマ(呼吸法)
  3章)ムドラ、バンダ、クンダリニ(エネルギーのコントロール)
  4章)サマディへの道、テクニーク
2) gherander samhita by Gherander 17C
ゲーランダ(Vaishunav Rishi)が弟子のChandakalpaliに伝授する形式。
ガタッシャ(壺)もしくはサポターンガヨーガともいい、体をしっかりとヨーガの炎で焼き固めないといけないとする。そのため、体を浄化するシャットカルマや体づくりのアサナ、食べ物などについて詳しく言及されている。
  1章)Sodhanam 浄化 クリア、シャットカルマによる
  2章)Drdhata 体の強化 アサナによる
  3章)Sthairya 体の安定 ムドラ&バンダによる
  4章)Dhairya 辛抱強さ プラヤハラによる
  5章)Laaghavam 軽さ プラナヤマ
  6章)Pratyakshancha  直接的に受け取ること 瞑想による
  7章)Nirliptancha 隔離・自由  サマディによる
3) Hatha Ratnavali by Srinivasa Bhatia Mahayogendra : 84 asanas


ガタシュッディ シャットカルマ(shodhanam/purification)
Dhauti 内臓浄化
Basti 腸の浄化
Neti 鼻腔の浄化
Nauli 腹部を筋肉を動かすことで浄化
Trataka 眼のトレーニング
Kapalbhati 鼻腔と頭蓋の浄化

*ゲーランダサンピータには20種類の方法が詳しく書かれている。肉体の浄化のみならず、精神的な浄化、エネルギー的な浄化も含めて、まずは浄化しないことには先のステップに進むべきではないという考えがあるが、浄化が必要ない場合にはすべきではないとも書かれている。また、すべての浄化は経験者の監督下で行われるべきとされている。

*ハタヨーガプラディピカ:ストラネティ(コットンでの鼻洗浄)ヴァストラ(布を用いた胃洗浄)のみ言及。
*ヨーガスートラ:心をクリアにするため。集中しやすくするためのソーチャ。

ミタハラ 食べすぎないバランス良い食事

Bhagwad Gita
サトウィックな食べ物は消化にも良いし軽い。ラジャスティックな食べ物を食べると攻撃的になる。タマシックな食べ物を食べるとダラダラするというふうに、トリグナの視点からサトウィックな食べ物を推奨する。
薬としての食事という考えも持つ。

Gorakshanatha
ヨーガをマスターできるかどうかの決め手は食べ物であるいうくらい、ミタハラには重点を置き、ちょっと足りないくらいかもというくらいが、最も肉体が活性する。

gherada samhita
もまた、ミタハラに重きをおく

HathaYoga Pradipika
胃の半分は食べ物。4分の1を水分、残りの4分の1を空けておくようにと諭し、食べ物は、スムーズで喉越しが良く(shsnigham) 、食べたいと思わせるもので、自然の甘みがあり,シヴァ神に捧げても恥ずかしくないものを食べるようにと記載されている。
また、ミタハラに沿わないのであれば、ヨーガの道には進めないとまで言い、食べるといいもの、食べてはいけないもの(時間が経ったもの、あたため直したもの、塩辛すぎるものや、酸味が強すぎるもの、たくさんの野菜を一気に食べること)なども詳しく記されている。

ということで、ハタヨーガにおいての食べ物はとっても重点を置いていることがわかります。

Badhak Tattva बाधक तत्त्व  失敗の原因
1)Atyahara  アティアハラ  食べ過ぎ。
2)Prayaasa プラヤーサ  やりすぎ。特に肉体を酷使し過ぎること。
  Pravaas プラヴァース  旅行のしすぎ:不安定な日常
3)Prajalpa プラジャルバ  しゃべりすぎ。陰口を言うこと。
4)Niyamagraha ニヤマグラハ すべきことを頑なにしようとしすぎる。
5)Janasanga ジャナサンガ 足を引っ張る人と付き合うこと。
6)Laulyam ローリアム   気が散ってしまうこと。あれもこれも・・

Sadhak Tattva साधक तत्त्व  成功する要因
1)Utssaha ウッサァーハ  やる気満々
2)Saahas  サーハス   勇気
3)Dhairya ダエリア   我慢強いこと
4)Tattvajnana タットヴァギャーナ  修行の根本の哲学を知ること
5)Nischaya ニシュチャヤ 絶対にやるというかたい決意
6)Janasanga Parityaga ジャナサンガ パリティヤガ 足を引っ張る人には関わらないこと


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# by nu2meg | 2017-05-01 20:02 | インド

ヨーガの世界観 2

ヨーガ योग

ヨーガという言葉が載っている最も古い書物は 『リグ・ヴェーダ』
ちなみにヨーガという言葉も、「ヨーグ」という方がオリジナルに近い。サンスクリット語は最後の言葉を伸ばす、やわらかな言葉らしく(多分、大和言葉もそんな雰囲気?歌うように喋るというか・・?)、ヨーグァと伸ばすことで、ヨーガ。語源のユージの意味は、「つながること」= 『心が宇宙的な真理につながること』

*というように、ヨーガという言葉ですら、英語表記をすれば yoga
ヨガなのか、ヨーガなのか、なんてわからない・・・同様に全てのサンスクリット語が英語表記の場合は非常に読みづらく、正しいのかもわからない・・・

そこで、私はインド人の友達にヒンディ語表記にしてもらったりして、発音の部分はちょっとクリアに。(ヒンディー語習ってても、未だにほとんど喋れないんだけどね。。字を習うことに意味があったようで・・・笑)ヒンディ語が難しいのは、語源がサンスクリットだからということがよーくわかった・・・

両方とも、1つの単語に意味が10個とかあって、状況に応じて意味が変わる・・・まるで単語が漢字一文字の印象で、漢字の熟語を作るためのもう一つの漢字は文章全体像が構成しているという雰囲気。3D?4D? 更には、多くの言語が論理的な右脳を使うのに、日本語は左脳を使うというけれど、同じことがヒンディー語にも言えるらしい!(分法的な言葉の並びも同じだし、音を言葉の雰囲気で表現するという他の言語にはあまりない表現法もあるし。:例えば、ガタガタに関してはヒンディ語もガダガダでほぼ同じ!)

ドイツ人の科学者が、オームという言葉を砂に聞かせたら、よく見るあのオームというサンスクリット文字を砂が形成したという話があるくらい、正しい音が非常に大切で(ヒンディーも発音がすごく難しい!)、エネルギーそのものを表記しているという・・・ちなみにオームは万物の始まりの音でありエネルギー。432ヘルツの周波数でチャクラシステムとも共鳴しているために真の癒しをもたらす音だとか。

日本の狛犬の「あおん」は多分同じだと思うから、オームをチャンティングするときには、「ぁおーん」と音も楽しむと、ふとした拍子に内在神的な大きなエネルギーとつながることができる。

マントラに重点を置かなかったヨーガインスティチュートの創始者も、ある日正しいマントラを聞かされたら、マントラで呼び出した神が目の前に現れて驚いたという。それくらいパワフルなのが、正しい発音。日本の言霊とも近い何かがありそう。

なので!ヨガではなく、ヨーグァ。 
試験勉強じゃなくて雑学豆知識になっちゃった・・・笑

ヨーガの歴史

インダス文明のモヘンジョダロ遺跡からも、ヨーガの瞑想やアーサンが見つかっていることから、その歴史は5000年に遡るという。

ヴェーダ(インドのバイブル)にはシヴァ(アディヨギ)が最初のヨギとしてその名を記されている。

シャットダルシャン
インドの6つの古典哲学

大きく分けて2つ決め手はヴェーダの’大いなる存在;神’
1)ナスティカ  ヴェーダを信じない。
   仏教
   Jain
   Charvaka
2)アスティカ  ヴェーダをベースにしている。
   Samkya - Yoga
   Nyaya - Vaisheshika
vedanta - Mimamsa

サンキャ哲学 
アーユルヴェーダやヨーガの基本にもなっている哲学
1)世の中は絶対的な神なる存在:プルシャ
2)変化するプルシャ以外のもの;プラクルティ
で形成されている。
プラクルティは、トリグナ(3つの性質:サトヴィック:純性、ラジャスティック:動性、タマシック:鈍性)の性質によって23の要素に分類される。

サットワからブッディという知性が生まれ、ラジャス・タマスの影響を受けるに連れて、アスミタ(エゴ:アハンカーラともいう)が生まれ、

マナス(心)
5つの感覚器官(聞く・感じる・見る・味わう・匂う)
5つの活動器官(言葉・手・足・排泄・生殖)
5つの微弱な要素(音・温度・光・味・匂い)
5つの原素(マハブタ)(空間・風・火・水・土)

という風に万物が形成された。

いわゆる「この世は、プラクルティ」の世界。
「あの世は、プルシャ」の世界。

この世の苦しみを克服するためには、なるべくサトウィックな状態に自分をおくことで、エゴを開放すれば、ブッディ(知性)に戻ることも可能、そうすればプルシャに戻れる(サマディ;悟り)とする。

そのために、食べ物もサトウィック。(玉ねぎやニンニクなどの刺激物も取り除いた、穏やかな食事:日本人にはあまり難しくないと思うけれど、唐辛子やスパイスの使用が半端じゃないインドの食卓では結構きついと思う)

心ももちろん、サトウィックに・・・ということで、日常の中に穏やかさが求められる。

ギャーナ哲学
人生は悟りのため。もう輪廻を繰り返さないように精進するためにあるとする。またその状況を素晴らしいと考えるよりも、悲しみや苦しみがない状態と考える。
* 知的な3つのアプローチ 叡智に耳を傾け、心と統括し、瞑想する ことで、間違った考え、悲しみや苦しみから逸脱する



クラシカル ヨーガ  BC500年から、AD800年
紀元前250年: マハルシ・パタンジャリ が最古の文献であるヨーガスートラを綴る。人類の進化と精神性について簡潔かつ深く195の短文にまとめたもの。インドの文化として書き記すよりも語り継ぐ方法が主流だったことから、それ以前の文献はなかったと思われる。

योग चित्त वृत्ति निरोध ヨーガ チッタ ビルッティ ニローダ(ハ)
ヨガは心のざわつきをコントロールすること。
ヨガは集中であり、サマディー悟りを拓くこと。


ポスト・クラシカル  AD800−1700
ハタ・ヨーガが生まれた時代。その頃には多くのヨーガのスタイルがあったとされているが、ハタ・ヨーガを作ったのは、ヨギ・マッセンドラナース。その頃主流だった、タントラヨーガから、リチュアルな部分を省いた形式だと言われている。

ह ha 太陽   スーリア・ナリ(右の鼻から入って来るエネルギー) 
ठ tha 月  チャンドラ・ナリ(左の鼻から入って来るエネルギー)

二つののエネルギーはチャクラで交差しつつ融合、バランスが整うと中心にシュスンナ・ナリが流れ、ベースチャクラ(ムラーダ・チャクラ)に眠っているクンダリーニが覚醒されるとされる。このクンダリーニを覚醒させるのがハタ・ヨーガ。そうすることで、悟りサマディーへの道を拓く。

エネルギーの悪用も可能であるため、ヨーガはあくまでも師匠から弟子に伝えるものであり、いろいろな方法はかなり秘密に包まれていたとされる。

केवलं राजयोग only for raj yoga より高いレベルに進むためのヨーガ

 ハタ・ヨーガの書物
シヴァ・サンピータ
ハタヨーガ・プラディピカ (15世紀 スワトマランジー著)
ゲーランダー・サンピータ (17世紀 ゲーランダー著)

4つのヨーガの道

1)カルマヨーガ(クリアヨーガ)
全ての人は自分も含め、大いなる宇宙の一部でしかないのだから、エゴを捨て、利他的であることが大切と考え、日常のカルマ(ここでは行動の意味)に重点を置くヨーガ。

2)ギャーナヨーガ ज्ञान (Jnana;どう見ても、ジャーナとかニュアーナだけど、発音的にはギャの音。この音は、叡智・知的なものを表す時に使われていて、3rdEYEとの関わりが大きい)
知的なヨーガ。問答や瞑想から、真実を求める。

3)バクティヨーガ भक्ति (バは、バハの発音なので、ちょっと深く発音。バハクティだとハが強すぎるのだけど・・インド人はインドのことを、インディアと言うよりも、バハラットと呼ぶ。そのバハと同じ字)

絶対的に自分を捧げる献身的なヨーガ。チャンティング・マントラを唱えること祈りを捧げることで、大いなる存在、人類愛を身近に感じていくこと。

例えば、マザーテレサ的な生き方

4)ラージャヨーガ
科学的なヨーガ。知性、瞑想、呼吸法、集中から悟りの世界へ進むこと。
ハタヨーガは、肉体をコントロールすることで心のコントロールも可能とするというシステムなので、ラージャヨガの最初のステップとされている。

ということで、一般的にヨーガポースを取り入れたヨーガは、ラージャヨーガの一部でしかなく、ポーズの前提としてヨーガと心のコントロールという原則が存在しない場合は、伝統的なヨーガとは到底言えないということがよくわかる・・

逆に言うと、今までヨーガなんてきちんとしたことがなかったと思っていた私だけれど、カルマヨーガの道をもう進んでいたんだ!という風にスピリチュアルな生き方イコールヨーガとも取ることができる。

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# by nu2meg | 2017-05-01 15:12 | インド

ヨーガの世界観 1

The Yoga Institute と最初に出会ってから1年。
インドにいる間、いつか、時間が取れる時に(家族がヘルプに来てくれるとか)取りたいなと思っていた1ヶ月のヨガインストラクター養成コース、とうとう終了しました!

どこまで当てにできるのかよくわからないメイドに頼り、急な時にも応じて快くヘルプしてくれる友達の存在があって。

「自分のことばっかり〜」と文句を言う娘(あんたに言われる筋合いはない!)にも「楽しんでね」と応援してもらい、「えー。嫌だ」という息子には、「いやいや、そんなこと言わないでちょっと勉強させてー。」とお願いし、最初は「帰りは遅いし、土曜日までなんて、家族の時間がなくなる。」といっていた主人も「やりたいこと、やれるときにすればいいよ。」と応援してもらって。

基本が主婦な私には、ちょっとハードル高い月曜から土曜までの10時ー18時まるまる1ヶ月のコース(200時間コース)だったけれど、8月からのヨーガカウンセラーコースに通うには必須。しかも夏休みがあるので4月しか空いてない!

ほぼ、強行突破。
でも、ほーんとに行ってよかった!

何十年ぶり?な学生生活のような日々(でも朝5時起きでお弁当や夕飯の支度をしてから、片道1時間。)。帰宅しても家事と宿題と復習で1日があっという間に過ぎてしまう日々でした。おまけに、ヨガインスティチュートは基本、床にゴザの世界。床座りも厳しいだろうと思っていたけれど、1ヶ月間、私は壁にもたれることもなく、基本はアグラ(スークアサナ:スークアーサン:)で過ごせました。

ヨーガって、難しいポーズ(アサナ;アーサン)を追求するものじゃなくて、深い深い瞑想を、しっかりととっぷりとするために身体も柔軟にして、長時間同じポーズで居られるように、アーサンが存在しているものだった!って知ってました?

それなら、修行(タパス)あるのみでしょ!
となるべく背筋を伸ばして。
さすが45歳。二十歳に満たない若者に交じって大人な姿勢。笑

この、暑い時期ながらインスティチュートにはもちろんエアコンありません。
天井の扇風機が生ぬるい空気を循環させてくれているので、なんとかなりましたが、去年初めて週末のワークショップに参加した時に、えらく暑くって、ヘトヘトでした・・・ その体験から、この気温35度、体感温度が40度超える日がある4月のムンバイで、耐えられるのか・・・これも超難題だったのだけれど、人間、適応できます!

インド人よりも「今日は暑いねー」という挨拶をしなかったかも!笑
汗はじっとりだけれど、平気平気ー。
何人か、途中熱中症みたいな風になってたけど・・

来年、創立100年のお祝いをするヨーガインスティチュート。
妙に惹かれる、心地よい場所だなと思っていたけれど、別名を Life Schol というらしく、まさに生き方の学校。

推定5000年の歴史があると言われているヨーガ。
多分、最も古い体系化されたスピリチュアルな生き方を求めるシステム。
世界に広がっているアクロバティックなヨガは、伝統ヨーガの世界ではほんの一部のちっぽけな部分で、どんなに素晴らしいポーズができても、精神面の成長にフォーカスしなければ無意味と考えます。

・・ということは、世界のほとんどの人が本当のヨーガを勘違いしている!(インド人も含めて)茶道と緑茶を飲むことみたいに??(わかりやすいのか、そうでないのか、我ながら不明だけど)

ちなみに、インド人の友達によると、現代インドでヨーガが流行りだしたのは最近で、いわばちょとしたファッションにもなってきている存在らしい。その陰には、バーバ ランデブーというちょっとカリスマティックなヨギの活躍があるらしい。(テレビなどのメディアを通じて広げてて、ヨーガの教えの元の学校まであったりする)彼のことを否定する人も多いからなんとも言えないけれど、広げるという役割をかなり果たした人であることには間違い無い・・ ヨーガインスティチュートとしては、ヨーガの知名度が上がるのは好ましいけれど、間違ったコンセプトのヨガをヨーガと思われては困りものだから・・・ということで、そろそろ本当の伝統ヨーガを伝える役割が自分たちにも回ってきたという流れらしい。

2015年にモディー首相が国連に提案して「国際ヨガの日」を作っちゃったりして、ヨーガはさらに注目を浴び、アユルヴェーだと並んで補完医療、病気予防のヨーガを推進。そのためには、将来的には、政府認定の資格保持者のみ指導できるように体系付けを進めようと、資格制度が導入されてます。(インスティチュートのトレーニングを受け、試験を受けたら、筆記と実技は免除されて、10−15分の口頭試験のみになります〜。でも合格率が5−7割らしい)

ということで、時間があれば復習兼ねて(受験勉強兼ねて)サンスクリット語の正しい読み方も交えつつ基本の伝統ヨーガの真髄について書ければと思ってます。(時間ないかな 笑)


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# by nu2meg | 2017-05-01 01:02 | インド

インド唯一の猫カフェから猫を貰ってきました。

夏にイギリスに置いてきた愛猫ナツメグが天国へ旅立ちました。
ヒーリングしてたらほぼ90パーセントの確率で現れて、一緒にヒーリングしてくれるような猫で、本当に本当に可愛かった。

ナツメグは、ロンドンのバタシードッグ&キャットホームというレスキューセンターから貰ってきた捨て猫。捨て猫ですらこんなに可愛いのに、我が子が生まれたら、どんなに可愛いことだろうかと思った日々が懐かしい。

彼女はきっと最期まで義理の父のヒーリングをしてくれていたと思う。
彼女が亡くなってかなりまもなく、義理の父が体調不良。

3月には危篤状態にまで陥って入院し、80代後半の肉体は衰弱してしまっている。
実は毎日、ダウジングで様子をチェックして遠隔ヒーリングしているのだけれど、入院中というのは本当にふと「もう疲れた・・」と思うと、グオーッと重たい霊がやってくるようで、その霊がピタッとくっつくと一気に自己治癒力が低下する・・・そこで、私が遠隔でクレンジングしていくと、ササーっとまた明るい光が差すように、肉体レベルも体調を取り戻す・・・

この数週間はもうこんなことばかりやっているのだけれど、私のダウジングの恩師でもある義父。この作業は彼の魂との暗黙のプロジェクトの様。

主人が数日おきには義母に電話しているので、実際の様子も垣間見れるのだけれど、ダウジングはかなり正確に状況を捉えている。そして彼の魂はまだ生きたいという気持ちを持っていると感じるので、きっともう最期だと心を決めるまでは、遠隔からサポートしていくのが務めかな?

話がずれたけれど、ナツメグが亡くなって、次に落ち着いたら次の場所では猫を飼おうねと言っていた私たち家族。

でもふと、それっていつになるの?と思うと、もう猫を飼ってもいいんじゃないかと思えてきて・・・5歳の息子にはペットを飼うにはいい時期だし、12歳の娘には精神安定剤としても最高だし。笑 

そして、娘の誕生日(1月)にどこか特別な場所に連れて行こうかと思っていたら、ふと猫カフェがムンバイにあるということがわかったので行ってみると、やっぱり猫はいいねえーっとなり・・・

一応大家にお伺いを立てて(通常インドではスキップするらしいけど、お伺い立てたら、弁護士にまで確認を取ったという、さすがなうちの大家さん・・・)許可を得て・・・でも主人が最後まで簡単にいいよとは言わず・・・2月にようやく許可を得た。

さあ、今日こそ探しに行くぞーっとキャットカフェ再訪問。
あ。一応説明しておくと・・・
日本の猫カフェと違って、ここのカフェはもともとが普通のオフィス。たまたま猫好きが集まっていたから、捨て猫を保護するようになって、いろんな人がやってくるものだから、お茶を出すカフェに成長して、カフェには猫が30匹ほど。その猫たちは全て、新しい飼い主を待っているというシステム。

私と主人は「この子いいねえ〜」と思った子が同じだったから、その子を連れて帰ると思いきや、最も欲しがっていた娘は、「いやいや、早急に決めることじゃないし」とピンときてない。一方で息子は「僕はこの子がいいの!」といって譲らない子がいて・・・

娘が、もうどの子でもきっといいよ・・・と言い出したので、子どもに決定権を譲って、息子の「この子!」をもらうことに。

カフェの人に、「この子がいいんですけど・・・」というと、「あ。その子はね、こっちにいる子とペアなのよ。」

「・・・?ペア???」

「ここの仔猫たちは、仲間に囲まれてるから一人だと寂しくなっちゃうのよ。だから2頭セットで貰ってもらうことになっているの。」

「ええええ〜!」

ということで、見せてもらったのは、ちょっと体調不良という猫ちゃん。
そしたら、一目で娘が「私この子がいい!」と言い出した・・・

「え?そういうこと・・・」

息子も娘も「この子!」を見つけたからまあ、いいんだけれど、でも2頭?
しかもその時には、主人は空港・・・
ああ。即決できないー。ということで、とりあえずその日は保留で帰宅。
よくよく考えて、2頭セットでもらうことに決めたのだけれど、どうにも体調不良な子が回復しない・・・結局は、1匹だけ先にうちにお迎えして猫のいるインド生活が始まった。

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左が息子が気に入った スティッチ(男の子)
右が娘の気に入った ライロ(女の子)
ともに今5ヶ月ほど。同じ保護所から来たらしいけれど、血縁関係はないそう。

スティッチはちょっとナツメグっぽい、とっても賢い子。子ども大好き&好奇心旺盛、ちょっと犬っぽくもある。
ライロはまるでうちの娘のように、心配性でセンシティブ。でも態度はでかい・・笑。特記すべきは、甲高いガーリーな鳴き声。よくお喋りしてくれる(それを訳してと息子に要求される)。

仲良しと聞いていたけれど、ライロがやってきた時、ライロはすっかりスティッチのことを忘れていて、超警戒モード。

2匹は3−4日離さないとひどい喧嘩になりそうな感じだったので、バッチフラワーレメディのましたりして(笑)ストレス緩和。でも今ではほーんとに仲良し。二人で体を舐め合ったりもしてるし、仲睦まじい。

インドに来て良かったねと言えることを、住んでいる間に1つでも増やしたいねという気持ちもあったのだけれど、猫ちゃんたちに会えたのも、インドに来たから。子どもたちもいい思い出として忘れない場所になると思うと、なんだか嬉しい。

無条件な愛を注げる対象が身近にいるというのは、赤ちゃんがいる家みたいで、なんだか心地いい。2匹って・・と思ったけれど、実際には猫を放置してる時間も多いし、2匹いるとちょうどいい感じ。いたずら盛りの2匹だけれど、子どもたちが「見てみて、かわいい〜」と言っているのを聞くと、やっぱり猫はいいなあーなんて思ってしまう日々。

そして私たちもインドに来て1年。
あーっという間。
とりあえず、大きな事故にも病気にも遭わず過ごせていて感謝。

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# by nu2meg | 2017-03-30 01:18 | インド

インドで怪我をしたら・・・

これまでで最も「インドらしい」事件が起きた。
「インドらしい」というのは、日本では絶対にありえない・・・イギリスでもありえない・・・どうしたらそうなっちゃうのか、理解できない!という意味なのだけれど・・・

週3回(午後3時間)のコース×25回に通うために、メイドには時間を延長して子どもたちのお世話及び、簡単な夕飯の支度などを頼むつもりでいた。

余談ながら、実は彼女に何度かご飯を作ってもらって落胆したのだけれど、前のメイドの方が格段に料理が上手で、西洋料理は全く任せられない。本人は前の仕事先では問題なく料理していたから、私たちの家族の口に合う料理は難しいというのが正確。基本、お肉料理ならどんな味付けでもそんなに困らないかもしれないけれど、ベジ料理なうちの食卓だとレパートリーさえないからまあ、しょうがない。でも、インド料理すらも今一歩・・なのは致命的。インド人は幼い時からスパイス漬けだから、繊細な舌を持っている人が非常に少ない気がする・・・(この話は別にまた・・)

コース2回目。途中に自宅から電話が入る。娘は私が電話に出られないことを知っているはずだから、何かあった?・・・と思って電話に出ると、
「あのね、家に帰ったらね、メイドさんが包丁で手を切って怪我してて、寝てて、みんないるんだけどね、何か大丈夫じゃなさそうなんだけど・・・」
バックグラウンドには、大勢の声。そのうちの一人が、
「お父さん帰ってくるっていうから大丈夫だよ」といい、じゃあそういうことで、、、と、電話を終えた。

なんだか呆然。。。
包丁で手を切って?どういう??
っていうか、昨夜、私が新年だしねーっと張り切って研いだばかりなんだけど・・・
一応、メイドと夕飯の下ごしらえしつつ、「昨夜研いだからよくきれるよ」とは言ったけれど、「気をつけてね」とは言わなかったー!みたいな・・

まあ、ローレンス帰るなら大丈夫でしょ・・・
ということで、コースに戻り。。
そしたらその後もう一度、「ダディーも一緒に救急車で病院行ったから大丈夫だと思う」と電話があった。

そしてクラスが終了後にローレンスから電話があり、「なんで急いで帰って来ないんだ?大量出血で死んじゃうかもしれない状態だよ!」

えええええええーーーーーー!

ということで、急いで渋滞の中病院へ向かった。
結果的には、5針縫って病院から返されるところに間に合ったのだけれど、メイドの周りはご家族。本当にもう、いつどうなってもおかしくない勢いだったとわかる・・

しかも、帰りにメイドが震えてるから、私のスカーフとレッグウォーマーをつけてあげたけれど、病院にいて、出血多かったから弱ってて、車椅子でまともに座っていられない
ガタガタに震えている救急患者を、そのまま返す?? ブランケットとかで包んであげればいいのに!
(ちなみにここは、多分この辺りでは一番信用のできるプライベートな病院)

家に帰ると、ここがもう血まみれで、すごい状態だったとか、まあいろんな話を聞いたのだけれど、のちにメイドの家にお見舞いに行って、話をまとまるとこうなる。


メイドは、トウモロコシの粒をもぎ取ろうと、包丁で一列を削いだ。(これも私が教えたのよね・・・)と、そこで手が滑って、左手の親指と人差し指の間に包丁がグサ!

やばい!と思ったメイドは、とりあえず家でお世話をすることになっている息子に血は見せてはいけない&ヘルプしてもらわなきゃ・・・と、お隣のインド人宅をノックする。

「病院に連れてってほしいのだけれど」

ところが、リッチインド人は「マダムに電話してあげるよ」と病院に電話したがらない。
でも、「この携帯どうやって使うの?」みたいな雰囲気・・・
マダム・・・つまり私は授業中で着信に気づかず。

サーの番号は、あそこにある・・・と、またメイドがいろいろインストラクションして、電話してもらうけれど、それまでにもかなりの時間が・・・その間に、いろんな質問されて、メイドは「だからそんな質問いいから、病院を・・」と思い続けていたそうだけれど、意識が遠のいていったらしい。


そして推定事故から30分後にローレンスが自宅へ戻ると、修羅場!
メイドは流血しつつ倒れていて(娘が寝ているといったのは、倒れているということだったらしい)しかも、誰一人、止血しようともしていない!

慌てて、とにかく患部を上にしないと!とメイドの手を上げると、「サー!男性は家族以外の女性に触ってはいけません・・」
残念ながら、彼には布で縛って止血するという知恵は浮かばなかったらしいのだけれど、まあそれはさておき・・・

周囲に散らかる大人は隣のメイド2人を合わせて、8人ほど。
みんなただ傍観していたという・・・

ローレンスはなんで病院に連れて行かないんだ!と激怒して、ここぞとばかりに、インドで緊急事態にあったら、この会社。プライベートの救急車が15分以内がつくはずだ!という〇〇ラインという会社に電話・・

・・・まず、英語通じず・・・没
15分以内・・・当たり前に来ない!

10分も待てないと、結局リキシャで連れて行くことにしたらしいけれど、抱えようとすると、「サー!男性が女性を・・・」とまた此の期に及んで信じられない発言を聞いたそうだけれど、とにかくリキシャで連れてった。

メイド、意識不明状態。
私がちょうどクラスを終えた頃。

緊急処置室で、患部を触られたメイドは意識も戻って叫びまくり。
緊急処置室にはメイドのお母さんと旦那さん。

なぜか、医師はローレンスのところに来て、患部を見たいかと聞いてきたらしい・・・そして、もし手術となれば、いくらかかるけれどいいかと、経済状況を確認して・・・

結局、神経ギリギリのところだったから、手術は不要で5針縫うだけで終わったのだけれど。。

隣に助けを求めて病院に到着するまで約1時間。(病院は10分以内の距離)
なぜこうなったか。。。

なぜお隣さんは彼女を病院へ連れて行かなかったのか。(自家用車2台は持ってる)
いろんなインド人に聞いても、答えはほぼ同じだった。

「刃物で流血してる人を連れてくと、警察沙汰になるから。」
「金持ちのインド人は、貧しいインド人よりも、道端の犬に優しいのよ。」

インド人数人に聞いて、答えは同じ。
最後は「申し訳ないけれど、これがインドなのよ。」

実際に、メイドも警察の取り調べを受けて、自分の過ちで手を切ったという文章に母音押捺したらしい。

料理中に包丁で怪我して、大量出血で死亡・・・
ありえないーけど、インドならありえるのか?

ローレンスが帰ってきてなかったら?
ご家族に電話してもらえてなかったら?
誰も助けに来なかったら?

そしてドライバーも言った。
「そうは言っても、どうしていいかわからないんだよ。自分もドライバー仲間5−6人ほどで喋ってたら、一人が倒れたんだけど、なんで倒れたのか、触っていいのかわからない。5分様子見たら、意識戻ったんだけどね・・」

「えー! その5分が命取りだったらどうするの!

と思うけれど、病院に連れて行くには、ご主人様の車を勝手に使うことにもなるだろうし、本人に支払い能力があるかもわからない・・・自分に決断権はないということになるってことか・・・(これはドライバーの口から聞いたことではないけれど、想像するに・・・)

インドで緊急事態は・・・まじヤバイです。

そしてメイドは夜間も痛みがひどくて眠れないということで、10日休んでます。
息子のお世話は近所の友人たちに頼みつつ、コースに通っている私。

メイドもいて、家事もミニマムでコースに集中出来るはずだったけれど、ここに来て最も忙しい・・・朝5時半からフル回転の日々。

帰ってこれても、数ヶ月はまともに仕事できないなあー。
メイドのあり方、また考えちゃうわ。

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# by nu2meg | 2017-01-21 13:52 | インド

気の向くままに・・・ 流れに身を任せて。


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