klc最後の日 不妊治療について思うこと

ちょっと時差が出来てしまったけれど、最終日のご報告。
(非公開なまま放置しててさらに時差ができてしまいました)


数値的に生理が来ると言われてからもずっと高温期が続いていたのだけれど、ようやく1週間目になって生理が来ました。普段生理痛がほぼないのだけれど、今回は最初がちょっとシャープに!

うわぁ、こんなに痛いなんてやっぱりヘビー?と思いきや、まあ、そんなには変わらない量で痛みも最初だけ。考えて見ると、こういうのは前にもあったかもという気がするので、よっぽど気をつけていなければ、化学的流産っていうのは通常生理と同じに過ぎて行くのだなあと改めておもいました。

結局は卵の力。染色体異常という自然淘汰なので、それはそれで命はうまくできているものだなあと感心しつつ、もし、これが1人目を授かれたかもしれない最後のチャンスだったとしたら、同じようなきもちでは決していられなかっただろうなあーとも思いつつ。。

1週間前に、もう生理が来るでしょうと言われたというだけで、気持ちの切り替えができていることに関して、klcの対応はクールすぎるかもしれないけれど、親切だなあと思いました。

下手に期待させても本当に仕方ないことだし、自然淘汰ばかりはどうしようもない。こういう時の1週間は長いので、(こどもがいれば、日常があっというまだけれど)期待しつつの1週間は厳しいなあと思う。

最終回の血液検査はhcgホルモン値の確認。
まだ生理中だったこともあって、2.5出てました。
医師が、普通に下がりましたね。生理はきました?じゃあ、次の採卵は・・・ときりだしてきたので、「いえ、もう次はいいです〜」とあっさりこたえて終了。

でもこの日、待ちながら息子を連れていて、たくさんの笑顔を患者さんから受けました。
その度に、きっとあなたのところにも、もうすぐ来てくれるはず。がんばってーっと心の中で多くの人にエールを送った私。一回しか使ってないスプレキュア、持ってきてたら誰かにあげられたのにーっとか思いつつ(欲しかったら郵送しますよ。笑 一本5000円だもんね)

実際に、いろいろおしゃべりをした方もいて、その方にも良い結果がでますようにと伝えられました。

私自身も、治療の流れを把握しておこうとブログを検索していてなんどか遭遇したけれど、子連れを見るだけでつらいという気持ち。もちろん、それはある意味わかるのだけれど、シビアかもしれないけれど、他人の幸せを喜べない卑屈さは、やっぱり自分を不幸にしてしまっているなあと思うのです。

良いことも、悪いことも、明日は我が身。

他人の不幸を聞けば、私でなくて良かったではなくて、自分も気を引き締めるとか、その人が身代わりになってくれてありがとうと思うこと。

他人の幸せに触れれば、その人だけずるいではなくて、私にもいい風が吹いてくる兆候だと喜ぶこと(もちろん、単純に喜べるならそれにこしたことはないけど、いいきかせて喜ばなきゃと喜ぶくらいなら、自分も恩恵を受けられるくらいがいいきがする)。

これはこども云々だけでなく、なんでも言えること。
特に、一緒に喜ぶことは、一緒に悲しむことよりも難しい。
二十歳くらいの時にそんなことが書いてある本を読んで以来、私は一緒に喜ぶことを大切にしようと生きてきた気がする…

そんなこともあってか、私の周りは一緒によろこんでくれる友達で溢れていて、私も一緒に喜べる仲間がいることをとってもしあわせに感じています。(私以上に3人目ができなかったことを悲しんでくれた友達もいて!)自分の周りの人間は自分の一部だし、みんなの幸せは自分の幸せだなぁと。



自然なものが好きで、人工的なものが嫌いな私が、超高度医療のお世話になったことに、私自身、最初は違和感もあったけれど、いろいろなものを頭ごなしに否定しないということを身を持って体験したなと思います。そして、息子を授かったということは、彼が与えてくれた「柔軟に生きなさい」というメッセージだったとも思うし、彼が生まれて来るためには私にとって必要だったプロセスだなと。

体外受精という「やってもらう」ことからスタートした子なので、娘よりははるかに「やってもらう」ことが好きで、やっぱりねとか思うけれど。。。笑 (誕生の様子が子どもの性格を表すと言われているのだけれど、誕生よりも先な状態まで管理されてきてる子だもんね、、、)

踏むべきぷプロセスを体験して…という部分はすごく大切だと思う。
タロットでもよーく出るのでわかるけれど、たとえばBというイベントを体験しなければ、Cという懐妊には繋がらず、Aで足踏みしていてもどう回り込もうとしてもダメ。そして多くの場合は、Bを避けることがCを遠ざけている・・・。だから、自分の人生の中に、拒否しているものや人があれば、敢えて目を向けて見る、受け入れてみる・・・ということが近回りに。流れに身を任せるというのが理にかなうなと思うのです。

私の読むタロットでは、恋愛とか仕事とかえらべなくて、全てが総合的に出てくるのだけれど、じつは選べないっというよりは、全てがつながっているから、切り離せないし、事象の出方は違うけれど、じつは恋愛も仕事も家庭も同じ自分のエネルギーで成り立っているので、停滞している部分があれば、それぞれに影響を及ぼす。

プロセスを恐れない。
流れに逆らわない。
自分でコントロールしようとせずに、自分の人生を信じて身を任せる。


42歳の卵子は50個に1個しか赤ちゃんにはなれないそう。(それだけ染色体異常が増えるらしい)
43を過ぎるとそれは100個に1個にまで確立がぐんと下がるらしい。


それでも、自然に子どもを授かる夫婦もいる。
それはやっぱりたまたまではなくて、必然だと思うし、そうなるべくしてだと思う。

生命とは神秘だし、コントロールできるものではなく、むしろ人生はすべてコントロールできるものだというバリバリに仕事もこなしてきた人が、不妊に悩むケースは多いのじゃないかなとも思うのです(ダイレクトでごめんなさい)。でも、不妊治療によってその生き方を間接的に否定され、型が崩れ、天に身を任せるしかないとたどり着いた時にふと懐妊ってケースは多いし。


     治療中のみなさんにも、待望の赤ちゃんがやってきてくれますように心からお祈りして。。。
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by nu2meg | 2014-10-19 20:09 | 体外受精

気の向くままに・・・ 流れに身を任せて。
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