ヨーガ・カウンセリング

せっかくだから、これはインドにいる間に!
・・・と思っていた待望のコース、ヨーガ・カウンセリングのコースももう5回すぎた。(全部で3時間×23回 6ヶ月の予定。これまた先生曰く、予定は未定でコースは状況によっては伸びるらしい・・・本当にこういうのがインドらしい。。・・・ 実は5月から取っているアーサナ中心のインストラクター向けのアドヴァンスコースも、3ヶ月の予定が、3ヶ月半になり、まだ完璧さに欠けているから終わっていないゾということで、今は中休み中だけれど10月に終了期未定で再開予定・・・笑 週5で1日2時間のコースなのに、そんな融通効かせるってどうよ?? みんなよっぽど時間があるのか、予定がないのか・・・すーっかりドタキャン当然なインドにも慣れてしまったし・・ )

さて、カウンセラーのコース、これまでの学びの集大成とあって、「まとめ」な感じすぎて、正直言って土曜の朝3時間が眠たいのだけれど(笑;緊張感なさすぎ。しかも人数が30人とかいる大所帯だから今までみたいに急に名指しで当てられることも少なく、発言大好きなインド人に任せておけば十分討論も進む・・・とにかくインド人、賢い上自己主張素晴らしいのです。)
さすがだなあーと思うのは、心理学者アイゼンクの流れを取って、「カウンセリングの良し悪しは、カウンセラーの人間性いかんによる!と割り切っていること。

とにかく自分の「思い込み」や「価値観」を取っ払って、相手の可能性や成長を信じる。
それこそが、カウンセリングの本髄であり、知識として今まで習ってきたチャクラの関わり方や、スワジヤヤ(自分を見つめること)による、人間としての成長がすべて。

カウンセリングのスキルはもちろん習うけれど、スキル自体に重要さを持たさない。
人間としての自分の成長・・・「ヨーガの本質に戻る」、結局はそこなのです。

ヨーガという言葉は、結局のところ「魂としての自分に繋がる」イコール「スピリチュアリティ」なので、ヨーガカウンセリングというのは、スピリチュアルカウンセリングということになるのだけれど、本当にこの先生はしっかりと地に足がついてて納得させられる。

そして話している内容は、やっぱり控えめにもコースインミラクル的でもある。
あんなにも、素晴らしく超論理的な先生なのに。
多分、彼はコースインミラクルには全く触れたことがないと思うけれど・・・
どんなアプローチをしても、そこにたどり着くというのがなんだかまた世の中のすごいところで、素敵だなと思ったり。

このコースは資格取得のコースなので、レポートなども毎週宿題の形で提出するのだけれど、最もインパクト大きかったのは、卒論的な存在として「社会に貢献するプロジェクト」を立て進めること。

その理由はいろいろあるのだけれど、基本、カウンセリングというのはコミュニケーションなので、周囲を説得してプロジェクトを立てるということは、力試しになり、自分を知ることにもなり、自分を成長させてくれるということ・・・

思いっきり「えー??」という感じで、最初はかなり私もなんでこんな面倒なコース取ってしまったの?と思ったけれど、実際に肝を据えて(こうすべきことになっていたんだからもう成るように成るさっと)進めてみると、勢いよく進んでる。

ああ、「結局は自分で無理とか面倒とかいう思い込み」で、人生っていろんなことを、「こんなのあればいいのに」と思っても、「自分からは何も始めていない」ことが多いんだという気づきがすでにあった。

「時間がない・・・」とか、いろいろ理由をつけているってことにも。
基本的に「しなくていい理由」はごまんとあるし。
なんで自分がと問えば、そうだよね、そんな必要ないよね・・・と。。

でも、1個大きなプロジェクトに手をつけてからの私はというと、もうなんだかすべてにおいて「時間がないから」とかいう言い訳は無意味に思えてきてしまって・・・、しかもあの4月の超多忙だった日々とそれ以降の毎日の密なスケジュールに慣れてしまって、忙しくても何とかなるよーと言わんばかりに、来るもの拒まずな姿勢プラス、じゃ、ついでにこれもやっちゃえってこと?みたいな雰囲気で・・・ 笑 

実際には忙しい!けど、特に忙しいとは感じていない不思議な感じなのです。(これが今に生きるの連続ってことかも??笑 時間の枠から外れられたかな?笑)

しかもヨーガがあまりにも日常の中にありすぎて、少なくとも1日に1−2時間はヨーガしないとスッキリしないし足りない感がある(教える時間は除く。自分でするのと教えるのはやっぱり違う・・)。それでもその時間はびっくりするほどゆったり流れている・・・今まで一体何をして時間を過ごしていたんだろうと思ってしまうくらい、時間の感覚が変化した感じ。


プロジェクトに話を戻すと。もちろん、自分の利益の為のプロジェクトではないから、プロジェクトに関しては、しなくていい理由は大ありなのだけれど、多分、もっと自分の身近なことであっても、同じように人って何かと理由をつけて自分の身を引いいているんだろうと何か本質に触れた感じ。(具体的でなくてわかりづらくゴメンなさい。すべては思い込み、特に「勝手に思い込んでいる制約」の中で縛られている・・・というところなのです・・・)

ヨーガ・カウンセラーの資格を取ったところで、今までのヒーリングのスタイルは変わらなくて、結局私はタロットの力を借りながら、自分の価値観を捨てて、クライエントのスピリチュアルな人生の目的や学びに視点をあわしつつ、カードを読むことになるだろうと思う。その人がどう生きるべきかの答えはその人の中にしかないという、自分がやってきたスタイルの確認もすでにできた感じですべてストンと入ってくる。

そして、このプロジェクトへ足を踏み入れることという大きなステップは、すでに自分の中に大きな種を植えてくれた感じ。たぶん、芽がでるのはもうちょい先だけれど、すでに何だか動き出してる感。


  そしてカウンセラーがいかにあるべきか。
    最も優れたカウンセラーとは・・・
    ・・・シンプルすぎます。

自分の「家族」をカウンセリングできれば、カンセラーとして最高レベル。

ほんとにね・・・
家族に対しては聞く耳持たない。きっとこう返ってくる。またアレでしょ?言わなくてもわかるから・・・と、雑な対応だこと。尊厳なんてどこへやら。リスペクトー!

家族イコール最も自分に近い存在。
きっと自分のことも雑に扱っているという証明みたいなもの。
もっと自分の心の声にも素直に向き合うことが必要で、特にネガティブだと思ってしまいがちな感情に対して、勝手にネガティブでダメと決めつけている自分に気づいていく必要があるなと思う。

すべての感情に対して慈しみを持つというか・・・
超難関トレーニング、立ち向かうしかない〜。
なんだかワクワクしてきた。笑


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# by nu2meg | 2017-09-12 00:59 | ヨーガ

洪水とガネーシャ

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                   whats'app で回ってきた写真

先日の洪水の時、息子が言った。
「なんかインドも日本みたいだねー」

確かに、日本は異常気象で、そんなニュースが続く中での帰国だったけれど・・大雨的には20年ぶりの豪雨らしく、洪水的には2005年以来。2005年の方がもっと洪水は酷かったらしい。

私はというと、その日朝から「今日はヨーガキャンセルで」と連絡が入り、午後から学校に行って用事があったのだけれど、それも「じゃあ今日はキャンセルに」ということになり、その日の予定がキャンセルされたものだから、今のうちにお買い物行っておこうーっと軽く近所にお買い物に出ただけ。その時はさすがにむちゃくちゃ降っていたというわけではないけれど、それでもかなり降ってはいた。

「こんな中でも、今日もガネーシャのお祭りはあるの?」とドライバーに尋ねたら、「そりゃあもちろん」という答えだったので、雨のなか大変よねー・・と思っていたら・・・大洪水。

あれよあれよという間に降りも本格的になり、水かさが増してきた。
学校からは、今日は放課後アクティビティーは中止しますと連絡はあったものの、その程度。

午後になって、メイドが「どうやら家の方が浸水してきそうだから、帰らせて欲しいのだけれど」と言い出して、久しぶりに一人でゆったり時間を満喫していた。

学校が終わるのが3時で、普段はスクールバスで45分くらいには帰宅するのだけれど、さすがにちょっと遅れているから・・・と50分くらいに後10分くらいで着くからと電話があって、下に降りる。

ロビーにも風に流された雨が降ってくるような状態で、ようやく電話から20分後にバスが到着して20メートルほど離れたゲートに傘さして迎えに出て、戻ってきたらもう上半身からびしょ濡れ。息子はすごーい水たまり!と喜んでいたけれど、その日雨に触れたのはそれだけの私たち。とってもラッキー。

その後、車で迎えに行った近所の友達は3−4時間くらいかけて帰宅。
帰宅を諦めてホテルに泊まったり、渋滞の中で車が故障したり、悲惨は話が飛び交う中、実は娘のバスは学校から10分の距離を1時間かけていて、学校側が危険と判断して学校に引き返していた。数多くのバスが同じように戻っていて、最終的には緊急避難で学校に泊まったのだけれど、その判断正しかったと思う。

暴風と豪雨で木がバンバン倒木していたというけれど、あんな木が走行中に車に落ちたらどうなるか・・・渋滞の中で最終的に水没故障した車も数知れず。現地の人はというと、もう移動手段が歩くしかないということで、多くの人が川のような道路を歩いて帰宅したらしい。

身近で起きていた割には、全くの害を受けなかったので、ラッキーだったのだけれど、一番驚いたのは、お祭り・・・

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息子が作ったエコ・クレイのミニ・ガネーシャ。
せっかくだからと、湖に沈めてきました。笑
見よう見まねでカジュアルに宗教行事に参加していいのだろうか?
みんなはもっと真剣なのにー。ちょっとクリスマス時期の日本人気分。



なんと、夜になると普通に太鼓の音が響き出していて・・・・普通に、予定通りにガネーシャたちも水の中に入っていった様子。(象の頭を持つ神、ガネーシャが、湖の中に還っていく儀式が10日間行われるお祭り。ガネーシャが自宅にいる間は、数回の儀式、常にお供え物をしたり、みんな出かけてしまうというのもタブーで、お世話をしないといけないということもあって、家に迎え入れた時から、いつ湖に戻すかというのはプランされている様子)

ゴーゴー台風のような暴風雨の中でも、何もなかったかのようにお祭りが行われるって・・・なんだかとってもとってもインドらしい。。

翌朝、ポワイ湖の周辺には湖が拡張して気づけば陸になっていたけど、あれ??どこにいるの?というような雰囲気で迷い子のような子ワニが歩いていたりもしていたらしい・・・
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# by nu2meg | 2017-09-03 17:39 | インド

アディ 病の原因

前回の記事を書いてから、ようやくアディが抜けた感じです。

痛みの原因は・・・もちろん、体がキチンと反応しないくらいの筋肉痛が表向きな理由だったのだけれど、さらにさらに深いところに、やっぱり残っていたのは「感情」

いかにも、「アディ」
病の原因は、どんな場合であっても、幾らかの「感情要因」がある。

これには、何度も何度も気づかされてきていて、気づくのが早ければ早いほど、深入りしなくて済むというところまでは体験上よーくわかっているのだけれど、かなりトリッキー。マインドってすごいのです・・・自己防衛機能というか・・・結果的には自己防衛できてないどころか、不調を迎えることになるのだけれど。

「感情要因」
それは、ネガティブ感情を持つことによって、その負のエネルギーを自分にまとうという仕組み。

サイキックエネルギーのマイナスな使い方も実はこれで、誰か、何かに特定の「負の感情」を持つことは、自分から嫌なエネルギーを引き寄せていることと同じことになる。
これは、何度もダウジングで確認していて、どうしてもサイキックエネルギーの負のエネルギーを負いやすい人の特徴的に、「許せない!」「大嫌い」「私には無理」と他者や特定の思想を毛嫌いする傾向がある人によく見られて気付いた。

誰かから負のエネルギーを受けている
というのが、彼らの言い分だけれど、よくよく辿るとそのエネルギーを受けるアンテナを設けているのは自分にすぎなくて、そのアンテナの張り方は「自分」と「その人・その思想を持つ人」を別の存在と分けていることによって生じる。

つまりは、いろんな現象や相手を自分の一部としてみる、何かを教えてくれる存在としてみる・・・という代わりに、「敵」としてみること。

エネルギー的に繊細になればなるほど、これはすごくハッキリする。
逆に言えば、繊細でなければ多分、気づかない。
多分、世の中のほとんどの人は気づいていない・・・
鈍感にならないと生きていけないとでも言うように・・・

そして自分の不調も「敵視」する。
自分の内側のアディなんて関係なくて、不調には薬。どんどん抑圧。
痛みというのは、面白いもので、強い部分があれば、そこが一番痛い。
実際には3カ所が痛いと訴えていても、メインの1カ所しか主に感じない。
本当の痛みがどこにあるのか?どこから来ているのか?謎はどんどん深まるけれど、玉ねぎの皮をむく代わりにさらに重ねるので、その分根本要因は内側へ内側へ入っていく。

内側のアディを探るのは、決して容易ではない。
早ければ早いほど、まだトレースできる・・・のだけど、時間が経てばかなり自覚を取り戻すのに時間がかかる。確信である「自覚」に触れるためには、自分に正直でなければいけないし。心のトリック力はすばらしいし。


ということで、今回の痛みがうまく抜けなかった理由も、アディ。
「こんなエクササイズをヨーガと呼ぶべきじゃない!」みたいな感情でした。笑
自分だって決して一人前じゃないのにね。

ただ、前回の記事を書いた時点で気付いてるはずなのだけれど。
ここがトリック。
いくら頭で気づいていてもダメなのです・・・
心で気づいて、心から解放しないと・・・

うまく伝えられないけれど・・・
心で解放すると、素直に感謝の気持ちが湧き上がってくる。
すべての出会いに。
ああこの学びのためだったんだ・・・って。

世の中に敵はいない。
もちろん理不尽な世の中だと嘆いたり怒りの感情を持つのは容易いけれど、愛で包み込む別の道があるはず。

そうそう、もちろん、怒りスイッチを上手に押してくれるうちの娘に対してもね・・・笑(幸い、身近に娘に対して以上に理解できないわ!と思う人はいない。)

世界の戦争をなくしたいと思うのであれば、身近なところから、戦争をなくさないとーっといつも娘に言ってます。笑 (私が親として、自分の責任として、どうにかしなければいけないと思う感情を大分捨てたので、前よりは平和だけれど。笑)

自分を世界から分離しないこと。
ヨーガの世界観の中では特に大声で語られていないけれど、パリカルマ(心のお洗濯)の最後の切り札、ウペクシャ(切り捨てる)にもこの要素は入っていると思う。

その場から去るとか、関わらないとか、自分を分離している感を含んで聞こえるけれど、本来の意味は相手の尊厳を含む。相手への愛を含む。だからこれはきっと、その場から去るという否定的な感情を持ってUターンする感じではなくて、その場にいても気にならないくらい、愛を持ってすべての存在を認めるばかりに、あえて関わる必要がなくなるんじゃないかなと。もし、「こんな奴に関わっていたら時間の無駄!」みたいなウペクシャだと、「残念でした〜」とばかりに新しいもっと自分の心の平穏を乱す存在に遭うんじゃないかなあと。

敬意=人間愛=コンパッション。
結局はここだわ。

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# by nu2meg | 2017-08-27 01:58 | ヨーガ

無理すると・・・

4月から毎日1日1−2時間はアーサナという生活をしていて身体をある程度伸ばさないと気分がスッキリしないわーという状態になっているのだけれど・・・

あれは1ヶ月コースが始まったばかりの時。
なんとなく、ちょっと勢いつけちゃってビッとお尻の筋を痛めた?ということがあってから、前屈は非常に苦手になっている。

ヨーガも怪我の元になる時・・というのがあって、そのひとつが動きが雑な時。(丁寧にゆっくり伸ばしてると怪我はしない)しょっぱなから、なるほどなことを学んだなあーと思っていたのだけれど、1週間ほど前に、ローレンスと一緒に彼のヨーガの先生のレッスンを一緒に受けて(2人目。1人目は非常につまらなくただの筋トレだったから、2人目はどうかなと思って興味から・・)さらに身体を痛めた。

4ヶ月ほどどんなにレッスンしても筋肉痛とは遠かったのに、その先生、プッシュプッシュなパワーヨーガというやつだから、フン、効果はいかほどか?と意地になってついてったら、1時間のレッスンだったけど、翌日から超筋肉痛に!苦笑

久々に、気持ちよくないヨーガをさせられて、ああ〜、本当に世の中のヨーガの先生がほぼこんなものをヨーガと呼んでいるのは冒涜だ!なあんて、ちょっと憤慨しつつ嫌な気持ちでいたから(笑)私の感情こそが元凶と言えるかもしれないのだけれど・・・

いやほんと、あれをヨーガと思ってもらったら困る!
インド政府が資格制度を設けてクラシカルなヨーガ理論をちゃんと叩き込んで欲しいと思っているのが痛いほどよくわかった・・・(インドで学ぶからといって、全てがクラシカルではないし、逆にヨーガの真髄を通している流派がいくらあるのか??)

話を戻すと、筋肉痛でひやあー参ったと思っていた私、息子のお休み前の本を読むのにビーンバッグに無造作に座って、それが非常に非常に身体に負荷がかかる形で座っていたようで・・・多分、それが原因でなんだか右側の足の付け根のあたりの筋が変な風に・・・とにかく違和感と前屈による痛みなのだけれど(せっかくほぼ回復してたのにー)とにかくその時は気づかなくて、夜寝る前にいつものようにスーリアナマスカールでスッキリしようと思ったら(朝も、寝る前も、スッキリしたい時はこれ)いやー。痛い!

*筋肉痛でなかったら、体がちゃんとアジャストしてたはず・・自分の体のちゃんとした感覚をなくしたということが問題。

ヨーガの先生にとにかくリラックスしながら血流を良くすべく広げるのが一番とアドバイスされて、そうしているうちに緩んできたのだけれど、この痛みはなぜかポツポツ移動中。たいした痛みではなく、自分が繊細に感じているから余計にだとは思うのだけれど、なんだかここに来てイヤーな感じを覚え、ひしひしと思った。

 もう二度と意地になって、自分に合わないヨーガもどきになんか時間費やさない!

だいたい、自分と向き合う・自分の限界に触れることはヨーガだけれど、自分と戦うのはヨーガじゃない。グループレッスンなら、それがコンペティションや他人との比較での他者との戦いにもなりがちだけれど、本当のヨーガはそういうものではない。

気持ちいい・・・がないヨーガなんて。

しかし、先生ひどかった。
スーリアナマスカール(太陽礼拝)を超高速スピードで・・・といって、全然ポジションごとの型を気にしない。あまりにも酷かったので、「このスピードは無理でしょ?何の意味があるの?ちょっとあなたがこのスピードでどこまでできるのか、やって見せてよ。」と挑発的発言をした私。(さすがでしょ・・・笑)

そのスーリアナマスカールの散々だったこと・・・全くアーサナを習得していない人だとよーくわかった。何一つピシッと決まってない。身体の線も動きも全て。

思わず、「そんなスタイルでアーサナもきちんとできてなくって、ただ早くする意味ってどこにあるのか、私には全然理解できません。」と一言言ってやったけど・・・(彼は私の綺麗なアーサナを見て負けたと思っていたはず。笑)

スーリアナマスカールが綺麗だと、本当に見てても気持ちいい。
エネルギーの流れと、体のしなやかさにうっとりしてしまう。

もし自分がヨーガの先生を選ぶことができるなら、面接でやってもらうなあ。笑(超上から目線)

おっと。クラシカルヨーガ的にはこれも間違った感情。
人の批判なんて・・・ね。
でも、ヨーガにハマればハマるほど、やっぱり伝えていくべきヨーガのスタイルというのがあると思うし、これだけは外せない!

  気持ち良くなければただのエクササイズ。
  イタ気持ちいいとかじゃなくて、気持ちいい。
  毎日しなきゃじゃなくて、毎日したくなるヨーガ。

改めて、自分が追求しているところがはっきりするために、移動し続けるへんちくりんな痛みを体感中です・・・。


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# by nu2meg | 2017-08-23 01:04 | ヨーガ

web site

あまりに商売熱心でないのもなんだかなとは思いつつ、ようやく自分のパソコンから見れなくもなっていたウェブサイトをリニューアルしました。


新しくメニューに入れたのは、寄付金ベースの遠隔ヒーリング。
こちらは、申込後にお好きな金額で口座振り込みしていただいて、その半額は地元ムンバイのNGOに寄付するという形になります。振り込みは目安としては2−3週間以内にしていただければ大丈夫です。

結局、ヨーガのインストラクターのためのアサナトレーニングは5月から週5で毎日2時間ずつ。夏休み中もネットを通してインドに戻り、授業を続けていて、しかもまだまだ続くらしいので(笑 超インド的な展開だ・・)当分、ゆったりな時間は持てそうになく・・

さらには、念願?のヨーガカウンセラーのコースも始まってみたら、社会に役立つプロジェクトを立てて実行する!という、とんでもない大仕事に直面し(カウンセリングってコミュニケーションだし、自分を育ててナンボということでもあるから、というのだけれどね)早速一つプロジェクトを立てて、進めていく予定。

今年度から、子どもたちが通う学校でも、親向けのヨーガを教えることになっているので、いったいどこに口コミ以上にプライベートセッション受けている時間があるのか??という疑問もあるけれど、・・・そういえば、そう言って、日常がすでに忙しくて時間がないと言って逃げてきた感もあるかも・・・と、なぜかここ数週間、淡々と隙間時間をウェブリニューアルに力注いでました。自分で勝手に制約かけてるなと。

主人に英語添削してもらおうと思ったら、これまた時間がかかりそうなので(過去の体験上)、見切り発車。まあ、どんな英語でもいいよー。私は私でオッケーみたいな。笑

夏休み、ヨーロッパと日本で過ごしてインドに戻ってきた時、気がつけばここが自分たちの家になっているなあーっと改めて感じたシュネック家。お留守番してた猫たちも大歓迎してくれたし、子どもたちが普通に学校に戻って行って新学年なのに変わりなく日常に戻れて良かったーという感じです。

日々の気づき、もっとブログを通して発信していくこと・・・も、頭に置きながら、リニューアル報告アップしますー。


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# by nu2meg | 2017-08-21 16:08 | ヒーリング

義父への追悼

義父がこの世を去って、数週間になりました。

義父はオーストリア生まれでもともと獣医さん。
獣医時代にホメオパシーの良さを知り、レメディも使っていたそう。そして獣医時代にひょんなことから、ダウジングを知った義父は、その面白さにはまり、さっさと獣医をリタイアしてからは、いろいろなエネルギーを発見して、その法則性を見つけ・・・というように、特にアースエネルギー的な分野でのダウジングを得意とするダウザートしてその道では頼られる存在でした。

ヨーガの最終試験が終わったら、書こうと思っていた文章。
6月に英国に行く時に、一緒に読んでもらえるかなと思いつつ心の中では絶対にダウジング協会(個人的に関わりが多かったローカルなデヴォンダウザーにしたけれど)に投稿しようと思っていたもの。

残念ながら、私の試験の数日前に義父が旅立ったので、結局彼とは最後に会えずじまいになってしまったけれど、その文章がこれです。




自分の文章ながら、日本語訳しておきます(脚色入るけど)

入院中にネガティブなエネルギーを浄化することの大切さについて。
ダウジングの恩師でもあり、義理の父である、DRグンター・シュネックを偲んで
                    シュネック倫子 著

去年のクリスマス、グンターの健康状態が芳しくないということを聞いた私たち家族はみんなでデヴォンに集合した。(義兄夫婦の家族が2組と私たち)そして私たちは、実はグンターが長年、膵臓癌を患っていると知らされた。

この文章の読者には彼を直接ご存知な人もいると思うのだけれど、グンターはダウジング、特にアースエネジー分野においてのいろいろな発見に人生の後半を捧げた人だった。実はシュネック家の中で、この彼の専門分野に興味を示したのは、私一人だったこともあって、グンターは会うたびに、本当に、私にいろいろなことを教えてくれた、私のダウジングの師匠だった。

2月のある日、主人が急遽一本の電話を受けた。病院に入院中のグンターが危篤で後数日しか持たないだろうという話だった。私たちは国内旅行中であったにも関わらず、彼一人でムンバイにいったん戻り(書類がないとインド再入国が難しいから)イギリスに家族に会いに行くことになった。彼の二人の兄たちも、それぞれニューヨークから、ウィーンから、家族水入らずの最後のお別れにと家路を急いだ。

この話を聞いて、私が最初にしたのはダウジングだった。
グンタは本当に、危険な状態なのか?
  • 肉体的なエネルギーレベルは?
  • 感情的、精神的なエネルギーレベルは?
  • 彼のエネルギーを妨害している、サイキックエネルギーや、病院に残っている何かネガティブエネルギーがあるんじゃない?

この15年間、グンターのダウジングの教えとともに、ヒーリングを学んできて、私は病気の人が本人の自己治癒力を最大限に活かせない状況の中にいる場合もあることを知っていたので、とにかくいち早く、ネガティブなエネルギーがあるなら、それをクリアにすることが大切だと思った。もしグンターが私の立場で、バランスのとれた状態だったら、彼だって一番最初にそうしただろうことも知っていた。

彼の肉体レベル、そして感情レベルのエネルギーは確かに低かった。
たくさんの、妨害エネルギーが影響していることも明らかだった。

とにかくそのエネルギーを浄化することが私の役目だと、浄化しながら、グンターがまだ生きたいという気持ちを感じていた。・・・というのも、彼の精神的(メンタル)なエネルギーのレベルはまだまだ強かったから。

家族みんなが、グンターの死と向かい合わないといけないと落ち込みモードだった時、私の中には、強いFAITH(絶対的信頼感)があった。彼が回復することをダウジングで妨害エネルギーをクリアにした時に感じた。妨害エネルギーがなくなれば、ちゃんと自己治癒力が働く。そして彼にはまだそのパワーが残っていた。

とにかく、病院内に残っているネガティブなエネルギーというのは半端じゃなかった。もう肉体を去ったのだけれども、どこにいっていいかわからないエネルギー。まだ死にたくないという気持ちと、もう死んでしまいたいという気持ちが相反しながら強く強く残っていて、そのエネルギーは、入院中に「もう死んでしまいたい」と少しでも諦めの気持ちに下がるとスーッと患者に入ってくるかのような感覚。それは、まるで自殺の名所に残っているエネルギーと似ていると思った。「生きてたってろくなことない。もう死んでしまいたい・・・」少しでもそんな気持ちを自殺の名所を通りかかった時に感じていたら、やっぱりそのエネルギーがくっついてきて、「魔がさしたような」自殺をしてしまう現象があるように・・・(*ドラッグやアルコール中毒患者も同じ傾向があります。)

もちろん、病院にはネガティブなエネルギーがあるだろうとは思っていたけれど、それは私の想像を超えるものだった。きっと肉体的な限界ではなく、こういう妨害エネルギーによって、たくさんの命が先走って、不本意な死を向けているんだなという裏?の現実が私には明らかになった。ただでさえ、病気になれば落ち込みがちなのだから、「ふと落ち込んだ時に、入ってくるエネルギー」がいかに簡単なことかは想像できると思う。。。

その後、私は毎日グンターのエネルギーをチェックすることにした。はじめの頃は数時間おきにチェックしなきゃと思わせるほどの量で、どんどんクレンジングした。クレンジングと言っても、ヒーラーとして私がしていたのは、あっちへ行け!という方法ではなくて、手助けを必要としているエネルギーをあるべきところへ還してあげるようにヒーリングエネルギーを送る事。実際には、ちょっとヒーリングが必要な場合の方が多く、すごくシリアスにネガティブという存在はほとんどなかった。質よりも量というか、とにかく寄ってくる数は多かったけれど、浄化していくスピードも早かった。

数があまりにも凄かったということもあって、これじゃあ自己治癒力が働けないから・・・と、私は一刻も早くグンターに退院してもらいたかった。でも同時に、グンターが意図的にこの発見を多くのダウザーやヒーラーに広めるべきだと訴えている気もした。これは、まるで最後のジョイントプロジェクトなようだ・・・と感じながら、毎日エネルギーチェックと浄化に励んだ。

彼のエネルギーレベルが明らかに低い時、私は主人に「今日はちょっとローだったよ」とレポートし始めた。最初の頃は「ふうん」だった主人も、義母と電話で話をすると、私がローだったという日は確かにローだった・・・ということがあまりにも続くので、主人も私のダウジングを信じるようになってきた。

時には、義母の状態もチェックした。なんとなく、義父の感情状態が悪い時にチェックするとやっぱり義母を心配するかのような状態だったので、義母にも病院内に残っている似たようなエネルギーに左右されてバランスを崩しやすいことがわかった。とにかく、自己治癒力を最大限発揮できるようにと思って、ペンディラムを振る日々が続いた。

人生の最期は自宅で迎えさせてあげてほしいと、私は何度も主人に言ってきたけれど、それはもう自分の力で歩くこともできないこの状態では無理だ・・と言われていた。でもとうとう、4月の頭に朗報が来た。
医者としてすべきことはもうしてきたけれど、これ以上は手を施せないということで、退院が決まったのだ。

もちろん、家族の中でそのニュースに喜んだのは私だけだったけれど、心から神様に感謝したい気持ちだった。
この時ほどイギリスの医療システムのあり方をすごく素晴らしいと絶賛したこともないかもしれない。(日本なら確実に、死ぬまで病床ケースだと思う。*イギリスは国民保険的なシステムで医療費が国負担になるので、病院でケアする以上、国家の予算を使うことになるため、自宅へ引き取ってもらってプライベートでケアを入れてもらう方が経費削減につながる)

私が思った通り、病院を離れたらそれまでひっきりなしにクレンジングが必要だった状態が一変した。自宅で自分たちが愛でてきた庭を眺めながら過ごした時間は、グンターにとっても幸せな時間だったと思う。一刻を争うようなアップダウンの激しい状態から抜け出して、彼の病状は安定した。

実は、退院時に義母は「あと数日だろうけれど」という前提で退院に至ったらしいのだけれども、グンターは1ヶ月以上、自宅で余生を過ごすことができた。

ただ、私には一つの疑問があった。
いつまでグンターが私にクレンジングを求めているのか・・。

もし、グンターが私にもうエネルギーの調整をしなくていいよと思った時、私は頻繁にチェックしなくなるんじゃないか?それが彼の意思ではないか?そんな思いが私の中に浮かんできた。そして、そうなったら、それはそれで彼の意思としようと・・・。そういう姿勢でいることにした。

数週間ごとにイギリスに様子を見に帰っていた主人は、5月の半ばにまた戻る予定にしていた。私はなんとなく、グンターはローレンスが帰るのを知っているから、元気に違いないと思い込んでいて、数日間ダウジングをしないでいた。
そして、その日の朝、主人が車でデヴォンに向かおうとしていた時、(インド時間では朝)義母から父危篤のメッセージが入ったと主人からメールが届いた。

その日の朝はいつもよりちょっと遅めに起きたのだけれど、朝一でメールをチェックして驚き、朝一番にダウジングをした。
私はペンデュラムが止まるのを待てなかった・・・明らかにエネルギーレベルが低い。ちょっとドキドキしながら、私はとにかく彼の周辺のネガティブなエネルギーをクレンジングした。でもそれでも今までと違って、状況が明らかな改善を示さなかった。

唯一の救いは、彼の肉体レベル、メンタルレベルのエネルギーは低いけれど、感情レベルは満ちていたということだった。これまでにない、深い深い、優しいヒーリングエネルギーを感じながら、自分にできることをした。

その最期のエネルギーチェックは5月13日のことだった。
グンターは88歳の誕生日を、祖国オーストリアのザッハトルテでお祝いして数日たったばかりだった。

6月に家族で訪問する予定だったから、私はその時にもう一度会えることを深く望んでいたのだけれど、グンターはきっと最愛なる妻、義母のためにこのタイミングを選んだのだと思う。きっとグンターは自分が旅立った時に、義母をサポートしてくれる人がいるその時をベストだと判断して・・・(そしてまだこれから庭にたくさん花が咲くイギリスで一番いい時期に・・)

幸いにも私はグンターが感情的には満ちていた状態で旅立ったということを知っているから、自分の意思で死の時期を選んだ彼を素晴らしいと称えたい。インド人の友達は、スピリチュアルな人間として自分の魂の死のタイミングを選ぶことはそんなに簡単なことではないけれど、一握りの人間にはできる素敵なことだ・・・と言っていた。彼はそんな生き方を意識的にやってのけた魂の存在だと信じている。

グンターは、本当に楽しくてお茶目な人だったから、彼が今頃ニコニコと、歌ったり、冗談言ったりしながら、肉体のない軽くて幸せな魂の存在に戻ったことが想像できる。

私の5歳と12歳の子どもたちは、すでにダウジングに興味を持ってペンディラムを振っていたりする。
今後は私たちがダウジングするたびに、グンターの魂は私たちのガイドとしてふっと寄り添って見守ってくれることに違いない。

愛と感謝の気持ちを込めて。
シュネック 倫子

インドのムンバイにて
2017年5月18日

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# by nu2meg | 2017-06-08 13:39 | ヒーリング

ヨーガの世界観 7  シャットカルマ・アーサナ・プラナヤーマ

どうもこぼしているところがありそうなので、その他のまとめです。

完全に自分の復習のためだけれど、せっかくなので。笑)


ヨーガの解毒法

シャックリア・シャットカルマ


解毒の理由

1)病原の排除

2)内臓含む肉体を清潔にすること

3)身体機能を最も良い状態にしておくこと

4)免疫力アップ

5)長寿

6)精神的、スピリチュアル的に成長するため


シンプルに歯磨き(ダンタムラ)や目の体操(トラタカ)とかいうものもあれば、鼻洗浄(ジャルネティ・ストレネティ)、浣腸(バスティ)とか想像するにはまあ、なんとか大丈夫なもの、そしてわからないではない、重曹と塩入りのお湯を飲んで吐く(ヴァマンドウティ)という洗浄方法もあれば、想像を絶する布を端っこから飲み込んで、最後には口から出すというもの(ヴァストラ)まで存在する・・


一瞬、レバーフラッシュもあるのかと思ったけれど、さすがにその方法はなく・・・でももし書かれていたとしたら、やっぱり想像を絶するものだったろうなと思う。笑 ヨーガの道に入る前に、さりげなく解毒の必要性を感じて別方法でやっていた私ってすごいなあと思ったり(笑)実際に、体の内側が綺麗になれば、身の回りも整えたくなるという気持ちになるので、コンセプトはすごーくよく分かる気がする。


基本は、ナディシュディ:ナディ(エネルギーの通り道)の詰まりをなくすこと。

確かに肉体レベルでの詰まりは、感情・思考レベルでの詰まりの始まりを示すし、体の声を聞くことは、心の声を聞くことにつながる。解毒のスッキリ感は爽快だし。

とは言っても、今みたいに保存料や添加物が無い時代でも、解毒の必要性があったということは??? 現代人で不必要な人はいないだろうなあ・・・大体、食べ過ぎだし・・


ヨガスートラでは、ニヤマのソーチャで、不純なものを内的にも外的にも排除すること、ピュアなものを食すことが身体を内臓から綺麗にしていく大切さが書かれている。ただし、シャットカルマ的に詳しく解毒方法が書かれていたわけではないので、シャットカルマ、シャットクリアといえば、ハタヨーガのゲーランダーサンヒーターの右に出るものはない。


ハタヨーガプラディピカによると、肉体的な不調のある場合には、解毒すること(shodhanam/purification)がまず第一歩であると書かれていて、上記の布を飲み込む式(ヴァストラ)という方法のみが紹介されている。


ゲーランダーサンヒーターには、6つの分類のシャットカルマを細分した26個ものいろいろな解毒方法が記されている。(最も多い、ドウティはさらに4分化)もちろんだけれど、ヨーガの道に進む人というのは一般人ではなかったので、一般的に行われていたわけではないのだけれど・・・


=============


アーサン もともとは、座位

ヨーガのポーズは長時間、肉体の限界や苦痛を感じずに座って瞑想していられるようにというものなので、基本は座ること。いろいろなポーズはカルチャルアサナと呼ばれる。


パタンジャリ:アーサナは、安定感を与えるポスチャーというだけでなく、心地の良いもの。


解読者の訳

ヴァカスパティ(解読者):その人が居心地よく座れる場所

ヴィギャナ ビクス(解読者):特定の座り方

ラガヴェンドラ サラスワティ(解読者):安定感を快適さを与える座り方


自然から学ぶ

自然界の生き物が、理屈でない行動を取ることなど、ヨギたちは自然からたくさんのヒントを得て、アーサンを作った。肉体的、精神的、そして倫理的な視点からもアサナが作らてている。


ヨガスートラ: アーサンをマスターしたら、寒さや暑さといった状況にも影響を受けなくなる。


アーサナでは背骨が大切

肉体は、心と神経系をつなぐものであり、背骨をねじったり伸ばしたりすることで、筋肉だけではなく、神経系に深く働きかけることができる。

 中枢神経系:脳から背骨の神経

 末梢神経系:背骨から手足

 自律神経系:背骨から内臓(交感神経、副交感神経)

筋肉ではなく、背骨を意識して神経に直接働きかけることでバランスを取ることが、アーサナの役割。この理由から、アーサナは心と体をコントロールするものであり、肉体にとって疲れるようであったり、激しいものではあってはならない


呼吸のリズム

アーサナを最大限に生かすため(最大限に恩寵を受けるために)スリ・ヨゲンドラジー(ヨガインスティチュートの創始者、「家庭でできるヨーガ」を推奨し、伝統ヨーガのアーサナもプラナヤームも効果は保ちつつ、多くの人にとって役に立つことができるように改善されている。)は、ヨゲンドラリズム(ダイナミック)という呼吸法のリズムを考案した。


2;4;2 (例 2拍 吸いながらポーズへ:4拍 止める; 2拍 吐きながら最初に戻る)


伸ばすとき(どの場所を伸ばすかに注意しながら):吸う

縮むとき・よじるとき:吐く


一連の動きを分割することで、疲れにくく集中しやすくなる。

呼吸を止めるときに、身体へ集中できる。

カウントすること、動きをコーディネートすることで、集中力と心とのつながりが強くなる。

呼吸を止めることは肺の機能を活性化させることにもつながり、プラナヤームの前練習になる。


伝統的なヨーガのリズムは、スタティック。完成ポーズでゆったりと呼吸を続ける方法。本来のヨーガはこうやって完成ポーズに到達すると、そのポーズを数分も数十分も保つという形で行われる。スタティックのいいところは、完成ポーズにたどり着いていない身体を徐々に近づけるために、限界線を徐々に広げていくことができること。限界を知り、その時点で身体の力を抜き、空間を見つけたらまた、さらなる限界を求める・・・前屈などはこの方法でゆっくり確実に元々の限界を超えることができるようになる。


*初心者には、ダイナミックの呼吸法で3秒・6秒・3秒くらいのリズムで同じアーサンを3回繰り返すという方法が最も効率が良いとされる。とにかく「ゆっくり、丁寧に、最後まで急に脱力することない集中力」でシンプルなアーサンの効果が最大限に生かされるので、初心者が難しいポーズを極める必要性はない。


コンディショニング

アーサナの前に心を整えて、日常生活から切り離し、自分の心身と向き合う準備をすること。もし、心ここにあらずでアーサナをしたとすれば、その効果はほとんど無い。(ジムでテレビを見ながら走るのと同じで、肉体的には達成感のある難しいポーズをこなしたとしても、神経系に直接作用するという大切なヨーガの効果は心の集中なしには十分に得られない)


1日の量

毎日アーサナを行うことが何よりも大切。しっかりと習慣づけてアビヤーサ(練習)をすること。1日の時間としては30分程度で大丈夫。週に1度2時間のアーサナよりも、毎日20分のアーサナの方が効果的。(ほぼラジオ体操の雰囲気。実際にインド人の友達に、日本にもヨーガみたいな全身運動みたいなのがあるんでしょ?と聞かれた)毎日・・・ということは、習いに行く・・という方法ではこの条件は満たされないことになる。


特定のアーサナをしてはいけない人

正直言って、私はまさか自分がこの対象に入るとは思ってもいなかったのだけれど、厳密には、高度の近視という症状もここの対象に入る。そしてまた、網膜剥離にまでなってしまったのだから、プラナヤームにも制約がある。もちろん、アーサナによりけりなのだけれど・・・


特に制約が多いのは、心臓疾患のある人。高血圧の人。低血圧の人。ヘルニアの人。急性リューマチの人、頚椎症の人。妊婦さん。これらの症状に対して、いい効果があるという研究結果もある中で、特定のアーサナはリスクを伴うとされるので。


とりわけ200時間のトレーニングを受けただけの、レベル1の私には健康な人しか教えることができない。500時間のレベル2になると身体的症状の制約のある人への対応もできるようになるので、どうサポートすればいいのか、気になるところだけれど・・・(でも現時点では、インスティチュートで学ぶには、小さい子がいるにはとっても無理な時間帯なのです・・残念)


基本的に、動きが大きくなると、血流が大きくなるので、心臓疾患者、高血圧者にはダメ。


爪先立ちをするような、バランスをとるアーサナにおいては、低血圧者、めまいのある人、膝が痛い人にはダメ。


内臓疾患のある人、開腹経験者は、その部位を圧迫したり、捻ったりするようなアーサナはダメ。


妊婦さんも、もちろん腹部を圧迫したり、捻ったり、逆さになったりというアーサナはダメ。


頚椎症やヘルニアなども、特に捻りが入るとリスクが高いので、要注意。


そして私のケース。極度の近視には、視神経が引っ張られる前屈がダメ。


なお生理中の人も、腹圧がかかるアーサナや、逆さになるようなアーサナはダメ。


・・・というように、基本的に「その人の体に負担を感じる」というアーサナは禁止されています。(最も、極度近視の場合、だからと言って負担すら感じてないから、『ええええ!!!?』だけど・・・)無理をしないというのが最も大切。もし、私にはキツイ~と思っても我慢してなんとかついて行っているスタイルなら、そのカリキュラムは自分に合っていないことになる。


終了して、疲れたーではなくて、気持ち良かったー!エネルギーチャージされてなんだか力が湧いてきた!というのが、理想であり、本来のヨーガのスタイル。

無理してでも、形を仕上げて、達成感!・・・では伝統ヨーガから離れてしまいます。


アーサンの効果

ヨーガスートラ:完全なアーサナをマスターすることができたら、暑さや寒さなどといった状況に惑わされることがなくなる。


一般的にはどう効果があるのか。

普段使う以上に背骨を伸ばせば、背骨と背骨の間の柔軟さが取り戻されて、隙間にゆとりができます。背骨の中心には神経が走っているので、神経系にもいい効果をもたらします。特に凝り固まって詰まっている場所がほぐされたとすれば、明らかに「流れ」が良くなります。

腹部を圧迫、またよじったりすれば、その部分にある内臓が圧迫されます。圧迫されることにより、血流が良くなるので、普段はしっかりと血流がない部分にもしっかりと血流が流れることになり、老廃物を取り除くディトックス効果も期待できます

普段しっかりと伸ばさない筋肉を伸ばすことも、肉体的なしなやかさとともに、精神的なしなやかさを取り戻すことにつながります。内臓圧迫と同じように、血流が良くなります。


肉体的なスポーツでも同じだと考えられがちですが、ヨーガには呼吸があり、意識の集中があります。呼吸は「気」を取り入れることなので、意識を集中することによって、体にはいい気が廻るという最も大切な効果もあります。


それぞれのアーサンの効果は、それぞれのアーサンがどこを伸ばしているか、圧迫しているかに気を向けることで、理解できます。

また、その部位以外にも力が入りがちですが、あえて脱力することがコツ。まずは、関係ない部位の力を抜き、最終的には、関係ある部分の力も抜くこと。


プラナヤーマ

プラナ:人間が生きるために必要な「気:バイオエネジー」

プラナヤーマ:意識的に、気を整えたり方向付けたりすることで、心もコントロールすること。


ヨーガ的な呼吸

ラチャカ:吐く    吐いて止める(サスペンド):スンニャック

プラカ:吸う     吸って止める(リテイン) :クンバック

スタンバ:止める


ヨーガスートラ: 8支則の4番目。

目的「呼吸を制約することで、心が穏やかになる。」


ハタヨーガプラディピカ:

呼吸が乱れたら、心も乱れる。呼吸が整えば、心は穏やかになる」

 バンダ:ハタヨーガのテクニック。
    ジャランダ・バンダ  ウッディヤナ・バンダ ムーラ・バンダ

 ハタヨーガ8つのプラナヤーマ

    スーリアベンダン・ウッジャイ・シーッカリ・シータリ・バストゥリカ・  

    ブラマリ・ムルッチャ・プラヴァニ

 目的:「マノンマニ」完全なる平穏な心の状態。

    シュシュンナナリの流れに滞りがない時にしか、この状態にはなれない。

    クンダリニ


心は常に感覚の影響を受けている。プラナが不安定な限り、心は不安定になる。だからプラナを整えることによって、心の平穏を促すのがプラナヤーマ。

  • まずはシャトカルマで肉体を浄化しないといけない。
  • プラナヤーマの前にアーサナは完全に極めないといけない。
  • プラナヤーマは完全に捧げながら綺麗な心で定期的に行わないといけない。
  • プラナヤーマは焦らずゆっくりと完成させるものである。
  • 始めたばかりの頃は、ミルクやバターなどを摂るべきである。
  • 呼吸機能がしっかりと順応し発達した上でスタートすべき。


プラナヤーマの危険性

  • ゆっくりと時間をかけなかった場合、プラナヤーマは人体に悪影響を与える。
  • ホメオスタシスは乱れ、精神分裂をも引き起こす。
  • しゃっくりが出たり、呼吸が乱れたり、カタル症状が出たり、頭・目・耳の痛みが出たりする。
  • 心身病の症状を引き起こす。


プラナヤーマを始める前に注意点

  • スークアーサンなどで5-10分はコンディショニングする。
  • 腹部を安定させておく。
  • 背骨はまっすぐしっかりと集中して行う。
  • 激しい、早い、スムーズでない動きはしない。
  • 注意深くゆっくりと呼吸すること
  • 完全に集中して行うこと
  • 12歳以下には厳禁。
  • てんかん、めまい、頚椎症、断食をしている人は座って行う。
  • インスティチュートのプラナヤームは家庭用に改善されているもの。
  • 30ラウンド以上はしないこと。
  • アサナの後にするもので、食後3時間以上経っていること。


プラナヤーマの共通した恩恵

  • 自分の心の動きに気を配ることができるようになる。
  • 神経を穏やかにする。
  • 考えがクリアになる。
  • 効率が良くなる
  • 客観的に見ることができて、手放すことが楽になる。
  • 集中力と記憶力を高める。
  • 感情温和になる
  • 自信を持てる
  • 心と体のコーディネーションが良くなる
  • 身体的にも精神的にもエネルギーアップ。

追伸
おかげさまで、無事合格しました〜!
試験官の先生方もとっても素敵な方々でした。
合格の秘訣は、基本はしっかり勉強して丸覚えでなく、自分のことばで理解する事。
面接はありのままに、正直に?


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# by nu2meg | 2017-05-14 19:48 | インド

ヨーガの世界観 6 健康、病気予防ためのヨーガ

とりあえず、今回でQCI(インド中央政府が行う資格)勉強のヨーガ理論部分は終わり。1ヶ月のコースでは、この他に解剖生物学の基礎をさらっと習い、QCI必須のアーサンとプラナヤーマ、クリアを習い、またヨーガインスティチュートの行っているアーサンやプラナヤーマやその他インスティチュートで大切にしていること、そしてもちろん教え方を学びます。宿題も多くって、かなりハードでしたが・・・。

インスティチュートの試験は、ヨーガはストレスを増加させるためにあってはならない!ということで、基本的には受験資格を失わなければ(5日以上休んだりして)合格になります。ヨーガが1ヶ月でマスターできるものでも、1ヶ月で完全に教えられるなんてありえないので。(この辺あまりにゆるくていいのかと思ってしまうくらいだけれど・・・)

そしてQCIテストは、翌月の第3水曜日かそれ以降に、受けることができます。
実はこのテスト、独学で受けても良いそうですが、ヨーガインスティチュートのコースを通して受ければ、筆記と実技は免除され、当日の試験はたったの10−15分の口頭試験のみ!(と言っても合格率は50%と低い。)しかも、普通に受ければ外国人プライスが適応となり、かなり高いのだけれど、インスティチュート通すと現地プライスにさらに口頭試験のみ価格が適用。遠隔に住んでいる人にはスカイプでの口頭試験もあります。なんだか得した気分!?(そういう人は、インスティチュートの宿泊棟に滞在してコースを受けてます。)

こうやって、日本語に直して復習しつつヨーガの深さが改めてよくわかった気がするので、インドの国家資格に受かろうと落ちようと、まあ、どっちでもいいや(ヴェイラーギャー)という気分になりつつ、外国人プライスだったら受けようとしなかったかも(申し込んだ時点で気づかなかったけど)っと思う私です。笑

前置きが長くなりました。

健康のため、予病のためのヨーガ

WHOの定義「健康」
肉体、知的、感情的、社会的、精神的に完全に良好な状態。
*病気のない状態とは言わない

辞書での「健康」定義
体と心と精神が安定した状態。特に病や痛みのない状態。

ヨーガはセラピーか?
ヨーガの自然な産物として健康を促すという事実があるけれど、厳密にはセラピーではない。医療科学者によると、ヨーガは神経やホルモン系のバランスを整えるという働きがあるとされ、ヨーガセラピーという存在すらあり、多くの人々を惹きつけたが、その一方で本当の意味が失われつつある。

ヨーガが治癒方法として推奨される理由
アーサンとプラナヤーマを続けることは、肉体的な苦痛を取り除くことにつながる。
ヨーガのプラクティスは、肉体的、精神的疾患、心身症などの治癒や予防に役立つとされている。

病気の治癒よりも予防を
病気になる前に、人は何らかの体からのサインに気づいているはず。もしその時に、きちんと対応していれば、病気が深刻化することはない。
病気を予防するためには、異変にいち早く気づき、心の声を聞くことが必要になる。

*これはヒーリングで習ったことと全く同じ。原文には心の声とは書いていなかったけれど、症状が出てきた時の「感情」に意識を向けて、その感情がネガティブな場合は、その心がアヴィ(病の元)となります。たいてい気づいてすらいないのだけれど、ヨーガでいう、リフレクションという方法で行動と感情を振り返り、そういえば!と思い出せます。肉体的な痛みなのに心に原因があるというのは不思議なようだけれど、個人的には膝の痛みからお腹の痛みまで気づくことですっと治った経験があります。

なぜ人は苦しむのか?
人生の意味を勘違いしているので、人は苦しまないといけないと思いがち。
今の日常では、不調になると医師に治してもらうという考えがあるが、彼らは症状を薬で抑えることを得意とするので、病人個人を包括的に治癒しようとはしない。

病気の本来の原因は全く問われることもないので、症状はまた別の症状となって現れ、悪循環は終わることがない。これは個人個人が自分の内側に要因を認めないで、病気を外因として捉え、自分の心身、行動に責任を持たないことの表れといえる。

一方でヨーガの世界では、なるべく外部に頼らないという考えがある上、ヨギの最も大切な義務として、自分の心身のバランスをすべてのレベルで整えるということがある。

ヨーガの視点から見た、健康と病気
サンキャ哲学には、3つの痛みの原因がある
アディヤトミック: 心と体のアンバランスが原因
アディボウティック:虫刺されや、犬に噛まれたなど
アディダエヴィック:災害によるもの

ヨーガの考える病気とは
すべての病気は心が原因。
ハタヨーガ・プラディピカによるとアディはすべての病気の原因の心であり、ビャディ(病気)はアディが肉体にもたらしたマニフェステーションに過ぎないとする。

心がストレス下あると、ナディというエネルギーの通り道が邪魔され、詰まると考える。ナリの詰まりはプラナの流れを妨げ、病気を発症させる。ナリの詰まりを取ることが病気を治癒する解決策。


ハタヨーガの健康の定義

細い体、輝いた表情、澄んだ声、目の輝き、病気のなさ、制欲のコントロール、stimulation of gastric fire ナディが綺麗であること、


HANOPAYA (病気の治癒)

病気の根源を治癒すること。

根本的な考え方

  panchakosha

tritaap theory

triguna theory

yoga chara theory

tridosha theory (ayurveda)

パンチャコーシャ By Taitriya Upanishad

アンナマヤコーシャ  肉体レベル

プラナマーヤコーシャ すべての行動に関与。コスミックエネルギーからエネルギーを得る

マノマヤコーシャ   メンタル・エモーショナル 考えたり感じたりする 

ヴィギャーナマヤコーシャ 知的 決断力 洞察力 

アナンダマヤコーシャ   スピリチュアル レベル


トリグナ エネルギーの質 傾向

ラジャス

タマス

サトヴィック


食べ物

ラジャス : 辛すぎ、スパイシー、ニンニク、玉ねぎ、コーヒー、炭酸飲料、紅茶、甘すぎ 

タマス  : 肉魚、卵、時間が経過した食べ物、プロセスフード、インスタント、ファーストフード、添加物いっぱい、アルコール、タバコ、ドラッグ、揚げ物、

サトヴィック:ベジタリアン、新鮮な野菜と果物、全粒粉のパン、豆類、穀類、スプラウト、ナッツ、シード、はちみつ、ハーブ、ミルク


ヨギがベジタリアンな理由

健康的であるということのほかに、すべての生き物は自分の一部であるという考えがある。


*インドは宗教上、何世代もベジタリアンな人がとても多い。でもこれまた宗教上?牛はお母さん的な存在で、母の乳をいただく的に、牛乳や乳製品(特にギー)はかなり絶賛。チャイは体に良くないと皆が口を揃えて言うのだけれど、チャイ自体は良さそうなのに、そこにミルクと砂糖をたっぷり入れることが問題なんじゃ?と外国人の目には映る。でも砂糖抜きのチャイはやっぱりインド人にはありえないらしく、インスティチュートで出るハーブティーには基本、砂糖とミルクが入っている(抜きも選択できるけど)・・・笑 インドの食事は基本的にはかなりラジャス。地元民にとって、このなるべくサトヴィックにというのはかなりの試練なのです。(うちの食事はほぼサトヴィックだけれど、ニンニクと玉ねぎは大好きで、こどもは揚げ物も大好きだよね?)


アユルベーダ的な食事の中のグナ。

the 5 elements

the 3 dosha

the 6 tastes

the 3 grade of gunas

これらのすべての要素は絡み合ってお互いに影響し合っている。

ここでは心と体に大きな影響を及ぼすとされる3グナについてのみ説明。


サットヴァ:「いいもの」ニュートラル、新鮮な野菜と果物、豆類穀類・・心をクリアにする、消化に良い、愛を込めて用意されている、添加物なし。  → ハッピー&平和的な人を作る

ラジャス: 「パッション」陽性、ニンニク、唐辛子、カフェイン、卵、クオリティの良い肉、アルコール、缶詰食材、怒りで作られ、油で揚げられ、料理しすぎたサトヴィックな食材もラジャスに入る。   → 熱血キャラだけれど、目的が達成できないと、簡単に怒りに転換

タマス:「無視」陰性。消化に時間がかかる、玉ねぎ、キノコ、お肉、残り物(時間が経過したもの)冷凍食品、レトルト、電子レンジ調理   →  やる気なし、鬱、文句言い、凶暴、自殺願望、盗み・・


*日本の若者の一人暮らしの食卓って・・・かなりタマスで納得??日本の昔からの食卓は、本当に素晴らしくサトヴィックだと思う。いわゆる精進料理こそが最も素晴らしいとよくわかる。ちなみに、普通にお塩とちょっとだけのお醤油、ベイリーフでお豆のスープを作ってインド人友達に食べる?と出したら、「こんな料理は初めてだ!」と絶賛されました。スパイスがなくても美味しいなんて!ということらしい。笑


6つの味

甘い、塩辛い、酸っぱい、辛い(hot)、 渋い、 苦い

アユルヴェダ的には、これらのすべての味をうまく掛け合わせましょう(偏らず?)という。(確かに現代のインド料理はすべて行き過ぎではあるけれど、極端に甘く、極端に辛く・という風に)そしてそれらのバランスが、3ドシャ(vata pitta kapha)に影響するので、それぞれに合わせたものをいいバランスで摂ることが大切とされる。


パンチャマハブタ 5大元素

akasha 空間  細胞には隙間がある。心の動きが穏やかになれば、スペースがゆったりできる。

vayu 空気・風 体の中の空洞の部分。鼻、耳、肺など。肺と消化システムへの影響大。体のエネルギーに直接的に関与する。プラナヤームやカパールバティクリアで、体の空洞を綺麗にする。

agni  火 見ること、消化すること、体温に大きく関係がある。規則正しく食べることで火のエレメントのバランスを保つことができる。

jala  水 血液循環、腎機能、消化機能に深く関わる。水はクリアにも体を洗うことにも使われる。

prithvi 土 食事と深い関わり。お風呂に入りながらオイルや食材で肌をケアすることも。

例)火のエレメントが強い→脱水→熱  火と水のバランスが崩れたから発熱


ヨギにとっての健康的生活

心、体、道徳的、スピリチュアルレベルでの健康を健康的な生活とする。

いい状態を保つためには、常に自分の心、体、環境を整えておく必要がある。また自分が大切にするものが何なのか、動機はどこにあるのかを知り、必要に応じて態度を改めることも大切である。自然と近い存在でいることもまた、精神的な成長のためにも欠かせない。

自分の心がどう揺れ動くのか、どう反応しているのか、習慣になっている思考の癖がないか、常に自分の心と向き合い修正していくことが必要。


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# by nu2meg | 2017-05-07 12:30 | インド

ヨーガの世界観 5 ヨーガとストレスマネージメント

*QCI(インド中央政府が行う資格制度)のヨーガとストレスマネージメント

心理学とヨーガの相違点
心理学:心・態度・思考・認知の勉強

心理学的には、心は脳の働きに過ぎない。
ヨーガ的には、プラクルティからできているマナスが、記憶を含むいろいろな心理状況を左右する存在とする。

アリストロテラスが psyche という言葉を使った時、その言葉は「呼吸」に関連した言葉だったといい、それはチッタに近い存在(厳密にはチッタの方がもっと複雑)を示している。

心理学も発展にともなって行動観察から分析と変化した。
フロイトは、意識を3レベルの認識と考えた。
1)意識
2)前意識
3)無意識

ユングは、意識には個人的な意識だけでなく、全体的かつ世界的な意識があると考えた。(例:100匹目の猿現象)

ヨーガの意識:プルシャ 完全にピュアである意識

マスローの欲求段階説 人間は自己実現に向かって絶えず成長する
ヨーガ: プルシャルタ(人生の目標:dharma, artha, kama, moksha)

心理学は、不健康な人の行動や態度を健康的に変えようとする。
ヨーガは、本当に変化を望むのであれば、本人が軌道修正しないといけない、自分の原動力に気づかなければいけないとする。

欲求不満、葛藤と心身症

欲求不満(フラストレーション):動機が満足しない時に生まれる
葛藤(コンフリクト):2個かそれ以上の動機がお互いに葛藤し満たされない
  アプローチ:2つの嬉しい選択
  拒否:2つ以上の嫌な選択
  アプローチー拒否:嬉しくも悲しい選択
  複雑化されたアプローチ拒否:上よりもさらに複雑な選択

ヨーガ:心はそんなに選択ができるものでなく、状況を受け止めるいろいろなメンタル状態がストレスの原因になる。

プラマナ:正しい知識  例)子どもが転んで怪我をした。大丈夫か心配する。
ヴィパリヤヤ:間違った知識  例)どちらが正しいかわからない
ヴィカルパ: 想像・妄想   例)勝手に色々不都合を想像し不安になること
二ドラ: 睡眠
スムルティ: 記憶:体験した知識によるもの 例)前に失敗したから・・・ 

ストレス→アドレナリン(ストレスホルモン)上昇→筋肉の硬直、動脈硬化、高血圧、早く浅い呼吸→体内の酸素量が不足、栄養吸収低下→毒素が静脈や関節に蓄積→記憶力、集中力、洞察力低下→毒素のさらなる蓄積→心身症(高血圧、糖尿病、関節炎、喘息、偏頭痛など)

→体と心がリラックスしないと重症化。

心と体の関係

切り離せない関係がある。
ヨーガ:心のコントロールは難しいという前提。心よりも体のコントロールの方が簡単なことから、まず体をコントロールすることで心の状態を安定した状態へ持って行く。アーサンだけでなく、プラナヤーム、クリア、ムドラ、バンダ、ダーナ・・・など。

4つのポジティブな態度 バワ भाव
ダルマ  道徳的な行い 
 ギャーナ 正しい知識を持った行い
 ヴェーラーギャー  お任せすること・エゴを手放すこと
 アイシュワリア   強さ:上の3つが融合して本来の自分らしくなること

心の状態をネガティブから、ポジティブに態度を持って変換させる。

メンタルハイジーン(心を綺麗にする)のヨーガ

ネガティブな心をポジティブに綺麗にしていくこと。
ソーチャ:清掃 心の内側も、肉体も、環境も。
肉体的な清掃:クリア・アーサン・プラナヤーマ・プラティヤハール
メンタル・心理的な清掃:感情を穏やかにすること・執着やネガティブ感情を持たないこと

パリカルマ: マイトリ・カルナ・ムディティ・ウペクシャ

すべての心の状態は、自分に良いもの(アクリシュタ)と害を及ぼすもの(クリシュた)に分けることができることに気づき、クレシャー(ストレスの要因)に気づき手放すことが大切とされる。

メンタルヘルスとヨーガ

ヨーガの理想とする心の状態:落ち着きがあり、澄んでいて、執着していない → 集中することができる→自分の心をコントロールすることができ、環境に惑わされず、精神的に成長することができる

日常生活の社会的な環境、健康、心の状態や思いというのはメンタルヘルスに大きな影響を与えるので、心の底から健康になりたいという個人にとって、8支則はとっても有効。

ただし、やるからには中途半端な気持ちや形だけでは効果は期待できないし、難しいことへ先走るよりも、知っていることの本髄をじっくりと体感することが大切。また、何を目的とされているかの学びも怠ることなく、意識レベルでも成長していくことが大切。

メンタルヘルスにおける祈りと瞑想

絶対的な信頼感(faith)を持つことは、何よりも大切で、フェイスがなければ大きなエネルギーを得ることはできない。しっかりとフェイスを持ち(サンヴェガ)、精神的な成長を強く望めば個人は大きな成長を成し遂げることができる。ただしエゴや知識はその足を引っ張る素材となり、フェイスそのものは慈悲深く意味深いものである必要がある。

バクティの種類
サグナ:時間どうりに決まった場所で、リチュアルとして行われる祈り
ニルグナ:リチュアルではなく、常に無意識レベルにおいて、フェイスを持ち、大きな存在を感じること。

祈りはダーナの集中状態から、集中が続くディヤーナ(瞑想)状態に近づく方法でもある。祈りも瞑想も、心の状態をよりクリアにし、ストレスを解消させるためにとても有効である。

日常生活においてのヤマ・ニヤマの重要さ

人間関係に於いて煩わないことは健康を保つ秘訣。特に心のバランスを保つために、ヤマ・ニヤマの教えを実行することは効果的。

例えば、嘘をつくのではなく正直に生きることは、周囲の家族や友達からも信頼され強い土台を作ることになる。もしすべての人が盗まないということを実行していれば、誰も盗まれないかと不安になることもなくなる。(日本はこういう道徳観が世界一高いんじゃないかと思われる!一方今のインドは・・・親が他人を信用するなと子育てする社会だから・・・)

ヨーガでは、アヒンサは包括的なものであり、最も大きな意味を持つとされいている。(例 真実を言わないで傷つけるということは言葉の暴力でもあるという意味で)
ヤマ(アヒンサ)を実行すれば、善意と愛に満ちることができ、関わるすべての人と上手に関わることができるようになり、人間関係におけるストレスもなくなる。

近年の科学的な考え方によるストレスと、ヨーガの考え方

すべてのストレスが悪いわけではなく、良いストレス(EUSTRESS)はチャレンジ感を与えてくれるし、向上心を高める原動力にもなる。(達成感、勝利の爽やかさ、恋愛成就など)

ストレスの影響
肉体レベル:
頭痛・偏頭痛・吐き気・過剰な食欲・食欲減少・過敏性大腸炎・高血圧・疲れ・睡眠不足・
感情レベル:
心配性・優柔不断・うつ・喜怒哀楽のはげしさ・怒りや葛藤

ヨーガでは、間違った考え方(エゴと感情の影響あり);クレーシャマノマヤコーシャでストレス形成され、他のコーシャに影響すると考えられている。→心身症

バヒランガーヨーガ(8支則の最初の5つ)と、執着を手放すことで、これらのストレス要因は減少し、ストレスフリーに生きることが可能とする。

ストレスマネージメントに関してのヨーガの役割

クリシュタヴィルッティ(悪影響を及ぼす考え方)がストレスの要因。そしてそれをクリアにするためには・・・

クリアヨーガ
タパス:少々の困難を乗り越えて、過去のパターンから抜け出す修行。
スワディヤーヤ:自己を見つめる。文献などを読んで身心を高める。
イシュワル・プラニダン;お任せすること。

カルマヨーガ
何をするにも、「自分」を捨て、最大の努力をすること。「すべきこと」として頑張り、欲望の延長上にはないこと。深く理解した上で、完全に神に捧げる意志を持って行動すること。

ヨーガと人生のマネジメント

すべてのストレスが人間関係に起因するので、何かを失った時もまたストレス要因となる。あまりにも執着してしまうと心を見失うので、距離を置くということはとても大切なことになる。

状況に反応してしまわないように、客観的に状況を把握することで、問題は起こらなくなる。

自分よりも大きな存在があることを受け止めて、絶対的な信頼感を持ち、人生に起こることはすべて自分の成長のためにすぎないのだと受け止めることで、ストレスフルな状況をスムーズに乗り切ることができる。

さらに進んで、完全にフェイスが持てるようになれば、大変なことは自分よりももっと大きな存在がなんとかしてくれるはずと完全に信じ、お任せすることも可能となり、自分というちっぽけな存在に重荷を課すこともなくなる。(*例えば、ヤマ・ニヤマの徹底もされていない状況ならばここには飛べない・・)

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# by nu2meg | 2017-05-06 20:21 | インド

ヨーガの世界観 4 パタンジャリ ヨーガスートラ

*QCI(インド中央政府が行う資格制度)のパタンジャリ部分の復習です。(長いです・・)

Maharashi Patanjali は紀元前250年ごろに住んでいたと推測されている。
自己覚醒を綴ったものが、ヨーガスートラ。195の短くも意味の深い言葉が綴られている。

最も有名なのが、
ヨーガ(ヨガ) チッタ(心) ヴリッティ(心の動き) ニローダハ(止める)
*こんな風に短文なのだけれど、1つの言葉に10個の意味があると言われるサンスクリット。なんだか深いとも言えます・・似たような意味で違う単語が出てくるのだけれど、それは微妙な部分までわからないと違いがわからないはずで、外国人にはちんぷんかんぷんです・・・

1章)サマディ  समाधि  上級者向け  悟り
2章)サダナー साधना    初心者・中級者向け アシュタンガヨーガ・クリアヨーガで訓練
3章)ビビュッティ विभूति   特殊能力に気づく(けれど、そこに深入りはしない)
4章)ケイバリヤ कैवल्य    輪廻からの開放 ヨーガの目指すところ。

*いきなりサマディ章から入るところがすごいのだけれど、これがパタンジャリのヨガスートラの特徴でもあります。そして最終的にはもう輪廻を繰り返さず済むに美しい魂の存在になろうというのです。


ヨーガスートラの目的
パタンジャリはヨーガは彼が作ったものではないと明記。そしてヨーガは完全に心をコントロールするためのものであると徹底。もともと語り継ぐという文化背景の中で、パタンジャリまでの2000年ほどは、全く記すということがされていなかった。語り継ぐだけでは足りないと感じさせる流れがあったのだと想像される。

チッタ चित्त mind 心
17種類に分けられる (5つの感覚器官 5つの行動器官 5つの循環器官 エゴとマナス)

チッタブミ भूमि (ブフミ)心の傾向状態

1)Ksipta  シプタ ざわついた心

2)Mudha ムッダ マテリアリスティックなものに惹かれている心

3)Viksipta ヴィクシプタ 心がヨーガの方向へ向かっているけれど完全に集中はできないでいる

4)Ekagra エッカアグラ 完全なる集中。寝ている時すらサマディへ向かっている。

5)Nurudha ニルッダ  サマディへ向える雑念のなさ。最終的には輪廻からの解放へと向かう。


チッタヴィリッティ वृत्ति 考え 心の働き 

klishta  自分にとって害になることもあれば、  

Aklishta   無害な場合もある。


1)Pramana प्रमाण プラマナ 正しい知識

  プラティヤクサ(直接的な学び:見てなるほどと気づく)

  アヌマナ(推理:例 雲ゆきが怪しい→雨が降るな)

  アガマ(証言・教え)

2)Viparyaya विपर्याया  ヴィパリヤヤ 間違った知識・勘違い

3)Vikalpa विकल्प   ヴィカルパ 空想。妄想

4)Nidra निद्रा   二ドラ 睡眠

5)Smrti स्मृति   スムルティ 記憶 


上級者向けの解決策  頑張るけど、執着しない

1)abhyasa  अभ्यास アビヤーサ(アブヒヤーサ) 精神的、道徳的、身体的な強さを持って集中し、努力すること

2)Vairagya वैराग्य ベイラーギャー  期待しないで委ねること

順番

Yatmana 感覚的な喜びに重きを置かない。

Vyatieka ものに対しても執着がなくなり、必要と思うものが減る。断捨離!

Ekendrya 自分の心だけが手放せない。

Vaikara sangya 何も望まない。


pare vairagya グナの世界から抜けて、プルシャの存在に近づく。

サマディーすら望まない超越した状態。


イシュワラと、イシュワラプラニダナ(神と神に捧げること)

イシュワル:絶対神(宗教的な特定の神を示さない、永遠の万物の創造神的な存在:何か大きな存在に感謝したくなる・・・その大きな存在)

サンキャ哲学のカピラなどの超越した知識は、このイシュワルから直接的に知識を得たとされる。

目で見たり耳で聞こえたりしてイシュワルから知識を得ることはできないが、オームのマントラを唱えることによって、イシュワルのメッセージを体感することは可能とする。


イシュワラプラニダン:イシュワルの存在を確信し、完全にエゴから解放し神に捧げる(お任せ)ことで、葛藤や期待、クレーシャ(煩悩・ストレス源)を取り外すことができる。レベルが上がると神からのメッセージを受け取ることができるようになり、最終的には物質的なものに囚われなくなり、輪廻からも離脱できる。


チッタ・ヴィクペシェパス(アンタラーヤ)

ヨーガの道を進む上級者が面する足を引っ張る9つの心の状態。

1)ビャーディー ब्याधी

病気;病気になると、集中もできない。食事の内容・量・食事中の態度に気をつけないといけない。

2)スティヤーン सत्यान

わかってるけどできない!知識と行動が伴わない。

3)サムシャー समस्या

疑い:これでいいのかと迷って正しい決断ができない。

4)プラマーダ प्रमाद

物質的な快楽に溺れてわれを忘れる。

5)アラーシャ अलस्या

タマス(鈍性)のエネルギーが強く、面倒臭くなる。

6)アヴィラティ अविरती

感覚的な快楽の中毒、欲望。

7)ブランティーダルシャン भ्रांति धर्शन

特にヨーガの過程で超能力を得ることによって、もう十分に到達すべきところまで来たと勘違いしてしまうこと。

8)アブラダブミカトゥワ अलब्धा भूमिकतवा

もうここまで来たから、最終段階に届いたのだろうと勘違いし、最後の一歩を踏み出せないこと。9)アンナワスティタトゥワニ अनावस्थी तत्वनि

到達したのにも関わらず、その状態を維持できないでいること。サマディーをも目的で無くなることで本物のサマディに到達する。


*娘の宿題への取り組みがまるでここに・・・やらないといけないとわかってても(スティヤーン)どうもやる気がしない(アラーシャ)だいたい、宿題なんてどうでもいいよね? youtueでも見ようっと(サムシャー)、楽しい〜。(プラマナ)やめられないー(アヴィラティ)という具合に・・・あくまでも、上級者が陥る罠ではあるけれど、最後の3つを除けば、普通に凡人にも理解出来る行動パターンです・・・


サハブーワ アンタラーヤに付属してくる状態

1)ドゥーカ दुख  痛み

  a アディダエヴィック अदिदैविक 自然災害による痛み・苦しみ

b アディボウティック अदिभौतिक  虫刺され・蛇に噛まれるなど制御不可な状況によるもの

c アディヤトミック  आध्यात्मिक 自分の心が引き起こすその他全ての苦しみ・痛み

2)ドールマナシヤ दौरमनस्या 欲求不満による苛立ち、葛藤、落ち込み

3)アンガメジャヤトワ अंगामेजयतवा  貧乏ゆすり

4)シュワース 呼吸の乱れ(吸う)

5)プラシュワース 呼吸の乱れ(吐く)   4-5は喘息や副鼻腔炎、風邪なども引き起こす

チッタ プラサーダ  人との関わりの中で煩わないで、心を研ぎ澄ます

方法:パリカルマ:心を磨く

1)マイトリ 

「よかったね!」羨ましいなという気持ちの代わりに、他の幸せを自分の幸せと見ること

2)カルナ  

「残念だったね」他人の不幸を「ほらバチが当たった」と見る代わりに、明日はわが身とコンパッションを持って接すること。

3)ムディタ 

違う考えの人、厳しい恩師に対して、自分よりも進んでいる人に対しても敬意(ありがたさ・善意)を持つこと。

4)ウペクシャ

不要に関わって自分が傷つくよりも、コンパッションを持ちつつ敢えて関わらないこと。


*要は他人に対してどんな念も抱かないことだと思う。とにかく「念」が産むのは嫌なエネルギーの悪循環・・・念を抱かなければ、念を受け取ることもないので、まずは特定の人に対して念を抱かないこと。人間関係に距離を置くというと冷淡な感じだけれど、人間関係に執着しない。他人すべての環境を自分の一部としてみることが解決策? 

ヒーリングやダウジングしてても、この部分をクリアにすることがいかに必要であるかを痛感してます。



クレーシャ 不純な心 煩悩 ストレスの元

1)アヴィディア   他のクレーシャの原因になっているもの

    間違った知識・思い込み  純粋:不純 永遠:刹那 痛み:喜び 自分:非自己

2)アスミタ   わがまま エゴ

3)ラーガ    執着

4)ドゥエーシャ 回避

5)アブヒニヴェーシャ 死への恐怖・恐れていること


解決法:クリアヨーガ

 (タパス・スワディヤヤ・イシュワルプラニダン)


アシュタンガ ヨーガ 8支則  

パタンジャリ ヨーガ スートラの第2章サードナーで紹介されている。

(*近年流行の激しいパワーヨーガ的なアシュタンガヨーガは別物)

これについては、ヨーガをかじったことがある人なら当たり前に知ってるーくらいな有名なもので、ネット検索すれば日本語でもいくつも出てくるものなのだけれど、これさえ私には初めて!でした。なので、この勉強がどんなに大変だったか!


1)ヤマ(してはいけないこと)

2)ニヤマ(すべきこと)

3)アーサン(いわゆるヨーガのポーズ)

4)プラナヤム(呼吸法:呼吸に伴って気を流す)

5)プラティヤハラ(5感に頼らない→心が揺れなくなる)

6)ダーナー(集中)

7)ディヤーン(瞑想)

8)サマディー(悟り)


この順番です。

このうち最初の5つは バヒランガ・ヨーガといい、最後の3つは アンタランガ・ヨーガ と言います。



パタンジャリの伝統ヨーガによると、アーサナは8つの大切なことの3番目に過ぎず、厳しく言えば、ヤマ・ニヤマの教えをしっかりと熟知しそれに応じた道徳的な行動を取っていないと、アーサナに進むことはできないというくらいの位置付け。


まずは「心を正す」というのが、ヨーガの基本。どんなに身体が柔軟で、素晴らしいポーズをやってのけても、嘘ついたり、物欲に溺れたり、不平不満に満ちているようなら、ヨーガの達人とは言えません。


プラナヤームは、厳密にはかなり影響が大きいので、初心者にはお勧めではありません・・きちんとした指導者の元で行わなければ、精神的におかしくなる人もいる・・・というように、実は非常にパワフルです。


私は3-4-5飛ばしてダーナー、ディヤーンにスピリチュアル的な方向から入ってきましたが・・・笑 ヨーガインスティチュートの先生たちがスピリチュアルなのに妙にしっかりグラウンディングしているのは、やっぱり体を使うからなんだととってもよくわかった気分でいます。(ただし、創始者の息子さんである、2代目の88歳ドクター・ジャヤデヴ氏は、かなり超越されていて、すべての「物質的なものには無関心」なので、ほぼ肉体の中に納まっていらっしゃいません・・・肉体を使って見るのではなく、大切なものはすべて観えていらっしゃる様子で、時折のアドヴァイスはまるでヨーガスートラのように、短く濃縮された無駄のない言葉・・・生き仏のようなお方です・・・


ダーナーは、呼吸に集中したり、ヴィジュアライゼーション(インドではあまりないらしく、ヴィジュアライゼーションを伴う瞑想導入のガイドは私の方が得意と思えるほど、イギリスで訓練してきたので、別クラスで誘導させてもらったこともあり。)で瞑想の導入。


私は個人的にはエネルギーに集中することに慣れているので、呼吸と繋がろうとするとかえって心がざわつく・・・多分、個人差で得意不得意があると思われます。日本の座禅も空にしなさいという難題からのスタートなので、自分で方法を見つけるのは東洋的。ガイドされて徐々に道を見つけるのが西洋的アプローチかなと感じます。


ということで、最後の10項目。

日常生活の中で、この部分に意識していればもうヨーガの道の第一歩は踏み出しているっということになります。


5つのヤマ

アヒンサー 非暴力(肉体的にも精神的にも)

サッチャ  正直にあること

アステヤ  盗まないこと

ブラマハチャルヤ  ほどほどにすること・性的なエネルギーを別に使うこと

アパリグラハ    物への執着・抱え込まないこと


5つのニヤマ

ソーチャ   清潔である事

サントーシャ 現状に満足する事

タパス    修行する事・ある程度の苦行に耐える事

スワディヤヤ 自分を見つめる事・本などを読む事

イシュワルプラニダン 大きな存在に身を委ねる事


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# by nu2meg | 2017-05-06 00:08 | インド

気の向くままに・・・ 流れに身を任せて。


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